第一章「孤児院トラブル編」

【1-1】リール王国と一人の赤子


 ここは、『リール王国』という、とても広い国である。

 この国、リール王国は、『貴族社会』だ。

 身分の高い者が、「お前は悪だ」と言えば、それが真実になるというとんでもない世界。



 そんなリール王国の大きな街、ルナシティは、川がとても綺麗な街である。

 ルナシティの住宅街から離れた所にあるディーネ川は昔から奇跡の水と言われる程に。

 今日も、ディーネ川の川の水が、さらさらと流れている。


 * * *


 ルナシティの片隅には、小さな孤児院があった。

 建物は古く、壁はひび割れ、暖炉の火も弱々しい。

 お金はほとんどなく、食べ物も十分ではない。

 孤児院の人々は、精一杯子どもたちを育てていたが、新しい命を迎える余裕はなかった。

 ナツが死んだとほぼ同時に、その孤児院にひそひそと赤ちゃんの泣き声が響いた。

 その赤ちゃんの名前は ナノカ。

 薄い黒髪の女の子だ。

 孤児院長はナノカにシンプルな白い服を着せて、疲れた顔で赤ちゃんを見つめた。


「また、新しい子か……」


 他の子どもたちは驚きの目を向けた。

 食べ物の少なさ、時間のなさ――全てが目の前の小さな命を受け入れる余裕を奪っていた。


「ごめんね、ナノカ。私たちには、育てる余裕がないの……」


 その言葉は、赤ちゃんにはまだ理解できない。

 泣き声は小さく、でも確かに孤児院の空気に響いた。

 孤児院の人々は心の奥で葛藤した。欲しくて生まれた命ではない。

 けれど、目の前にいるナノカは確かに存在する。

 育てられない、けれど見捨てられない――その狭間で、孤児院は静かに悩み続けた。

 そして、大人達で、静かに相談をしている。


「どうしよう、殺処分は可哀想だし……」

「もし、引き取り先が二週間以内に見つからなかったら、殺処分にしよう」

「物心がつく前の方が良いしね……」


 この国では、孤児院にいる子供や大人の人権なんて殆ど無いと言っても過言では無い。

 子供達は、不思議そうな顔で、大人達の会話を聞いている。

 ナノカは、チラッと大人達の方を確認する。

 その視線を感知した大人達は、罪悪感に襲われた。


(なんか、こわい……)


 そう考えながら、ナノカは眠りについた。


 * * *


 朝の光が、ひび割れた孤児院の小さな窓からそっと差し込む。

 ナノカは小さなベッドの中で目を開けた。

 まだ歩けない、まだ言葉も出せない。

 できることといえば、ただ手を動かすことだけ。

 小さな手を、パーにして、ぎゅっと広げて、そしてまた閉じる。


(ぱー……ぐー……ぱー……ぐー……)


 別に、誰かに見せるわけでもない。

 布団の柔らかさ、冷たい空気、手のひらの温もり。


 ————ナノカにとって、それが世界の全てだった。


 孤児院の他の子どもたちは、まだ眠っている。

 院長も台所で小さな火を起こしている。

 ナノカの頭の中のタイムリミットが、一日動く。


【タイムリミット:残り13日】


 それまでに引き取り先が見つからないといけない。

 そうしなければ、ナノカの人生は終わりだ。


 * * *


 それから、何もしないで一日目が終了した。

 いや、何もしなかったのではない。


 ————出来なかったというのが妥当だ。


【タイムリミット:残り12日】


 貴重な時間を無駄にしてしまったが、気を取り直してナノカはハイハイの練習をしている。

 何より移動しないと引き取り先を探せないからだ。

 ナノカは、いつの間にか少しだけ動けるようになっていた。

 前世が猫のお陰だろう。


(たぶん、こんなかんじ……?)


 無論、ナノカは両手を同時に出してジャンプしてしまっている。

 まさにカエルだ。本人は気付いていないが。

 ハイハイの練習をしている理由は、移動する方法がこれしか無いからだ。

 まず歩くのは不可能で、走るのは論外である。

 ハイハイすらまともに出来ていないが。前世が猫だというのに。

 まあ、生後二日日にしては上出来だろう。

 ナノカが二日で学んだ事は主に三つ。


 1.ひとはおしゃべりできる!

 2.ごはんはおいしい!

 3.あしたはたくさんのえらいひと貴族がくる!


 ————三以外の情報はゴミ以下だった。

 やっぱり言葉を話せた方が良い。だが……


「あ〜、い〜、う〜、え〜、お〜」


 はい不可能。あ行以外話せない様じゃ、話にならない。

 次に、貴族は魔術を使える子供を好む。

 と言う訳で、魔術の練習に励んだナノカ。

 まずは小さな光を出す事の出来る、初級魔法から練習をする事にした。

 さあ、詠唱を始めよう!


(えいえいお〜!)

「る、るー……べん」

 ……違う。

「る、るー……ぷれんっ」

 ……なんか増えた。

「るー……ぺんぺん!」

 ……もはや呪文というより鳴き声。

 自分で噛んでしまうたびに、ナノカはむーっと頬をふくらませる。

 ナツの方がよっぽど優秀だったかもしれない。


 ————トラック馬車に突っ込まなければ。

 実際に、ナツは猫語を使って初級魔法を使う事が出来た。

 猫で魔術を使えるのは実際、ナツ以外存在しない。とても優秀だ。

 大事なことなのでもう一回言っておこう。

 トラックに突っ込まなければ。


(まほぅ、むずかしい……じゅもんいえない)

「る、る……るるるるる……」

 ……なんかもはやバグってる。

 るるるるるるるなんて言う呪文はどんな場所にも存在しない。

 ナノカは、どうしたものかと考える。

(むずかしいよ……そうだ!)

 何かを思い付いたらしく、ナノカは震える右手を頑張って前に持って来て、人差し指をピッと前に出す。

 そして……


(《ルーメン!!》)


 心の中で精一杯唱えた。

 すると、奇跡なのかは分からないのだが、ナノカの人差し指の少し手前あたりに小さな光が宿る。

(できたっ!!すごいよわたし!えらい!)

 といっても、まだ問題は1つも解決していない。

 まず目的は引き取り先を見つけるために魔術を少しでも多く使えるようにすることだ。

 だが他の魔術は念じるだけではできないものしか存在しない。

 まず、赤ちゃんだから言葉の発音があまり出来ない。というか出来ない。

 せめて幼女くらいには成長しないと不可能なのである。

 ナノカは、真剣に考える。考えた結果はこれである。


(よーじょになろう!)

 まず薬の作り方も分からないナノカには不可能だ。

(うーん……レシピがないと……)

 っと考えていると目の前にバサリと一冊の本が落ちた。


 タイトル『ようじょになれるくすりのつくりかた!』


 まるで奇跡だ。こんなに素晴らしい偶然は無い。

 ナノカは前世のお陰か、ひらがなだけは読めた。

(ようじょになるくすりをつくろー!)

 ナノカは、早速準備を始めた。今の時間は昼で、まだ余裕はある。

(ぜったいに、ようじょになる!)


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 ナノカはちゃんと赤ちゃんです。(成長が早いだけ)

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