第24話 若返りの魔法
バーベキューの煙と香ばしい匂いが漂う中、レオン(矢野)は上機嫌で果実酒をあおっていた。
「くぅ〜、うまい!」
頬は赤く、声も一段と大きい。
若返る前であれば、これほどお酒も飲めていない。
会社の健康診断で肝機能低下を指摘され、再検査したほどだ。
さらには糖尿気味なうえに、尿酸値も高い。
調子づいて飲んだ次の日は二日酔いに苦しむのは当たり前だった。
若さとは本当に最高だと思いながら果実酒を飲み乾す。
――あれ? 少し体が重いような……。
一瞬よぎった違和感を、彼はすぐに打ち消す。
「気のせいだ、気のせい」
元勇者の鋭い感覚なら、わずかな重量の変化も見逃さないはずだ。だが、久々の若返りと酒の勢いが、その感覚を鈍らせていた。
「勇者様、本当にすごかったですね!」
「かっこよすぎです!」
「私、惚れちゃいました!」
騎士団員や魔法師団員に囲まれ、レオン(矢野)は有頂天。
ヒュドラ退治の姿をみたらだれでも男女関係なく惚れてしまうだろう。
矢野自身、ヒュドラ退治はなんとも思っていなかったが、周りの評価があまりに高く、「え?こんなんでこんなに褒められるの?」と思ったほどだ。
矢野が勇者として生活していた時代とは違い、今のこの世界は平和である。
騎士団や魔法師団は何のためにあるのか?
来るべき危機の為、である。
いわゆる保険というやつだ。
現在、この異世界において各国での戦争の危機もない。
たまに現れる強敵魔物の討伐、もしくはダンジョンブレイクと呼ばれるダンジョンの魔物がダンジョン外にあふれ出た時の為だけなのだ。
通常時であれば、冒険者という戦闘特化の兵士が魔物を狩る。
冒険者で対応しきれなくなった時に騎士団や魔法師団が出向くのだ。
精霊族の国で、封印の刑がおわったのち追放されて以来、こんなふうに持ち上げられることはなかった。
ましてや日本に戻ってからは、生活のために就職し、がむしゃらに働く日々。
多様性がまだ語られない時代、ゲイであることを隠し、週末に新宿二丁目へ行くのが唯一の楽しみだった。
それが今――勇者として、美男美女に囲まれている。
精霊族の呪いのせいで、女性にも惹かれてしまう自分がいる。何十年も抱えたこのジレンマも、今では「どっちもアリかも」と思えるほど感情に慣れていた。
ここは天国ではないか、このままこの世界でもう一度勇者として生きていこうと思うほどだった。
「俺に掛かれば、ヒュドラごとき大した敵じゃない!」
椅子に片足をかけ、果実酒の器を高々と掲げる。
「おおおおおお!」
歓声が響く――が、ふと気づくと、さっきより人が減っているような……。
「まぁ、気のせいだな」
果実酒を一気に飲み干す。
あれ?なんだよ、髪の毛は言ってるじゃないか。
誰のだよ~? 異世界はこういった衛生面がちょっとだめなんだよな。
口に入った髪の毛を吐き出し、捨てる。
八重子はそんな様子を見て、ため息をついた。
(……後でがっかりするかもね)
レオン(矢野)は剣技パフォーマンスを始め、果物や肉を華麗に切り分けるたびに歓声が上がる。
だが――。
「ふ〜……ちょっと疲れてきたか」
体の動きが徐々に鈍くなっている。
(呑みすぎか?)
思考ははっきりしているつもりだ。酔っ払いは皆そう思うものだが、翌日には覚えていない。
しかし今回は違った。酔いではない。
周囲から人がさらに減っていく。
服が妙にきつい。
頭もスースーする。
「あ〜もう無理!」
鎧を脱ぎ捨てるレオン(矢野)。勇者専用の鎧は体型を問わず着られるが、下着はそうはいかない。
「ハチ、服出してくれない? これ、きつくなってきた」
八重子は無言で、矢野が着てきたジャージを渡す。
「ちょっと着替えてくる」
ドタドタと走り去る矢野。
その背中に向けられる視線は、なぜか冷たい。
「あああああああああああ!」
着替えに行った矢野の叫び声が響く。
「なんでだよぉぉぉぉぉ!」
ズボンに足を取られ、転がりながら八重子のもとへ戻ってくる。
「元に戻ってるじゃないか!」
「若返るって言っても、三時間だけだから」
八重子の冷たい声。
「うそだぁぁぁ! なんで言ってくれないんだよ!」
涙目で縋りつく矢野に、八重子は申し訳なさそうに言う。
「だって、すっごいうれしそうだったから……」
そして追い打ちの一言。
「でも、どうせ日本に戻ったら仕事しなくちゃいけないでしょ。部長」
「若返ったから、このままこっちで暮らそうと思ってたのに……」
「世の中そんなに甘くないわよ」
八重子はため息をつく。
八重子としても若返り魔法は未完の術式だ。
簡単に言えば、八重子には必要が無かった魔法なので、研究自体が後回しになっていた。そのために、時間限定であれば若返れるというだけのものとなっていた。
若返った当初は確かにイケメンだった。
だがヒュドラ退治から帰り、バーベキューが盛り上がったあたり――果物を切るパフォーマンスを始めた頃から、激しく動くたびに髪が抜けていた。
それを見た騎士や魔法師は、別の意味で恐れ、距離を置き始めたのだ。
この世界には「バーコード頭」など存在しない。
異様な見た目と、元の体型に戻った姿に、ついさっきまでの群衆は一人残らず去っていた。
残されたのは、冷たい夜風と、矢野のすすり泣きだけだった。
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