盲目的恋愛症候群
もかの
「卵焼き一つちょーだい」
とある高校で訪れた、待ちに待った昼休み。
とあるクラスの一つの机を挟んで、二人はいた。
男子生徒──
「やだよ。早朝の努力の結晶なんだよ」
「おにぎり一個あげるからさ?」
「……三個までだぞ」
「全部じゃん。ありがとっ」
交渉に成功した鈴音は、早速祐希の弁当に手を伸ばす。
いつも手作りおにぎりだけで昼食を済ませている鈴音なので、当然箸は持ってきていない。
とはいえ、素手で食べるのはさすがに汚いだろうと思った祐希は、弁当を自分の方へ引き寄せる。
鈴音の手は見事に空を切る。
「いじわる」
「あげねーわけじゃねえよ。素手はやめとけよってだけだ」
「もー、神経質だねぇ」
「極めて一般的だと思うのですが。それはそうと、ほれ」
祐希は自分の箸で卵焼きを一つ掴んで持ち上げ、鈴音の口元に運ぶ。
「一口じゃ食べきれないけど」
「一口じゃなくていいんだけど」
「残り祐希が食べちゃうかもじゃん」
「食べねえよ」
「食べないのかよ」
「えっ、食べるって思われてたのか?」
祐希が頬杖をつきながら突き出した卵焼きに、はむっと小さくかぶりつく。
ほぼ毎日のようにやっていることなので、教室で食べさせるという行為には二人とも躊躇はなかった。
「うむ。今日も美味しいぞよ」
「誰だよ。それはよかったですねお嬢様」
わざと硬い口調で話す鈴音だが、その顔は溶けたように幸せそうな表情を浮かべていた。
鈴音から毎日のように食事をせがまれるので、祐希は日々料理の勉強を積むようになった。
すべて、鈴音の幸せの顔を見るために頑張っていることなので、どんな形であろうとも「美味しい」と言ってもらえることが、祐希にはどうしようもなく嬉しい。
「美味いだろ」
「なんかそう言われたら頷きたくないけど、めっちゃ美味しい。また上手くなった?」
「俺も成長してんだよ。すごいだろ」
「すごいすごい」
祐希は雑にあしらわれたことを不満げに思いながら弁当の隅に卵焼きの残りを置き、白米をつまむ。
「残りもくれ!」
「くれじゃなくてな?」
傲慢な態度で求めてくる鈴音にツッコみながら、置いた卵焼きを掴んで鈴音の口に運ぶ。
それを鈴音は箸までパクっと口に入れる。
「ねえ次!」
「俺が食べられないんだけど」
「私のおにぎり食べててよ」
「あそれがあったか……って食べかけなのかよ!」
もう一個の卵焼きを鈴音にやりながら、余ったほうの手で鈴音からおにぎりを受け取る。食べかけであるが。
「ごめんさっき気づいたら食べてた。てへ」
「てへ、で許される年はもう終わったぞ……ったく」
自由奔放な鈴音に祐希はため息をつきつつ、食べかけのおにぎりにかぶりついた。
食べ物のシェアなど、とうに慣れてしまった二人は、もちろんここが教室であることなど忘れて二人の空間を楽しんでいた。
しかし――
「……なぁ、あいつらほんとに付き合ってねえの?」
「らしいぞ?」
「どこまで盲目なんだよ……両片思いにもほどがあるだろ」
二人は別に付き合っているわけでもないし、だからといってお互いのことをなんとも思ってないわけでもない。
ただひたすらに、二人はそれぞれ「片思いだ」と思い続けているのである。
両片思いであることに周囲の人達は全員気づいているというのに、当の本人たちは一切気づく様子がない。
彼らが結ばれる日は果たして訪れるのだろうか?
それはまた別のお話である。
盲目的恋愛症候群 もかの @shinomiyamokano
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