あるオタギャルの恋について
第8話 オタク女は今日もギャルの仮面を被る
ペルソナとは、心理学における自分の外的な人格。すなわち「周りの人に見せる自分」を意味している。
私たちは周囲の環境に適応するため、さまざまな「
私――野々宮清美にとっては、ギャルの格好と口調がそれにあたる。
しがないオタク女子だった私は、高校デビューのため死に物狂いでメイクを覚え、おしゃれを学び、アニメやゲームのギャルからギャル口調を習得した。
校則があるので髪は染めなかったが、それっぽい巻き方を学び、良い感じのエクステも買った。
だが一つ誤算があった。
金蓮花高校の当時の一年生には――私のほかにギャルっぽい人がいなかったのである。
お陰で高校デビューどころか普通に孤立し、私の学園生活は初手で大いに躓くことになった。
しかしながら、天から見放されたわけでもなかった。
私は何とか友人を二人作ることに成功した。
一人は法月鈴音。
初めて彼女を見た日、窓側の席で外を眺めながら、その長い黒髪を風に揺らしていたのを覚えている。切れ長の目をしていて、鼻筋の通った美人。深層の令嬢、という表現がぴったりな子だと思った。
英語の授業で英会話のペアを組んだ時、とても良くしてくれたのが切っ掛けで仲良くなった。
仲良くなった結果、女好きで好みの女と見るや手当たり次第に告白するやべー女だったことが分かった。今は幼馴染と後輩を二股している。一度人生を見つめなおしたほうがいいと思う。
もう一人は桜木
どこか人懐っこい雰囲気を放つ少女。垢抜けたショートヘアに、キュートな丸目。鈴音ちゃんの隣にいつもぴったりくっ付いている様子は、あだ名通り飼い主にべったりな猫のようだった。
こっちはまだマトモだと思っていたが、色んな意味でやべー女だったことが最近判明した。恋に盲目すぎるのもどうかと思う。
二人とも女の子が好きな性的指向を持つ。それはいいのだが、最近鈴音ちゃんに彼女が出来、それから紆余曲折あった結果、祢子ちゃんは鈴音ちゃんの彼女公認の
祢子ちゃんが鈴音ちゃんを好きなのは丸わかりだったので、二人で付き合えばいいのに、とずっと思ってはいたのだが、現実は一筋縄ではいかないものだ。
こんな二人だが、私にとっては一年以上の付き合いのある数少ない大切な友人だ。
彼女たちは私のことを『オタク趣味のあるギャル』だと思ってくれているらしい。
実のところ私は『ギャルのコスプレをしているオタク』なのだが、演じているうちにこのペルソナが二人の前での素の自分のようになっていた。
―――
さて、今日はといえば、夏休みが始まって最初の日曜日である。
この日私は、自分が好きなソーシャルゲーム『プロフェッショナルアイドル』のコラボカフェに、今日初めて会う人と行くことになった。
その人のHNは『リヒト』
私と同じく『プロアイ』が好きな2個上の大学生で、
SNS上で交流を重ねていくうちに仲良くなり、いつかオフで会いたいねという話をしているうち、今回のコラボカフェの開催を知った。
神戸出身の彼女は、日本橋にも時々遊びに来るというので、折角なら一緒に行こうという流れになった。
ただ、私はSNSの人とリアルで会うのが初めてだったため、今回だけ、と応援を呼んだ。
ソフマッピの前で人を待っている私を、たい焼き片手に遠巻きに見ている二人がいる。
二人の友人、鈴音ちゃんと祢子ちゃんだ。
ここまでは一緒に来て、さっき別れたところなのだが、こうもガン見されると流石に気になる。
見守っててほしいと言ったのは私なので、文句が言える立場ではないのだが。
(……とりあえず今日の会話デッキをおさらいしておこう)
まだ時間は五分あるし、『リヒト』さんが来たら何の話をするかをとりあえず今のうちに決めておく。
まずは推しの話題。今期の話題作のアニメの話。好きな声優の話。他の好きなゲームやアニメの話。好きな歌やアーティストの話。
あくまでネットの友達なので、学校などのリアルの話は極力避ける。
オタク同士なのだから、オタク話をしておけば会話が途切れることはないだろう。
そうこうしているうちに、
『お疲れ様です。もう着いていますか? カナタちゃんのぬいをカバンにつけています』
どうやら着いたらしい。
『お疲れ様です。私はリアちゃんのぬいを持っています』
と返信し、周囲を見渡す。最近は小さなぬいぐるみ推し活をしている人も多い。
リアちゃんは『プロアイ』の中での私の推しだ。ギャル風のアイドルで、私のギャルっぽい口調は彼女を参考にしているところも大きい。
『リヒト』さんの推し、カナタぬいを持っている人を探していると――。
「もしかして、のんのんさん……ですか?」
「あ、はい」
左側から声をかけられ、振り向く。『のんのん』は私のHNだ。
「はじめまして。リヒトです」
その顔を見た瞬間、脳天からつま先にかけて雷撃が走った。
すっと通った鼻筋は高く、理知的な印象。涼しげな一重まぶたの下には、まっすぐな視線が宿る
ショートカットの髪は、洗練された横顔のラインを引き立てていた。色白で滑らかな肌には、メイクも最小限しか施されていない。まるで彫刻のように完璧でありながら、親しみやすさも感じさせる、不思議な魅力を持った顔立ち。
オーバーサイズのシャツと、カーキ色のワイドパンツを着こなし、身長は私より頭半分ほど高い。
一見すると美男子と見まごうほどだが、小さな肩幅と、主張しすぎない胸のふくらみが女性であることを証明している。
端的に言うと――ものすっごいイケメン女子が来た。
衝撃で会話デッキもギャルのペルソナも吹き飛んだ私は、少しの間唖然としていた。
もっとフツーのオタクっぽい女の子を想定していたので、脳味噌が誤作動を起こしている。
包み隠さずいえば、めちゃめちゃ好みのタイプの顔だったので、しばらく見とれてしまった。
「は、はじめ、まして」
なんとか会話しようと、言葉を喉から絞り出す。
そんな私を見て、『リヒト』さんは柔らかな笑みを浮かべた。
「もしかして緊張されてます? 実は私もオフで人と会うの初めてで、さっきまでとても緊張してたんです。実はオジサンだったらどうしよう――なんて。でも良かった。かわいい女の子で」
「かわっ」
リヒトさんも同じ発想だったことに安心すると同時に、私は顔が真っ赤になるのを感じ、慌てて視線を下げる。
(しまった……あの二人が見てるのに)
ちらり、と先ほどまでスズネココンビがいた場所に視線を向ける。
二人もリヒトさんの姿に驚いた様子で、こちらを凝視する祢子ちゃんの肩を鈴音ちゃんがバシバシ叩いている。
妙な誤解を生みそうだ、とにかく、ここから移動しなければ。
「のんのんさん。よかったらこれ、どうぞ」
と、リヒトさんは私に紙袋を差し出した。
「地元のお菓子です。よかったら持って帰ってください」
「え、あ、ありがとうございます」
――こ、これは、お土産!
しまった、ネットの友達と会う時はお土産を用意するべきだったのか。
「あ、ご、ごめんなさい私なにも用意してなくて」
「良いんですよ。ボクがのんのんさんに食べてほしかっただけですから」
と、リヒトさんはニコッと笑う。あまりの善人ぶりが眩しく、後光まで差しているようだった。
「あ、ありがとうございます。それじゃ行きましょう」
しどろもどろになりながらも、私は目的地であるコラボカフェに足を進めることが出来た。
しかし今更ギャル口調エミュレートする事も出来ず、私はギャルっぽい服装をしただけのオタク女として、この年上で顔の良い高身長女に立ち向かわなければならなかった。
―――
そうして、私たちはコラボカフェたどり着いた。
その頃になると私も緊張が少しは解けていった。コラボカフェの外の写真を一緒に撮り、中に入る。
店員さんに案内されるまま、私たちは向かい合わせの二人席に着いた。
「コラボメニューもみんな可愛いなぁ。のんのんさん、何を頼みます?」
と、リヒトさんがメニューを広げてこちらに見せてくれる。
「ええと、じゃあ私は『リアちゃんのリア充チョコレートパフェ』を」
「じゃあ私は『カナタの奏でる旋律のミルフィーユ』と……ドリンクも注文しますか?」
「あ、じゃあ『プロフェッサーのプロテイン入りパッションミルク』を」
「私もそれにしようかな」
リヒトさんが手を上げ、良く通る声で店員を呼び、店員さんに注文を書いたメモを渡す。
注文が終わると、しばらく時間が空いたので、その間私たちは一緒に店内のコラボ装飾の写真を、お互いの推しのぬいと一緒に撮りまくった。
やがてドリンクが運ばれてくる。
ドリンクにはランダムコースターが付いているのだが、これが曲者だ。お互いに推しキャラを当てたいが、確率は1/12。沼る未来しか見えない。
「こういうのは、あまり期待しないで行きましょう。ランダムじゃない推しのグッズは後で買えますし」
と、リヒトさんが銀の袋を丁寧に破る。
「そうですね」
と、私も自分のコースターの袋を破き、中を見た。
「うーん。リンちゃんだ。まあリサちゃんのユニットの子だからまだセーフかな。リヒトさんは?」
「……シークレットのアイドルプロフェッサーでした」
と、リヒトさんは困ったような笑顔を浮かべる。
アイドルプロフェッサーとはゲーム内のアイドルではなく、ゲーム内の主人公。いわば自分たちのアバターだ。
「お、おお、シークレットブチ抜くとは持ってますねリヒトさん」
「面白いけど、せめてアイドルの子が良かったなぁ。お金出すのでもう一杯ずつ注文しません?」
「大丈夫です? 沼の入り口じゃないですか」
「推しとは言わず好きなキャラを……せめて可愛い子を当てないと……!」
と、折良くフードが来たので、私たちはドリンクをもう一杯追加注文した。
とりあえずフードとドリンクが揃ったので、食べる前にまたぬいを並べて撮影開始。
さっき当てたコースター2枚もいい感じに並べて撮る。
「盛り付け綺麗で良いですね。映えるなぁ」
リヒトさんはニコニコ笑顔を浮かべている。
キリっとした感じのイケメンが柔らかな笑みを浮かべているギャップに、私はまた心臓の鼓動が脈打つのを感じた。
(なんだろ、さっきから……。もしかして私もあいつらに当てられたのかな。いやでも、こんなイケ女前にしたら男でも女でもドキドキするやろ……)
ほどほどに撮り終えた後、私たちはそれぞれ自分が注文したスイーツを食べ始めた。
「美味しい。最近のコラボカフェはレベルが高いですね」
「こっちのミルフィーユもすごくおいしいよ。のんのんさん、一口食べますか?」
と、リヒトさんが自分のお皿をスッと差し出してきた。
「あ、はい。ありがとうございます」
遠慮するのも悪いと思って、私は自分のフォークをリヒトさんのお皿に伸ばそうとした。
こういう時は断るよりも、気持ち少なめに頂いて好意を受け取るのと遠慮の気持ちを両立させるのが良いのだ。が、
(ミルフィーユって、どう切り分ければ……!?)
よく考えたらパイが硬めのミルフィーユをフォークだけで切り分けるのは難易度が高い……!
切れないことはないが、崩壊は必至……!
「あ、ナイフありますよ」
固まった私を見かねたのか、リヒトさんはフォークとナイフを使って綺麗に切り分け、大きめの欠片を取り皿に分けてくれた。
「ああっじゃあ私のパフェも食べてください」
「フフ。ありがとう」
と、リヒトさんが私のパフェをスプーン一杯分だけ取る。
「うん。パフェも美味しいですね」
朗らかな笑顔。
ううむ、流石年上。私がやろうとしたことをあっさりとこなす。
顔もいい、気遣いもできる。完璧超人だ……。
食べ進めているうち、二杯目のドリンクと特典が運ばれてきた。
「さて、今度こそ……ですね」
と、リヒトさんが気合を入れてコースターの袋を手に取る。
「あ、いっしょに開けましょう」
私も袋を持ち、せーので同時に開く。
「あ、やった、カナタちゃんだ! リヒトさんもしよかったら交換――」
リヒトさんを見ると、まるでムンクの叫びのような顔で固まっていた。
手を見ると、またシークレットのアイドルプロフェッサーのコースター。
「……ぷっ、あはは!」
そのギャップがあまりにもツボにはまり、私はしばらくお腹を押さえながら笑っていた。
「リヒトさんそれはもう、逆に運良すぎ!」
私が涙を流すほど笑い転げるのを見て、リヒトさんもつられて笑う。
「くっそー、一枚だけならネタになったのになあ~」
「リヒトさんほら、カナタちゃん出たから交換しましょ!」
言いながら、私はさっき当てたカナタちゃんのコースターをリヒトさんに差し出した。
「ええ、でも悪いよ。リアちゃんは引けてないし」
「良いですよ。ほら、さっきお土産ももらったし。タダでどうぞ」
「いや流石にあげるよ、アイドルプロフェッサー」
はにかみながら、リヒトさんはコースターを交換してくれた。
いつの間にか、私の緊張は完全に解けてなくなっていた。
代わりに、この人をもっと見ていたいな、という気持ちが芽生えてくる。
(可愛いとかっこいいを交互に浴びれるなんて……なんてお得なんだイケメン女子)
その後、コラボカフェを出た私たちは、近くのアニメショップを巡って推しグッズを買い漁り、近くの有名店でスープカレーを食べ、その日はお開きとなった。
―――
「今日は楽しかった。また遊ぼうね。のんのんさん」
駅の改札前。楽しかった一日が終わろうとしている。
このままリヒトさんが帰ってしまえば、私たちの関係はまたインターネットの友達に戻る。
それでいい、ハズなのだけど……。
「あ、あの、リヒトさん」
思い切って、私はスマホを取り出す。
「メッセージアプリ、登録しませんか? DMだけだと、
「……! ええ、いいですよ」
リヒトさんは笑って、快く応じてくれた。
「わ、私……野々宮清美っていいます」
「清美さん。いい名前ですね。私は長谷川
「じゃあ、今まで通りリヒトさんで……?」
「そこは清美ちゃんにお任せします。それじゃあ、また。今度はこっちにおいでよ。三ノ宮のオタクショップ巡りしよう」
「は、はい! 是非!」
それじゃあね、とリヒトさんは手を振って、爽やかに改札の中に消えていった。
私は彼女が階段を下りて見えなくなるまでずっと見つめていた。
「やるじゃん」
と、誰かが私の右肩に手をポン、と置いた。
「す、スズっち……? 見てたの」
「見てたのとは心外ね。約束通りずっと見守っててあげたのよ」
と、鈴音ちゃんがニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。
「あ、安全そうな人だったらほどほどに帰っていいって言ったじゃん」
「いやいや、こういうのは最後まで何があるかわかんないじゃん」
と、祢子ちゃんが左側に回り込んでくる。
「最後の最後にしっかり連絡先ゲットするとは、流石のんちゃんだねえ」
「あ、ほら、早速メッセ来たわよ。今日はありがとう。また遊ぼうねだって」
と、鈴音ちゃん。
「って、勝手に見んなし!」
私はスマホを強引にポケットにねじ込み、二人を軽く振りほどいた。
「ごめんごめん。のんの反応が面白くてつい」
「あ、あーしは別に
「そういうのってどういうの? ボクら何も言ってないよ」
とニヤニヤする祢子ちゃん。私は自分の顔が赤らむのを感じて、さっと踵を返して帰途につく。
スタスタと歩く私を、二人が宥めようとしながらついてくる。
でも不思議と、悪い心地はしなかった。
私はポケットの中に入れておいたアイドルプロフェッサーのコースターを、二人にばれないようにこっそり撫でた。
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