第30話 野球場

「うーん、どうしたもんかなあ」


 俺の手元には、1枚のチケット。近くに本拠地があるプロ野球チームの観戦チケットだ。

 別に俺はめちゃくちゃ野球が好きなわけじゃない。多少興味はあるしペナントレースも速報で見てはいるが、球場でデカい声で応援したりするほどのファンじゃない。速報で数字だけ追ったり、誰がタイトルを獲ったのかぐらいしか気にしてないからな。


 ではなんでそんな俺がプロ野球の観戦チケットを持っているのかと言うと、もらったからだ。この間面接帰りに亀風駅周辺を歩いていると、妙に溌剌とした壮年の男に声をかけられ、これを渡されたんだ。

 なんか『君はスポーツをやっているんだな! 素晴らしいことだ! 今は試合帰りか? たまにはプロの妙技を見て学ぶのもいいだろう! これを持って行くといい!』と変なテンションで渡されちまった。


 いや俺今はスポーツやってねえし。高校までもサッカーやってたけど、別にガチでプロ目指したりはしてねえ。体デカいからバスケだバレーだ柔道だラグビーだって誘われたけど、俺はサッカーゴール守ってるのが性に合ってたんだ。今はもうやってねえけど。


 てなわけで、俺は球場に観戦しに行くほど野球に熱があるわけじゃない。でももらったもんは使わないと勿体ねえしなあ……。まあ一応選手とかも知ってるし、観に行くだけ観に行ってみようかな。


 あんまり乗り気じゃないけど、靴を履いて外に出て、球場へと向かった。


「ここか。初めて来たな」


 球場に着くと、もうユニフォームを着たファンの人たちが大量に集まっている。みんなこの熱量なのか? だとしたら俺相当場違いだぞ。


 入場開始は16時半から。今はもう17時を過ぎてるから、普通に入場できんのか。じゃあ先に入っちまうか。


 入場ゲートへ向かうと、元気な女の声が俺を出迎えた。


「手荷物検査でーす! 火縄銃と薙刀の持ち込みは禁止となっておりまーす!」


「戦か! そんなもん持って来るやついねえだろ! ……って心音!?」


「やっほやっほ健人先輩! 野球場にいるなんて珍しいね! 判定頑張ってね!」


「俺審判じゃねえから! ストライクとかボールとか分かんねえよ!」


「ああだいじょーぶだよ! 健人先輩は三塁審だから、ストライク判定とかはしなくていいと思うよ!」


「うんとりあえず審判にすんのやめてもらえる!? 俺観に来たんだわ!」


「あ、そーなの? じゃあ荷物検査だけするね。お財布にキーケース、スマートフォン……。もっとなんか面白いもの持ってないの?」


「なんだよ面白いもんって! 俺普通に観に来ただけだからそんな変なもん持って来てねえよ?」


「えー、それじゃ面白くないじゃん! 室外機とか持ってないの?」


「持ち運ばねえだろそんなもん! ちょ、いいからさっさと入場させてもらえる!?」


 心音による手荷物検査を突破し、チケットをもぎってもらって球場に入る。おお、なんかこういうのは初めてだけど、結構ワクワクすんな。ちょっと楽しみになって来たわ。


 売店で弁当を買って席に向かう。割と良い席だったみたいで、バックネット裏の指定席だ。なんかこんな見やすいとこで見るの申し訳ねえな。


 試合前練習を見ながら弁当を食べていると、元気な女の売り子が近くを通りかかった。


「アフタヌーンティーはいかがですかー!」


「そんなもん頼まねえだろ誰も! 野球場だぞここ! ……って心音じゃねえか!」


「やっほやっほ健人先輩! 紅茶にミルクは付ける?」


「まず紅茶を頼まねえよ! お前さっきまで手荷物検査のとこにいなかった!?」


「ああ、私売り子もやってるんだよね。ちょうど健人先輩の手荷物検査が終わってから売り子の方にシフトしたよ!」


「なんだそれ……。忙しいやつだなお前も」


「で、スコーンはどうする?」


「要らねえって! なんでお前こんなとこでアフタヌーンティー勧めてくんだよ! 周りに迷惑かけて仕方ねえだろ!」


「あと一応ビールもあるけど……。野球場でビールなんて飲まないよね?」


「飲むわ! 野球場で飲まれるドリンク第1位だろビールなんて! ちょ、いいから1杯頼むわ」


 心音にお金を渡し、ビールの入ったプラスチックカップを受け取る。うん、野球場で飲むビールは美味いな。いつもより何割増かで美味く感じるわ。


 ゆっくりビールを飲んでいると、センターのビジョン映像が切り替わった。スタメン発表が始まるみたいだな。選手は割と知ってるから、誰が出るのか楽しみだ。


 すると球場全体に、元気な女の声が響き渡った。


『ただいまより、スタメン発表をしちゃいます! 推しの選手が呼ばれたら、みんなで叫んでね!』


「ライブか! いやちょっと待て、このノリってまさか……」


『本日のアナウンスは、私川本心音が担当しまーす!』


「やっぱりじゃねえか! あいつには無理だろ絶対! すぐ止めた方がいいって!」


『ではまず三塁審から』


「選手から発表しろよ! 三塁審興味ねえよ!」


『三塁審、望月健人』


「嫌な予感してたけどやっぱり俺じゃねえか! やらねえって審判!」


 その時マイクが何度もぶつかるような音が聞こえ、アナウンスが男の声に切り替わった。


『皆様、大変失礼いたしました! 今のアナウンスはスタメンとは何も関係ございませんので、ご安心ください。アナウンス室に乱入した者については即刻クビにいたしますので』


 あーあ、やっぱりクビにされてんじゃねえか。しっかしよくアナウンス室に潜り込んだな。もう心音が怖えよ。


 再びビールに口をつけながら本当のスタメン発表を聞いていると、最後に審判の発表があった。本当の三塁審は誰なんだろな。ちょっと気になってきたわ。


『三塁審、望月健人』


 いややっぱり俺なのかよ!

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