第20話 靴屋

「うわ、破れちまった」


 いつものように面接に落ちた帰り道、右足のつま先が靴から飛び出していた。まじか……。俺どんだけ歩いてんだよ。まだ買ってそんなに経ってねえぞ。


 いやでも、買った時に若干サイズが小さかったんだよな。店員にはビジネスシューズはそういうもんって言われたから買っちゃったけど、ずっときつかったからこうなるのも仕方ないか。


 それにしてもこんなみっともねえ格好じゃ歩くに歩けねえよ。いやそもそも靴がダメになってるから物理的に歩くのが難しいんだけどさ。


「しゃーねえ、買いに行くか」


 そう、この近くには靴屋もある。亀風駅周辺は田舎なりに充実してるから、割と何でも店はあるんだよな。まあじゃないと大学生も生活できないんだけど、実際周りに何も無い大学もあるらしいから、俺はまだ恵まれてる方なんだろう。


 左足だけで立ってひょこひょこ進み、すぐ近くの靴屋に入店。すると元気な女の声が俺を出迎えた。


「いらっしゃいませー! ただいま下駄の歯1つ増量中でーす!」


「製造ミスじゃねえか! 売るなそんなもん! ……ってまた心音か!」


 俺の目の前には、両手にロングブーツを装着した心音。何してんだこいつ。絶対遊んでただろ。小学生みたいな遊び方すんじゃねえよ。


「やっほやっほ健人先輩! どうしたの? 足だけ急成長してサイズ合わなくなった?」


「そんな気持ち悪い成長しねえわ! いや確かに靴は破れてるけども!」


「わあ! ほんとに足の急成長じゃん! やっぱり急に携帯料金自分で払い出したりするの?」


「俺右足に別個でスマホ与えてねえよ! そんな方向性で成長すんの!?」


「左足はまだ子どもケータイなのにね」


「なんで左足は電話とメールしかできねえんだよ! 左右格差すげえな!」


「で、健人先輩のらくらくフォンはその後調子どう?」


「俺老人じゃねえから! 文字デカいスマホ使ってねえよ!」


 なんでこいつと話すと訳分かんねえ方向に話が逸れるんだよ。もうちょっと真面目に聞いてくれてもいいだろ。靴破れてんだよ。


「それで、結局今日はどうしたの? 晩ごはんの食材探し?」


「だとしたらなんで靴屋に来んだよ! 靴買いに来たって言ってんだろ!」


「え、そーなの? 健人先輩のことだからスニーカーの串焼きとか食べるつもりなのかと」


「食わねえよそんなもん! なんで俺スニーカーに串うちしてんだよ!」


「今まで培った技術を駆使・・してね」


「やかましいわ!」


 ずっと何を言ってんだこいつは。俺の主食靴じゃねえよ。聞いたことねえだろ靴食人種とか。まだ人肉食ってる方が健康的だわ。


「靴探してるんだっけ? その破れた靴はもう原型無いもんね!」


「そこまで破れてっか? つま先だけだと思うけど」


「え、だって元は水蜘蛛だったでしょ?」


「俺忍者じゃねえから! 仮に忍者だったとしても陸で水蜘蛛履かねえんだわ! 歩きにくくてしょうがねえだろ!」


「やっぱり口癖がにんにんだったりするの?」


「舐めんなよお前!」


 何勝手に忍者にしてくれてんだよ。家に秘伝の巻物とかねえよ。忍者だとしたら何流なんだよ俺。


「じゃあその革靴の新しいのを買いに来たってことでいい?」


「どう見てもそうだろ! 早く靴見させてもらえる!?」


「ほんとにそれでいいの? ファイナルアンサー?」


「それでいいって! 他の選択肢ねえよ!」


「大丈夫? テレフォンとか使えるけど」


「誰に電話すんだよ! 控え室に友達とか来てねえから!」


「ほら、そのらくらくフォン使って」


「だかららくらくフォンじゃねえよ! ちゃんとスマホ使ってるわ!」


「やっぱり文字大きすぎて画面に1文字ずつしか表示されない感じ? ル〇ン三世のエピソードタイトルみたいに」


「お前らくらくフォンバカにすんなよ!」


 なんで俺はらくらくフォンバカにされたことに怒ってんだ。いいから靴出せよ早く。まだ何も見てねえよ。


「はいはい、革靴だよね! サイズは? 何キロメートル?」


「せめて単位センチメートルにしてもらえる!? キロもねえよ俺の足!」


「え、だって健人先輩、アフリカ大陸を跨いで立ってる絵が有名だよね?」


「俺セシル・ローズじゃねえから! そもそもあれも風刺画だからな!?」


「あーごめん、健人先輩のサイズじゃ置いてないや! ちょっと離れてるけどブラキオサウルス専門の靴屋があるからそこで買ってもらってもいい?」


「人間サイズで大丈夫だから! 俺そんなにデカく見えてんの!?」


 なんかもう自分の足が巨大なのか不安になってくるわ。ここまで来ると俺が自認してないだけでほんとはめちゃくちゃデカいのかと思うな。いやそんなわけねえんだけども。ちゃんと俺の身長は188センチだ。でけえな。


「もう、じゃあ実際は何センチなの? ちゃんと選んであげるから正直に吐きなよ。あ、カツ丼とか要る?」


「俺取り調べ受けてんの!? いや28センチだよ。あんだろ」


「ああそれでもデカいね。やっぱデカいのはデカいんじゃん。デッカくんって呼んでもいい?」


「よくねえよ! 俺赤髪おかっぱじゃねえから!」


「革靴ねえ、あったあった! これ履いてみなよ!」


 ようやく心音が持ってきたのは、今俺が履いているものとそっくりの革靴。よくこんな同じようなのあったな。まあ安い革靴なんて似たようなもんか。


 履いてみるとサイズもピッタリ。ちょうどいいのがあんじゃねえか。じゃあこれにすっか。


「じゃ、これで頼むわ」


「おっけー! 色が黒とレモンイエローとライムイエローから選べるよ!」


「なんで黒以外全部黄色なんだよ気持ち悪い! そんな革靴見たことねえわ!」


「蛍光イエローで」


「無かっただろその選択肢! 黄色は要らねえって!」


「革靴にストローはお付けしますか?」


「付けねえって! お前好きだなそのボケ!」


 ようやく靴を購入し、店を出る。心音は笑顔で俺に手を振っていたが、首根っこを掴まれて店に引きずり込まれるのが見えた。

 妖怪みたいな店主がいんだな……。この後どうなるかは大体予想つくけど、まあ全部あいつが悪いからな。仕方ない。


 新しい靴を履いた俺は、そのまま家路についた。

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