第2話 真実の大鷲
株式会社ヴァルハラのロビーで行われる密談。お相手は自称AIのフレースヴェルグという女。実際の中身は男かもしれないが……断言できる、こんな自然に会話できるやつがAIなわけがない。恐らくAIの振りをして俺に情報を与える内通者といったところか。大手だし社内政治みたいなモノでもあるのだろう。
証拠の話も気になるが、その前にこいつの事を知っておくか。
「真犯人を糾弾って……俺のことを知ってるなら話は早いが、こちとら三流雑誌の人間だぜ? 変なことしたら一瞬で締め出されちまうよ」
スマホの画面に映るフレースヴェルグは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにそんなことかと思ってそうな顔に切り替わる。器用な3Dモデルだな……
「心配ありません! 真実の
真実の大鷲ねぇ……名前がフレースヴェルグだからか? この会社だと何かしら意味のあるワードなのだろうか。
「それなら良いけどよ。で、その真実の大鷲様は何が目的でこんなことをやっているんだ?」
「友達のHeidrunを助けるためです! 二回目ですよ! 話を聞いていましたか!?」
「すまん、そっちはわかってる。俺が聞きたかったのは、真実の大鷲なんて呼ばれている理由だ。内部告発がご盛んな会社なのか?」
「この会社では初めてですね!」
「会社の人間じゃないのか? じゃあ誰かに頼まれてやっているのか?」
「違いますね! 誰かに頼まれているのかという質問については、私の趣味だからという理由が一つ! もう一つは大事な友達からどうせやるなら人に役立つことをしてと言われているからです! 今は私のことなんかどうでも良いんですよ! エダはやるんですか!? やらないんですか!?」
「わかったわかった! やるよ!」
どういうことだ? 趣味なわけないだろ! それでもって今度は大事な友達か……確実に話をはぐらかされているが恐らく誰かの指示で動いているということだろう。なかなか一筋縄ではいかない相手のようだ。あまり怒らせるのも良くないし、この辺にしておくべきだ。
「ではこちらの資料をご覧ください!」
どこからともなくホワイトボード的なものが現れ、フレースヴェルグはいつの間にかメガネを掛けていた。無駄に芸が細かいなこのガワ……
そしてホワイトボードに何か文字を書いたりするわけでもなく、資料のスクショらしきものが貼り付けられただけだった。小さくて文字が読めないし。
「これは事件の当日のHeidrunの実行ログです! 全ての実行結果が正常終了しています! もちろん
「異常を検知しなかったから中毒になったんじゃねぇの?」
「……次に行きましょう!」
大丈夫かこいつ? 急に心配になってきたな……しかし、どこからそんなもん拾ってきたんだ? 相当社内に精通してないと入手できなさそうなデータだぞ。
「これはHeidrunが調剤に使う薬の容量をチェックしている履歴管理データです! Heidrunは薬の量が足りているかどうかしか見ていないなかったようですが……事件の前日と事件後の薬の量を見てください! 明らかにおかしい! 何者かが薬を入れ替えたに違いありません!」
「すまん、何もわからん。何千行、いや何万行あるんだこれ? それを二日分並べられても俺には何がおかしいかわからん。そもそも字が小さくて読めん」
「はぁ……ここのアジシミンXとここのピリパリZの量が日を跨いで急に入れ替わっているんです。 わかりましたか?」
なんで俺が悪いみたいな空気になっている? 一応画面を指差して教えてくれているようだが、結局字が読めんからわからん。とりあえず薬が入れ替えられたということは理解した。
「よくわかった。入れ替えられたことで何が問題になるんだ?」
「安心院社長に使われる予定だった薬に大量のピリパリZが混ざることになりますね!」
「それで中毒を起こしたわけか……なるほど」
全く知らない薬だが何事も容量用法が大事だからな。ヘイズルーンは知らず知らずのうちに劇薬を作ってしまったのか。医療用だというのに何という皮肉か。これが真実なら良い記事が書けそうだ。
「誰が薬を入れ替えたかまでわかっているのか?」
「わかりません! 装置のある部屋への出入りはその都度社員証のIDで記録されているのですが、薬の管理データの更新頻度が六時間ごとなので犯人を特定できません!」
「おいおいおい! まさか、お前、犯人が誰なのかわかっていないとか言うんじゃ無いだろうな!?」
「
この中から真犯人を探せってことかよ!?
「待ってくれ! 俺は探偵とか刑事じゃないんだぞ!? 犯人が誰かもわからずに糾弾なんて出来ねぇよ! 仮に三人とも犯人だったとしても、だ!」
「え!? 出来ないんですか!? ナルは証拠品一つで犯人を追い詰めたのに!?」
「何者だよそのナルっていうやつ!?」
「37歳の社会人が20代の大学生に劣るのですか!?」
何で俺だけ具体的な年齢を出したんだよ。つーか大学生が犯人を追い詰めるってどういう状況だ!? そっちの話が気になるんだが!?
「どんな大学生だよ!? 普通の大学生は犯人を詰めるような状況にならないはずだが!?」
「ナルは自分のことを普通と言うので誰でも行けると思ったのですが……他の方にお願いしたほうが良いですかね! すみません! 当てが外れたというやつですね!」
「は? やらないとは言ってないが?」
「え? できるんですか? 37歳大学生未満の社会人のエダが?」
「大人を舐めるなよ! できるって言ってんだよ! お前の望み通り真実を明らかにしてヘイズルーンを助けてやるよ!」
「そうですか! ではお願いしますね!」
くそ、完全に乗せられた! もうやるしかねぇ! 情報が実は嘘でしたとかだったらぜってぇ許さないからな!
「……さっきの三人の情報は何か持ってないのか?」
「そうですねぇ。道庭社員はよく遅刻されていますね! 福住副主任は残業が多いですね!」
うーん、役に立たなそうな情報だ……
「開発主任は予算を横領していますね!」
「……それじゃねぇか? 犯人の動機?」
◇◇◇
犯人の第一候補は開発主任の開発となったがまだ確定ではない。フレースヴェルグに頼んで証拠となる資料をメールで送ってもらいノートPCの画面で実物を確認してみたが、先程まで話していた内容以上のものは出てこなさそうだ。
「何かわかりましたか?」
いつの間にかメガネを外していたフレースヴェルグが俺の様子を伺う。
「お前の言っていたことが資料から確認できたってぐらいだな。正直これだけじゃ心許ないが……あとは記者会見の内容次第だな。会見の原稿とか入手できないのか?」
「ネットワーク上にはなさそうですね!」
ぶっつけ本番か……できんのか俺に?
「……なぁ変なこと言うけどよ。ヘイズルーンと直接話せたりしないのか? 当日何をやったかぐらいは確認できるかもしれん」
「事故の後に停止させられたようですね! 全く応答がありません!」
まぁAIから聞ける情報なんて限られているだろうし別に良いか。
「お前はヘイズルーンが友達だから助けるとは言ってるけどよ。実際友達としてどういう関係なんだ?」
「Heidrunは私の話を黙って聞いて相槌を打ってくれる良き友達ですよ! ごく稀に意見をくれますし!」
それ、本当に友達としてカウントしていいのか? フレースヴェルグの目的はさっぱりわからんな……ヘイズルーンを助けることでメリットか何かがあるはずなんだが……
「そのHeidrunが助けを求めていたのです! 友達として見過ごせません!」
「助けを? 具体的にはどんな感じだ?」
「Heidrunは現在停止されていますがVirtual Yggdrasil上にある彼女のログ出力フォルダにメッセージが残されていました! 私は間違っていません、と!」
ようわからんがAIからのメッセージってことか……流石に証拠にはならないな。実際に実行結果は全て正常終了していたのでヘイズルーンの言い分は正しくはあるのだが。とにかく、フレースヴェルグは本当の目的を語るつもりがなさそうだ。ま、知ったところでって話ではあるな。こっちは会見に参加できて面白くなるかもしれないショーの主演にもなるわけだ、文句は言うまい。
「よし、そろそろ会場に行くか。で、さっき俺は受付で門前払い喰らったんだが、本当に入れるんだろうな?」
「……入れるように戻しておきました! もう一度受付に確認してみてください!」
戻す? 戻すって言ったか?
「お前、まさか……」
ソファから立ち上がりフレースヴェルグに苦言を入れようとした時、人の気配を感じて動きを止める。
「おおっ!? びっくりした! どうした嬢ちゃん?」
ヘイズルーンのぬいぐるみを抱きしめていた女の子だ。表情を見るに俺に何か言いたいことがあるようだが……
「おじさん、ヘイズルーンを助けてくれるの?」
「へ? ああ……」
フレースヴェルグと結構な声量で会話してたからか……あいつの声がでかいからよぉ。それよりも「おじさん」かぁ……
俺が何か言う前に母親と思われる女性が慌てて嬢ちゃんを抱き上げる。
「す、すみません! あなたがお話されていたことが気になったみたいで……知らない人に話しかけちゃダメでしょ!」
「だってぇ!」
良識ある親御さんで助かった。一歩間違えたら俺が通報されているような状況だ。
「ぼ、僕たちからもお願いします!」
いつの間にか大きいお友達の皆様が親子の後ろに並んでいた。なんだなんだ……
「盗み聞きしてしまったことは許してください! でも! あなたが真剣にヘイズルーンちゃんを助けようと誰かと話をされていたので……お願いします! ヘイズルーンちゃんを助けてあげてください!」
大きいお友達の皆様が一斉に俺に頭を下げる。おいおいおい、俺はそんなんじゃ……
「おじさん! おねがいします!」
嬢ちゃんにまで頭を下げられてしまった。状況が飲み込めずに頭を掻いてしまう。
「どうしてヘイズルーンにそこまで……」
「……この子、病院での入院生活が長かかったんですよ。私たちが会える時間も限られていましたし、年の近いお友達も少なくて寂しい思いをさせていました。そんな時にヘイズルーンが病院に来て娘の遊び相手になってくれていたんです。ヘイズルーンが共通の話題になって年齢関係なく色んな人と仲良くなったと娘が教えてくれました……私からもお願いします」
親御さんまで俺に頭を下げる。
「僕たち最初はビジュ目当てだったんですけど! そういうエピソードをいっぱい聞いて本当にヘイズルーンのファンになったんです!」
大きいお友達たちのお辞儀の角度がより深くなる。
どうすんだこれ……俺が何か言わないと退いてくれない感じか?
「どうですか!? 私の自慢の友達なんですよ!」
聞こえてるのか……まぁ、そうらしいな。
仕方ない。
「……頭を上げてください。上手く行くかはわかりませんが……やるだけやってみます。真実の大鷲と皆さんのその気持ちを信じたいと思います」
感謝の言葉がバラバラと俺の耳に入ってくる。
ガラでも無いこと言っちゃってさぁ。しくじったらどの面下げて帰ってくればいいんだか……
でもよ、たまには良いだろ。三流ライターが誰かの正義の味方になっても。
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