第35話 陽路の回想⑤払拭

夜営の輪から少し離れた場所で、烈真と隼人が火に照らされながら語っていた。

陽路が近づくと、奏多の話を語り始めた。


「……あいつ、子どもの頃は今みたいに強気じゃなかったんだ。」

烈真がぼそりと呟く。

「里の外れで育ったんだろ?」

陽路が問い返すと、隼人が頷く。


「ああ。親父さんは戦で命を落とし、母親は病で早くに亡くなった。身寄りがなくて、親戚も世話を焼く余裕がなかったらしい。だから小さい頃から、自分で狩りに出たり、石を削って剣の真似をしたりしてたんだ。」


烈真は遠い目をした。

「鍛錬場に子どもたちが集まるだろ? でも、あいつはいつも端っこでひとりだった。教えてくれる大人もいないのに、誰よりも早く来て、誰よりも遅くまで剣を振ってたよ。……それも、血だらけになりながらな。」


陽路の胸に重いものが落ちた。

(……孤独の中で、誰も助けてくれない中で、それでも諦めなかったのか。)


隼人が苦笑する。

「強さしか頼るものがなかったんだろうな。だから、周りを見返すように必死だった。認められるためには力を示すしかないって……。その積み重ねが、今の奏多を作ったんだ。」


烈真が火を見つめながら続ける。

「だからこそ、従者に選ばれなかったことが余計に悔しいんだと思う。自分より弱いと思う奴が選ばれて、自分は置いていかれた――。それが許せないんだろう。」


陽路は拳を握りしめた。

烈真と隼人から奏多の過去を聞いた後、陽路は夜営の火の前にひとり腰を下ろしていた。

火の粉が夜空に舞い上がっては消えていく。その光景が、どこか自分と奏多の歩んできた道を重ねるように見えた。


(……俺は恵まれていたんだ。)


そう思わずにはいられなかった。

母はいつも温かく支えてくれた。里の仲間たちも手を差し伸べてくれた。誰かが隣にいてくれることが当たり前だった。


だが奏多は――。

孤独の中で、誰も導いてくれない環境で、必死に剣を振り続けてきた。

「認められたい」その一心で、血反吐を吐くようにして強さを積み上げてきた。


陽路は拳を膝の上で固く握りしめた。

(……そんな過去を持つ奏多と比べたら、俺はなんて甘いんだ。)


胸にこみあげるのは、恵まれていたことへの感謝と、自分の未熟さへの苛立ち。


けれど、すぐに思い出すのは――あの日の誓いだった。

遥花の従者となり、命をかけて守ると心に刻んだ瞬間。


(俺は……絶対に、遥花様にふさわしい従者になる。)


その思いが、胸の奥で熱となって広がる。


火の揺らめきの下で、陽路は立ち上がり、木剣を握った。

休むことなく振り下ろす。汗が額を伝い、腕は悲鳴をあげても、止めることはなかった。


誰も見ていなくても構わない。

――いや、むしろ見ていなくてもやり抜く。


その姿は、奏多が歩んできた孤独な道を、今度は陽路自身が追いかけていくかのようだった。


(必ず成長してみせる。……遥花様に相応しい従者になるために。)


夜空に剣を振り下ろすたび、誓いの言葉が胸に深く刻まれていった。


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