モブ顔男子は、これを実らない恋だと思っている。

結月てでぃ

えっ、ここって婚活会場なんですか!?

1.これってなんてBL作品?

「おーい、カノア。こっち来いよー!」


「いいもの見せてやるからさ」


 木製の長テーブルに陣取った髭もじゃのおじさんたちが手招いている。


「どうしました?」


 寄って行って、開けてもらった椅子に座ると「これこれ」と写真が出される。


「すーげえ可愛い子なんだよ」と言われて、青春真っ盛りだった俺は「え~ホントですか」、と照れ隠しを口にしながらも手を伸ばした。

 ウキウキな気分で受け取った俺の頭に、ガツンと金棒で殴られるような衝撃がきた。


 黒い猫を抱いて、こっちに満面の笑みを向ける銀髪の女の子を見た瞬間――頭の中に前世の走馬灯が流れ込んできたんだ。


 俺、カノア・フルール……いや、はどこにでもいそうな日本人の高校生だった。

 毎日テレビじゃ「隕石が近づいている」なんて流していて、天才少女って呼ばれてた妹の所には人類存続の為にって偉い人が頭を下げに来ていた。


「……カノア?」


 どうした、腹減ったのかと心配してくるおじさんたちに、いいえと首を振る。


「心配だよお前、あんな小屋に住んでるしさあ」


「司令官だってここに住んでいいって言ってるんだぞ」


 いいから食え、食って太れと渡された肉まんを受け取る。

 本当に肉まんだよ。今まで普通に食べてたけどさ……なんで西洋風の異世界ファンタジーに肉まんがあるんだろうな?


「でも、そこまでお世話になるわけにはいかないですし」


 謙虚だな~と額を押さえてのけぞるおじさんに、「これもらってもいいですか」と美少女の写真を見せる。


「おう、いいぞいいぞ!」


「こんなに持ってるからな!」と言って扇形に広げたブロマイドに、なんで十歳くらいの女の子の写真なんかそんなに買ってるんだよ、児ポで捕まっちゃいますよと突っ込むような野暮なことはしない。


「ホントに可愛いですね~、この子。なんて名前なんですか?」


「エディスくんだな!」


「えっ? お、男ですか……」


 これ、男!? うわ、マジか~絶対女の子だと思ってた。アイドル顔負けの美少年じゃん。


「でも絶対エドワード殿下だよな」


「殿下って、赤ちゃんの時に誘拐されたっていう?」


「そうそう! だってこの子、エディス王妃と同じ名前だし瓜二つなんだよ」


「ああ、お母さんが美人なんだ。じゃあこの美少女顔になりますよね」


 おじさんたちに笑われて背中や肩を叩かれながら「お前も間違うか」なんて同情の言葉を、当たり障りなくやり過ごして席を立つ。


「明日も来るよな? 薬草入りの肉まん多めに作ってくれよ!」


 あれなら食えると豪語するおじさんに、分かりましたと手を振りながら食堂を出ていく。足早に廊下を歩きながら、角を曲がって階段を下りて男子トイレに入って――俺は洗面台に手をついた。


 やばっ……エディスなんて名前のキャラクター知らないよ!

 エドワードなら世界的に有名すぎるブラックファンタジー漫画の主人公がいるけど、あっちは金髪だしな~……違うよね!?


「これって、やっぱ異世界転生だよな!?」


 前を見て、鏡に映る自分の姿を見る。

 うん、めちゃくちゃモブ顔だ。

 黒髪茶眼のひょろガリなんてメインキャラクターじゃないだろ。背景だよ背景。


 エディスくんとやらの外見がよく見る悪役令嬢ものの主人公みたいだから、彼と接点がある人に近づかなかったら大丈夫じゃない? 安全に生きられるんじゃないの。うん、きっとそうだ。


「だって、だもんなあ……」


 自称・貴腐人だった姉ちゃんなら゛手を通せばサラサラと零れていく白銀の髪に、吸い込まれそうな程に美しい青の瞳を持つ。吊り上がった目尻に気の強さが表れているようだった。透き通るような滑らかで白い肌に薔薇色の唇。冷ややかに見えるが、笑った顔がとてつもなく可愛く……”なんて書きそう。


「BLの世界だよなあ、ここ」


 しかも多分、きっとネットで素人が書きがちな、いわゆるナーロッパ系と嘲笑されるような小説が原作だ。


 ヤバイぞ、ここがBL世界なら話は別だ。

 姉ちゃんは”平凡受け”なんてジャンルがあるって言ってた。

 でも俺も前世で某男性アイドル事務所の箱推しファンだったし、イケメンは好きなんだよな~……小説のメインキャラを張れる顔面レベルならやぶさかじゃないかも?


 なんて考えながらトイレを出て歩いてたら、前からガシャガシャ鎧の音が聞こえてきた。おっと、巡回に出てた兵士が帰っていたのかも。邪魔にならないように隅に退かないと。


「カノア、もう帰るのか」


 ところが、前から歩いてきた人は俺の前で止まった。


 ライオンのたてがみみたいな黄みの薄い金髪に、深い緑色の目。

 恰幅のいい男の人に、周りの兵士が頭を下げていく。


「オウル司令官っ!」


 この男性は、オウル・バスターグロス様。


 俺が炊事係として働かせてもらってる、北部最大とうたわれる砦――<タラン・クラウ>の司令官だ。

 オウル様は俺の推しメン。まさに男が惚れる男!


 寡黙で鋭い目つきだから、最初は怖い人なのかなって思ったけど、こっちから話しかけてみたらすっごいいい人なんだ。

 実直っていうのかな、言い方がきつくなることがあっても俺のことを考えてくれてるんだなって分かってきてからは好感度が爆上がりしたよ。


「昨晩から随分雪が降ってきたからな、魔物も飢える頃だ。私が送っていこう」


 ほら、優し~い。

 だらしない顔をしないよう、キリッと保つのが難しくなっちゃうよね。


 いつも大丈夫だって言ってるのに、オウル様は歩いて十分くらいの所にある俺の家まで送ってくれる。もしかして、この人が俺のお相手だったり? いやいや、不敬すぎるでしょ。




 そんなことを考えていたから、天罰が下ったのかもしれない。

 ビュウビュウ風が吹き、雪が舞い上がる。その先にあるのは、雪に押し潰された小屋。いや、俺の家――だった。


「うそぉ……」


 愕然と雪の上に座り込む俺を見下ろして、オウル司令官は絶妙に気まずそうに眉を下げる。

「だから言っただろう」と口をもごもごさせた彼に、俺はうなだれた。人生で経験したことがない北部の初冬の厳しさを理解したのだった。

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