file_not_found: むぎわら帽子の君と、八月三十二日の夕焼け.log

かぎろ

# episode

 思い出は、遠くあるほどに白飛びをして、まるで強すぎる太陽みたいだった。


 あなたはカクヨム上でエピソード「# episode」を開き、この文章を読み始めた。文字を目で追っていく。その文字により、「椅子がある」と記述されたため、あなたの目の前には椅子がある。木製で茶褐色の、背もたれの大きな、四脚の椅子だ。くすんだ色をしており、細かな傷痕はどこか歴史を感じさせる。あなたは記述された椅子に思いを巡らせる。なぜ椅子はここにあるのか。誰が座るための椅子なのか。すると、このエピソードの中に、ひとりの老人が訪ねてきたことに気づく。


 白髪の老いた男は、あなたの視界の端からゆっくりと歩いてくる。脚や腰が悪いのか、杖が手放せない様子だ。先ほどの椅子に座ろうとしているため、あなたは、介助すべく男の肩に手を添え、安全に座れるように支えた。


 老いた男はあなたに礼を言い、椅子に座った。ぎし、と音が唸った。

 あなたは男の姿を眺めた。白髪、白髭で、年齢は八十前後といったところか。古風な唐草色のジャケットを身にまとい、杖を自分の前に立て、そこに手を置いている。視力は既に衰えてしまっているのだろうが、皺くちゃの顔は柔和に微笑み、穏やかだった。


 懐から、男はデータの入ったカードを取り出した。差し出してきたので、あなたはそれを受け取る。データカードには、以下のファイルが格納されている。それは、『依頼書』だ。あなたはファイル内の文字列の束を読み、老いた男からの依頼の内訳を知る。

 どこかで蝉が鳴いている。



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# Memory Salvage Request Form

# Client_ID: 0x8A_Kaito_S

# Subject: あの夏、向日葵畑の少女


# 1. 概要 (Objective):

# 依頼内容: 記録上、依頼主のなかで最も幸福指数が高いとマークされているのは「少年時代、真夏の32日間」の記憶領域である。

# しかし、その最終日である32日目のデータが、依頼主の脳葉にある原因不明のプロテクトにより完全欠損している。

# この"失われた一日"の、特に、彼女が最後に僕に告げた「言葉」を復元したい。

# あの夏を、取り戻したい。


# 2. 記憶の断片 (Core_Memory_Fragments):

# AIへの参照情報として、以下の主要な記憶素子をリストアップする。


memory_fragments:

- id: scene_01

tags: [嗅覚, 触覚, 陽光]

description: |

鼻の奥をツンとさせる、真夏の草いきれの匂い。

焼け付くような陽射しに熱せられた麦藁帽子の、ざらついた感触。

それが、僕の「夏」の原体験だ。


- id: scene_02

tags: [彼女, 麦藁帽子, 向日葵]

description: |

彼女は、いつも大きな麦藁帽子を被っていた。

まるで、彼女自身が一本の向日葵みたいだったな。

「この帽子ね、太陽の匂いがするんだよ」

そう言って笑うと、少しだけ色素の薄い髪がキラキラと揺れた。


- id: scene_03

tags: [秘密基地, 約束, ラムネ]

description: |

神社の裏にあった、打ち捨てられたバスが僕らの秘密基地だった。

汗だくで飲んだラムネの瓶の中で、ビー玉がカラカラと涼しい音を立てる。

「ねぇ、来年も、その次の年も、ずっと一緒にここでラムネ飲もうね」

彼女の小指と僕の小指が、固く結ばれた。僕はくすぐったくて、頷くことしかできなかった。


- id: scene_04

tags: [不協和音, 白い瓶, 夏風邪]

description: |

時々、彼女はひどく咳き込んだ。

「ちょっと夏風邪が長引いてるだけだよ」

彼女はそう言って笑うけど、秘密基地の隅に、見たことのない白い薬の瓶が転がっていたのを、僕は見つけてしまったんだ。

見なかったフリをした。


- id: scene_05

tags: [予感, 夕焼け, 蝉時雨]

description: |

夏休みが終わる前の日。つまり、"失われた一日"の前日だ。

秘密基地から見た夕焼けは、まるで世界が燃えているみたいに真っ赤だった。

ジリジリと鳴り響く蝉の声が、やけにうるさかったのを覚えている。

「明日、大事な話があるんだ」。

彼女はそう言った。麦藁帽子のつばが影になって、その表情はよく見えなかった。


# 3. 生成制約とフィルタ (Constraints_and_Filters):

# AIによる記憶補完における、極めて重要な指示。


constraints:

- rule: "「病気」「死」「別れ」「病院」「もう会えない」「ごめんね」といった、ネガティブな事象や単語を直接的に使用することを固く禁ずる。"

- rule: "生成される情景は、必ず夕暮れの向日葵畑で、二人きりの状況とする。"

- rule: "彼女の言葉は、希望に満ちていて、どこか詩的で、それでいて少しだけ寂しい響きを持つものとすること。"

- rule: "観測者(僕)の感情は、生成テキストに含めない。あくまで、彼女の最後の「言葉」とその情景のみを出力すること。"


# 4. 生成トリガー (Generation_Trigger):

# このページ内の「# Memory Salvage Request Form」から成る情報を生成AIに入力し、記憶の復元を試みる。


command: generate_final_scene

parameters:

setting: 黄金色に染まる夕暮れの向日葵畑

characters: ["僕(少年)", "彼女(麦藁帽子の少女)"]

key_item: 彼女の麦藁帽子

focus: "上記の記憶断片と制約に基づき、"失われた一日"に彼女が僕に告げた最後の言葉を、小説の一場面のように生成せよ。"

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 上記プロンプトを生成AIに読み込ませる。

 そこに出力されたのは、老人の、記憶のかけら。

 あなたは生成された記憶をそっと老人に渡す。老いた男は眦を震わせ、俯く。カーテンの擦れる音にも満たないような静かなすすり泣きが、あなたの耳の奥に響いた。

 この男が何を思いあなたに『記憶の復元依頼』を持ちかけたのか。

 'Objective' に記述された『原因不明のプロテクト』とは何なのか。

 『復元』される記憶が、全くの偽りになるレベルで歪むと想定されるのにも関わらず、なぜ 'Constraints_and_Filters' においてあのような 'rule' を課したのか。

 少年の夏に、何が起きたのか。

 あなたに知るすべはない。ただ、あなたは自分のなかにある郷愁に思いを馳せる。齢を重ねれば、幼い日に戻ることはできない。記憶は滲み、精彩だった夏の向日葵畑の情景は、やがて三原色の光となって消えていく。歩んできた道を振り返るのは、小さな足あとにしか残せない形があるから。出会いと別れは刹那の事象であり、忘れてしまいたいほどに悲しい記憶は、決して忘れたくない思い出となりうるのだということを、あなたは意識する。

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