幼馴染と間違えて学園一のご令嬢にラブレターを誤爆したら、『結婚前提でお付き合いをお願い致します♡』と頭を下げられました。
月白由紀人
第1章 会合編
第1話 高嶺の花の学園令嬢に求婚されました
「結婚前提でのお付き合いをお願い致します♡」
私立
「……え?」
なんで、こうなってるんだ?
思いながらも、目は正面の紫苑さんから離せない。
昼下がりの陽光に透けてきらめいている、濡れ羽色の長い黒髪。瞬く度に揺れる細い睫毛と、見とれるほどに整っている目鼻立ち。しなやかな手足と、白く透き通る肌に彩られた彼女の周りは、空気の色さえ違って見える。
……うん、マジで『姫宮様』。
成績も優秀で家柄も別格とはいえ、誰にでも分け隔てなく接する慈愛に満ちた『学園の姫宮様』なのだが、さすがに俺ごときがサシで会話できるような相手じゃない。
「如月さんのラブレター、物凄く情熱的でした」
目を細め、口元に微笑をたたえた顔を向けられて、俺はパニックにおちいりながらも、なんとか言葉を絞り出した。
「ラブレターって……なんですか?」
「まあ。『差出人の悠サマだよ、お前のオトコだよわかってんだろ!!』と、手書きで熱い想いをしたためてくださったじゃないですか?」
紫苑さんが、少し伏し目がちにうつむき、はにかんで頬を赤くする。その文面の内容に想いをはせるように。
「……まさか!?」
「はい。如月さんが私宛に直筆でしたためてくださった想い、です」
「……あ、あれ……なのか!?」
「はい。あれです」
紫苑さんが「わかっていただけたようでよかったです」と、にっこりと微笑みを浮かべる。
まさか……。もしかして、俺、間違えたのか!? と自分に問いかけながら、思い起こす。
昨日、腐れ縁の幼馴染の
俺と晴と紫苑さんはクラスメイト。サ行の『佐倉晴』と『紫苑さやか』の下駄箱は、隣り合っている。
間違えた……。誤爆……したのか!?
「もしかして……。俺の書いた……?」
「はい。ラブレターです」
「ラブレター……」
「今までに読んだことがないほど、情熱的でした」
満面の微笑みで答えてきた紫苑さんに、俺は胸中で「やっちまった!!」と叫びを上げた。
幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた気心も知れている晴だから、あとでどうにでもなるだろうと、たまりにたまった情念を書きなぐった『ブツ』。あれを……よりにもよって、間違いとはいえ学園令嬢の紫苑さんの下駄箱に入れてしまったのだ!
ダメだ。何とかしなくちゃ。
「手紙って今となっては古風ですよね。でも、スマートフォンのテキストではない直筆の文字に心躍りました」
「ええとですね……。あれはそのですね……」
「はい、その、なんでしょうか?」
「間違い……というか何というか……」
「間違い……?」
紫苑さんの表情がわずかに曇った。ダメだ、紫苑さんの機嫌を損ねたり怒らせたりするのは。
誰にでも丁寧温容な紫苑さん。だが、間違いとは言え揶揄い半分のラブレターを送ったとなれば、どうころぶかわからない。
怒らせたら相手は学園ヒエラルヒーの頂点。二軍半の位置にいるモブの俺は……終わる。
俺は、作戦の方向性を変えることにした。
「いや、それなんですが……。紫苑さんってその、俺みたいなモブじゃくて、学園のイケメン陽キャにも告白されてますよね。サッカー部のキャプテンやバスケ部の部長なんてどうでしょうかね……」
紫苑さんが、そう言った俺をじいっと見つめてきた。
「自分で恋文を書いた相手に、他の殿方を薦めるのですか?」
「いやいやいや。俺は嘘八百を書いたわけじゃないんですが、出してしまってから高望みが過ぎたよなと反省してまして。紫苑さんほどの方なら俺よりいい男子はいっぱいいるだろうから……」
紫苑さんは、ふふっと軽く笑ってから、語り始めた。
「学園のいわゆるイケメン陽キャの方って、一見爽やかに見えますが、自分をよく見せようと取り繕っている感、半端ないんですよね。下心はあるのにそれを隠して、自分をいかに良く見せようとばかりしているというか……」
「え……?」
「それに対して、如月さんは実直というか、本音を包み隠さないというか。そこに撃ち抜かれてしまって。もちろん、クラスメイトで、普段からよく見ているというところもあっての話になりますが」
「実直で包み隠さない……ですか?」
「はい。誰にでも、他人には見せない本当の自分自身というものがあります。もちろん私にも、外見からはわからない秘めた欲望があります。その自然なものである下心を悪いものとして隠し、自分を偽ってよく見せようという下卑た心根が嫌いなのです。私は、誰にでも穏やかに接しているように見えるかもしれませんが、実はイケメン陽キャという方々は好きではありません」
「……。ずいぶんと、その……、世間評価と違って、辛辣なんですね」
「はい。私、中身は辛辣なんです。ですから、如月さんの何包み隠す事のない、直情的な文面に撃ち抜かれてしまって。なんて実直な方なんだろうって。本当に、見たままの男性ですよね、如月さんって」
「褒めてるんですか、けなしてるんですか……?」
ふふっと、紫苑さんは見たことのない悪戯っぽい顔で笑った。
「お前のことをいつも考えているからな……とか」
俺の文面を朗読し出す紫苑さん。うっと、自分の書いた文章に心臓を貫かれる。
「お前を本気で想ってくれるヤツなんて、この悠サマしかいないんだからな……とか」
ううっ。
「今日の夜のオカズはお前だ……とか」
うううっ。紫苑さんは、笑みを浮かべながら、俺のその反応を見るのが楽しくて嬉しいという様子で続けてくる。
「俺がどれだけお前に夢中なのか知らないだろうから教えてやる!! 今度、生徒たちが見ている前で押し倒してメチャクチャに……」
「ああああああーーーーーーっ!!」
俺は、聞いてられずに紫苑さんの言葉を叫びで遮った。
「すいませんごめんなさい申し訳ありませんでしたっ!!」
紫苑さんは、その俺のセリフに、声を出して満足気に笑った。
「如月さん、勇気がいったことだろうと思います。愛情も欲望も包み隠す事のない、本当に感情の溢れ出た文面でした」
「…………」
ダメだ。動悸が激しくなる。めまいがする。頭がこんがらがって、パニック寸前の俺。
「あ、そうだ! そのラブレター、俺じゃなくて他の誰かが出したんじゃ……。嘘告的というか、偽ラブレターみたいな」
とにかく何とかしなくてはという一心で、思いついただけの言葉だったのだが。
紫苑さんは、可愛い仕草で舌をペロッと出して、返してきたのだった。
「実は見ていました。如月さんが私の下駄箱にラブレターを入れるところを。心臓が口から飛び出すくらいに驚いたと同時に、天にも昇るほど嬉しかったです」
……終わった。
目の前の、瞳のきらめき。頬の紅潮。信頼と愛情に満ちたこの微笑みを、俺は壊せない。
「じゃあ、一緒に帰りましょう。駅までは一緒ですよね」
「……はい」
結局、言い出す機会のないままに、俺は紫苑さんに引きずられるようにして校舎を後にしたのだった。
ただ、この会話でわかったのは、紫苑さんはやはり紫苑さんだということ。機会を見て言い訳をすれば必ず許してくれるはずだ……と、このときはまだ思っていたのだ。これが俺のラブコメ地獄の始まりになることを想像することもなく。
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