【短編】神隠し【スピンオフ】
篠見 雨
【短編】杏莉と真由の異世界生活【スピンオフ1】
剣戟の音が響き、打ち合わされた鋼同士が火花を散らす。
「くっ!」
「ほう、今のを凌ぐか。噂に聞く【アンリ・マユ】も伊達じゃないか。だが……連撃だったらどうだ?」
頭目が、見るからに重大剣を軽々と振り回し、右薙ぎから左薙ぎに戻し、左薙ぎから逆袈裟に斬り落としと、次々に剣戟の雨を降らす。
対して
「砦は既に落ちている!アンタが最後なのよ!降参しなさいよ!」
杏莉が頭目に叫ぶが、頭目は左の口端を挙げて歪な嗤いを浮かべた。
「ならお前とそのお仲間を全部斬ってやらなきゃなぁ?生かした捕虜もいるんだろ?そいつらは解放してここの“掃除”をさせるとしよう」
頭目が大上段に構えても天井はなお高い。室内とはいえ自在に重大剣を振り回される部屋では構造物を使った立ち回りも出来ない。兜割に振り降ろされた重大剣を
「ちっ、舐め過ぎたか?」
頭目は脇腹から正中線あたりまでの刃傷を手で拭い、
「討伐隊の応援が来る前に
◆◆◆◆
【
転移して早々に鬱蒼とした森の中からはじまり、土地勘もなく獣の息遣いが聞こえてくる恐怖に身を竦めながらアテもなく歩き。スマホの電波も拾えなければ見覚えのある景色もありはしない。
聞こえてきた人間の話し声らしきものに、助けを求められると杏莉と真由が顔を合わせて頷き合い、声のする方へと目指して走っていった。途中樹の根に足をとられて転んだりもしたが、泣き言など言っている場合ではない。
声の主、女性
実際は言葉も通じなていなかったので、身振り手振りに通じない言葉を併用して必至に頼み込んだ。
その女性
街へ案内されてからは紹介された
言葉や常識、
ならば
色々試したり考えたたりした結果、杏莉と真由は世話になった
異世界にきてはじめて分かったのだが、地球での生活では日の目をみることのなかったであろう
一方、
魔法とはイメージであり、
こちらの世界の人間は基本的な発想としてそこで終わってしまうところを、真由は一歩踏み込んで地球と共通する物理的な理論を掛け合わせることで独自性の高い魔法を行使する。
簡単な例を上げると、火を熾す魔法に酸素の供給を掛け合わせて火力を上げたり。また逆に酸素を遮断することで消化を可能としたり。
魔法は飲み水を出したり火種を熾したり、【消臭】や【清浄】などの魔法で清潔感を維持したりと簡単で民間人でも使えるような便利なものもあれば、逆に魔物や人間を殺傷する程の攻性魔法まで幅広くある。
そんなこんなで
「おはよう、ディアーナ!」
「えとえと、おはようございます。ディアーナ」
異世界で生活しながら実地で覚えた異世界語はコミュニケーションが取れる程度には上達したが、イントネーションや癖は中々抜けないもので。難しい単語とか滅多に聞かない言い回しにも弱く、冗談や揶揄われているのに気付かなかったりするし自分から話す時にもそういう言葉を使えなかったりする。母国語レベルまでの道は果て無く遠い。
因みに
「おはようございます、アンリさん、マユさん」
「今日は何かある?面白そうな噂とか賞金首の情報とか!」
小声で叫ぶが両立する妙な喋り方で
「噂といえば、隣国の魔境で
「
「えと、それは見てみたかったです」
「それと、その噂の隣国から後ろ暗い仕事をしているゴロツキが次々とこちらの国に入国してきていると聞きます。アンリさん達みたいにエキゾチックで可愛いらしい女の子は人攫いに注意してくださいね。最近頻発してると衛兵からも通達がありましたから」
「不逞の輩の増加ね!見つけたらボコボコのボコにしてここに連行するわ!」
杏莉がディアーナに親指を立てて返事をするが、ディアーナは眉尻を下げて首を横に振る。
「そこは衛兵の詰め所に連れて行ってくださいね?賞金もそっちが出しますから、こっちに連れて来ても駄目ですよ?」
「分かったわ!衛兵からの不逞の輩狩りの依頼はきていないの?」
「注意喚起だけでしたよ。賞金首の情報はあっちで手配書をみせてもらえば分かると思いますが」
ディアーナの答えに頷く杏莉と真由。
「それと、依頼なら大規模な盗賊狩りの作戦がありますよ。明日の早朝出発なんですけど、受けますか?」
真由が杏莉と顔を見合わせ、頷き合うとディアーナに答える。
「えとえと、参加します。出発の時間帯と集合場所はどこになりますか?」
二人は詳しい話を受注票で受け取り、明日までの荷造りにギルドを後にした。
◆◆◆◆
翌朝、寝起きのストレッチや軽い準備運動をして荷物をまとめて着替え。二人は集合場所に指定されていた南門広場へと赴いた。
大規模な商隊を装った幌馬車の多い構成で、護衛として馬車の周りを見張る徒歩組と、戦闘時になったら馬車から出て来る戦闘待機組に分かれている。
御者すらも護衛が兼ねてやるらしい。
本格的なかなり本腰入れた盗賊狩りのようだ。杏莉と真由は幌馬車の中での待機組に周り、乗り合わせた
「げぇっ 【アンリ・マユ】」
乗り合わせた若い男所帯のチームが悲鳴をあげた。
「誰が関羽じゃい!」
杏莉のショートアッパーが悲鳴をあげた男の顎先で寸止めされた。
「カンウってなんだよ言ってねぇよなおい!」
力尽くのストレートな脅しに怯みつつ、若い男ハーラルが呻く。
「お前達には頼まれてもセクハラしねぇから勘弁してくれ!」
ハーラルのチームのリーダー、ウェンストンが二人の間に割って入った。
「ふん!大人しくしておくことね!」
杏莉が手を引っ込め、真由と一緒に馬車の後ろの方に陣取る。ウェンストンのチームにはギルドで給仕の手伝いをしていた頃に尻を撫でられ。激昂した杏莉がハーラルを椅子ごと蹴り倒し、床に転がったところで更に股間を執拗に蹴り潰したことがある。それ以来、
「えと、商隊の偽装はちゃんと出来ていると思うのだけれど。この規模の
真由が気になることを挙げると、杏莉も手を叩いて何度も頷いた。
「実は討伐隊だとバレてたら、盗賊も出てこないわね!」
「あー、あれだ。今回は盗賊の根城も見つけてあるらしいから、道中で襲ってこなきゃ根城に乗り込むんじゃねぇかな?」
ハーラルがだらけた座り方で二人の会話に情報を追加する。
「それじゃ、根城ごと根絶するのね!盗品や攫われた人も助けられれば良いわね!」
杏莉はその情報を聞いて上機嫌になる。難しいことは真由や他の誰かに任せて、杏莉自身は肉体言語で会話する方が向いているのだ。商隊にみせかけたこの囮作戦が失敗しても根城への強襲が二段構えで用意されていると聞き、俄然やる気が湧く。
街を出て三時間程経過したころだった。
向かいからやってきた大所帯の商隊が、擦れ違い様に剣を抜いて御者や護衛に斬り掛かってきた。
「敵襲!!」
響く剣戟音に敵襲を知らせる叫び声。
杏莉達は直ぐに幌馬車から出ると、商人風だったり
「ひゃっはー!
杏莉は幅広の直剣を抜いて他の護衛と戦っている盗賊を横から後ろから首を刎ね、正面からは心臓を突き刺し、脚を使って敵に捕まらないように機動力で攪乱している。
敵を攪乱、殺傷しつつざっと確認して賊は四〇名規模。こちらの討伐隊は三〇名規模で数では負けているが、実力は決して負けない。
数にモノを言わせて略奪を専門にするような者達は、実際大した実力はない。実力があるならまともに
ただ稀に実力者が混ざっていることもある。これは表の顔は別にあり、裏の顔で協力している者だったり、どこかでいざこざを起こして、ほとぼりが冷めるまで身を寄せている者などだ。
真由は負傷者の傷を治癒し、二体一などで苦戦しているところに足場を【泥沼】にするなり【樹縛】で蔦を生やして縛り付けるなりと、アシストして回る。敵部隊の後方に杖を持った魔法使いらしき男が居たので、そこに【氷槍】をこれでもかと連射し、杖持ちの魔法使いは穴だらけになって絶命した。
わらわらと幌馬車から出て来る
「げぇっ!【アンリ・マユ】がいるぞ!!」
盗賊からは悪評で名高い杏莉と真由。気付いた盗賊が叫んで及び腰になる。
「だから誰が関羽じゃい!」
杏莉は長い黒髪を編んで縛り上げた髪を躍らせながら、叫んだ盗賊の首に剣の切先を突き込み横に裂いて絶命させる。
幸いなことに今回の強襲部隊には目立った実力者はおらず、数人の捕虜を残して全て返り討ちにした。事前調査で把握している根城に頭目達が残っていることも、捕虜から聞き出せた。
裏付けも取れたことで、奪った馬車を御者をやれる者達が操って根城へと向かう。街道から進路を外れ、遠くに見える丘の裏側へと向かっていった。
◆◆◆◆
盗賊の根城は街道を挟んで丘の裏側にあり、天然の洞穴と丸太小屋を合わせた簡単な砦のようになっていた。戻ってきた馬車隊が同程度の規模の馬車を引き連れて帰ってきたのを確認したのか、砦から迎えの人員がぞろぞろと出てきた。出迎えだけで二〇名。いずれも荷の運び入れ役だろう。だとすると、頭目を含めた大物は砦の内側にいるはずだ。そこに幹部クラスが五人いるはずだ。
無防備に近付いてきた荷下ろし要員達が御者をみて顔色を変えだす。
「おい御者、誰だお前?デニムはどうした?」
「デニムは怪我して荷台で休んでまさぁ」
「怪我だと?というかお前誰だ?どういうことだ?」
幌馬車の行列を明らかに怪しんで、髭面の男が近付いてこない。完全に警戒態勢である。
「……この辺までかねぇ。出るぞ、野郎ども!!」
先頭の御者が大声を上げて合図をすると、幌馬車から次々に
「ッ!!敵襲ッ!!敵襲ッ!!」
御者を怪しんでいた髭面の男が大声を上げ、腰から剣を抜く。御者に扮していた
そこからはもう乱戦である。討伐隊三〇名に荷下ろしに現れた盗賊が二〇名。数でも質でも勝った戦いである。襲う気で身構えていた討伐隊に、気の緩んでいた盗賊の荷受け係達。
あっという間に制圧が進み、何人もの盗賊が膝をついて武器を放り出し、頭の後ろで手を組んで抵抗を諦めていた。
抵抗を諦めた盗賊達を真由が魔法で拘束していく。その最中、杏莉の姿がみえないことに気付いた。
「杏莉……。まさか砦に飛び込んだ?」
真由は相棒の無茶に眩暈を感じつつ、手早く拘束を進めると砦に駆けこんでいく。
砦の中ではハーラルやウェンストンらの腕利きのチームが、幹部らしき男達と戦っていた。幹部ともなると腕も悪くない。現役の
しかしこの場に杏莉の姿はない。事前情報では幹部五名に更に頭目がいるはずだ。
「あの、
真由が焦り気味に訊くと、ハーラルが振り返らず返事をした。
「頭目狙うって奥に行っちまったぞ!」
真由は更に焦りを募らせると、砦の奥へと駆けていく。
◆◆◆◆
「呵々ッ!どうしたどうした、避けてるだけじゃ俺は倒せないぞ?!踏み込みもあめぇ、時間稼ぎなのが丸わかりだぜ!!」
野党の頭目がニヤつきながら
「アンタ!それだけの腕があれば
それを杏莉は体捌きで身を躱しつつ、剣身で角度を付けて滑らせる。直撃は防げたが、一の腕の筋肉が熱を帯びる程に疲労が重なり、無くなっていく握力に唇を噛む。
本気を出されたらかなり厳しい。多くの討伐隊が囲んでいるというのに諦めた様子がないのも気になる。隠し札があって討伐隊を突破、あるいは返り討ちにできる算段があるとみた。
「……何か切り札隠してるわね?」
「お、分るか。この重くてデカい剣はな、重量が売りじゃねぇのよ。この剣の真価は、
頭目はニヤリと笑うと気配が変わる程強いに
「お前ら盗賊相手の討伐隊だろ?まさか
頭目のまとった
「……隠し札が自分だけとは思わないことね……」
杏莉は両手で構えた幅広の長剣を正眼に構え、呼吸を整える。
「ほう?嬢ちゃんも何かまだ手があるのか?いいぞ、どんどん出してみせろ!」
(ここっ!)
そして地を這うように後ろに振りかぶっていた長剣を左下から右上へ。右斬り上げの軌道で頭目の首筋へと吸い込まれ--その首を刎ね飛ばした。
頭目が崩れ落ちるのを見ることなく、
「
頼もしい相棒の声が聞こえた瞬間、
「
「痛い、痛いから。ごめんて。全身痛いんだよ?お尻が腫れる程叩かないで?」
「うっさい、この馬鹿ちん!!」
一際強く尻叩きをしてから、
「う~ん、染みるわ~。さすが
「あ~も~、近接戦闘の天才は良いことだろうけど、その戦闘狂ぶりはどうしたの?一緒に目覚めたの?剣の道とは死ぬことと見付けたりなの?」
「
「
不機嫌です、というオーラを隠さずいつまでも真由がぷりぷりと怒り続けるのだった。
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(本編はこちら↓)
https://kakuyomu.jp/works/16818792438106161566
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