エアロビマスター 〜女神のムチャブリに悪戦苦闘しながら、オレはエアロビクスでしぶとく異世界を生き抜いてやる〜

市ノ瀬茂樹

第1話 召喚は突然に

 今日もグダグダと上司にイビられてクタクタだ。


 だけど、オレは市民プールに行かなくてはいけない! 


 今日はサトウ・ユズキ先生のプールエアロビクスの日なんだ! 


 元アイドルで、小柄ながら、ボォン! キュッ! ボォ〜ン! のナイスバディなユズキ先生のプールエアロビクスは希望者が多くて、予約の争奪戦に敗れてばかりだったが、最後の一人に滑り込めた時には、なけなしの運を使い果たした気分だった。


 大学を卒業して面接までこぎつけても採用されない就職地獄の日々が続いた時に拾ってくれたブラック寄りのブラックな会社に必死にしがみついてもう15年が経つが、あいも変わらず最初に出社して、最後に帰宅する毎日だ。


 そんな中で、クソな上司や同僚が押しつけようとする尻ぬぐい仕事を振り切って、なんとかひねり出した時間で通う市民体育館でのエアロビクスだけが、オレのいこいの時間だ。


 ユズキ先生のプールエアロビクスを終えて、クタクタになったが、これはとてもいいクタクタだ。


 ユズキ先生が手の振り方や足の上げ方を指導するたびに、ブルンブルンと揺れるお胸様、ジャンプするとお尻様がボヨヨ~ンと揺れて、このまま時よ止まれ! と叫びたくなる。


 股間の粗末なキノコちゃんも、この時ばかりは、存在感をガチガチに示して同意してくれている。


 ユズキ先生のプールエアロビクスが終わったあとに、男性生徒がプールを上がるのが遅いと文句を言われるが、だってしかたないじゃな〜い。


 キノコちゃんが、なかなかおネムにならないんだから……。


 プールエアロビクスからの帰り道は、たまに寄ってるコンビニで缶チューハイを買って、近くの公園で軽く飲んでから帰るのが楽しみだ。


 ユズキ先生のボォン! キュッ! ボォ〜ン! を脳裏に浮かべながら飲む缶チューハイは激ウマだぁ! 


 ベンチに座って缶チューハイをグビグビ飲んでいると、中学生の男女が近くのベンチで何やら騒いでる。


 あー、アオハルだねぇ。


 ふと夜空を見上げて、オレもあの子たちみたいな年頃にキチンと考えておけば違ったのになぁと思った瞬間に、パァーッと明るい光が降り注いで来た。


 んっ? なんだぁ? と思った時には、意識を失っていた。


 気がつくと、真っ白な世界にいた。


 目の前には見事に、ツルン! ガリ! ガリ! の女性が立っている。


 もう少しごはんを食べたほうがいいですよ。


 せめて、ポヨン! ポヨ! ポヨ〜ン! くらいにならないとねぇ。


『ん、んんーん。いいかげんに失礼なことを考えるのは止めなさい』


 えっ? 失礼なこと? 


『無自覚ですか、そうですか。アナタはいい根性をしていますね』


『お褒めいただいて、恐縮です』


『だれも褒めてはいません!』


 んー、そんなに怒らないで、笑ったほうが可愛いのになぁ……、ツルン! だけど。


『はぁ~、もういいです。アナタには……、エアロビクスが好きなのね。じゃあ『エアロビマスター』を授けましょう』


『あのぉ〜、何の話ですか?』


『ああ、そうですね。説明していませんでしたね』


『アナタには異世界に行ってもらいます!』


 女性は左手の人さし指をオレに向けて、ドヤ顔をした。


『異世界? いやぁ、私は明日も仕事があるんですが』


『アナタは異世界で魔族と戦って、人族に平和をもたらすのです! それが仕事です!』


『はぁ、それは日給月給制ですか? 月給制ですか? 有給休暇は何日もらえます? それから……』


『あー、うるさい! とにかく行け!』


『そんなに怒らなくても、雇用契約は必要ですよ。それにアナタはどなたなんですか?』


『ワ・タ・シ・は・メ・ガ・ミ・な・の』


『んーっと、メガミさん?』


『女神よ! グレースよ!』


『メガミ・グレースさんですか、はじめまして、コバヤシ・カズオです』


『メガミ・グレースって名前じゃないわよ! 女神よ! 女神! 

 神様なの! わかったぁ! アナタはカズオね。じゃあ異世界を救ってね』


 グレースという名前の女神は左手を振った。


 ドン! と身体に衝撃が走り、豪華な装飾に飾られた大きなホールに敷かれた赤い絨毯の上にオレは倒れ込んだ。

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