ササクレを愛す
だら子
第1話
夫の不倫相手が、待ち合わせの喫茶店に現れた。
シャンデリアを上にして困惑しながら少しずつ私に近づいてくる。
引き締まった体に、スーツがよく似合っている。
きれいなウエーブの髪、スカーフに、丁寧に手入れされた靴。上から下まで完璧に洗練されている。セーターとジーンズ、カジュアルな服装のわたしとは真逆の雰囲気。
アパレルの仕事をしていると聞いていたが、ここまで素敵な方だとは。
表情は固いものの、
「コーヒーお願いします」
この単語だけで充分知性を感じる。
ああ、負けた。これは負け。
私は自分の手に視線を注ぐ。
ささくれ。家事して荒れた手。
一方でテーブルを挟んだ向こうの手には春らしい薄いピンクのネイル。
「イチゴパフェをひとつ」
「そして、夫と別れます」
店員と不倫相手に首の角度を変え伝えた。
店員はギョっとし、注文の復唱もせずにそそくさと立ち去った。
職場で出会った自信なさそうな男を不倫ができるまで自信のある男にしてしまった。
丁寧にアイロンをかけたシャツ、バランスのとれた体型管理。変わっていく夫を見るのが嬉しいし、誇らしかった。
変わりすぎた夫に最初に興味がなくなったのは私の方かもしれない。
これは負け惜しみではなく…
そんなことを考えどのくらいの時間が過ぎただろう。
気がつけば手をつけないコーヒーを前に不倫相手がちょこんと座っている。
「お待たせいたしました。イチゴパフェです」
ようやくイチゴパフェがわたしの前にドンとおかれた。磨かれた美しい器、堂々とした真っ赤なイチゴ、生クリームは艶やか。アイスクリームに「新鮮」という言葉を当てはめるのはおかしいが、生き生きとした輝きがあった。
シャンデリアの下に、完璧なパフェ。今まで見たことがないくらいに。このイチゴパフェは完璧だった。
夫の不倫相手は、じっとイチゴパフェを見ていた。
ああ、そうか。
全言撤回。
人のものがほしい
容姿淡麗で、物腰がやわらかくても「上品で知的」と一秒では判断できない。
「夫は差し上げます」
そしてわたしは、心の中でつけ加える
(このパフェはひとくちもあげないけれどね)
「僕たちは、出会ってはいけなかったんです」
なんだそれ。こんな恥ずかしいセリフよく言えるな。サム。
夫の不倫相手が男だろうと女であろうと私には関係ない。
奪われた。それだけ。人のものが欲しい人間に奪われただけだ。
ささくれにアイスクリームが落ちる。
私はそのささくれをこれからも愛す。
ササクレを愛す だら子 @darako
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