第23話 華灯の里

山を抜け、渓流に沿って歩いていくと、急に視界が開けた。

そこには無数の灯籠が風に揺れ、あたりを色鮮やかに照らす里が広がっていた。

昼間でさえ、薄絹の幕のように吊られた灯りがひらひらと舞い、幻想的な光景を作り出している。


「わあ……」

遥花は思わず声を上げ、立ち尽くした。


人々は舞台のように広がる石畳の広場で舞い、笛や太鼓の音が響く。

子どもたちは鈴を鳴らしながら走り回り、まるで里全体が一つの舞台のようだった。


「ここが、華灯の里……」

陽路は少し目を細めて辺りを見渡す。

「賑やかだな。旅芸人の家系が多いと聞いていたが、まさにその通りだ。」


遥花は目を輝かせながら、屋台の並ぶ通りを見回す。焼き団子の香ばしい匂い、飴細工を作る軽快な音、舞台からは笛や太鼓が鳴り響き、笑い声とざわめきが絶えない。


陽路はそんな遥花のはしゃぐ様子に目を細めた。

「さあ、まずはこの里の長老に挨拶だな。」


遥花と陽路は、灯りが幾重にも重なり幻想的に輝く大広間に通された。

祭りの太鼓が遠くに響く中、長老は静かに二人を見据える。


「――遥花様、陽路殿。よくぞ参られた。」


白髪を長く垂らし、扇を手にした長老は、まるで舞台に立つ役者のように品をまとっていた。

遥花は鉄扇を胸に抱き、深く頭を下げる。

「私は……詞脈の制御と、封じの力を磨きたく、この里に参りました。」


長老は目を細め、ゆるやかにうなずく。

「ふむ。華灯の綴る者にとって“舞”は、攻めにも守りにも通じる力。鉄扇を携えし者にこそ相応しき術よ。明日、綴る者との対面を取り計らおう。今日はこの里を心ゆくまで見てゆかれよ。」

その言葉に二人は礼を述べ、広間をあとにした。


外に出ると、そこはまさに灯りと音楽に満ちた世界だった。

屋台の赤提灯が並び、笛と太鼓が夜空に響く。人々の笑い声に包まれ、まるで永遠に祭が続いているかのようだ。


「すごい……!」

遥花は目を輝かせ、あちこちを見回す。焼き菓子や舞の小道具に手を伸ばしては、子どものように笑った。


陽路はその隣で、微笑を浮かべつつも周囲を警戒していた。

「華灯の者にとっては、これも修行の一部なんだろうな。舞も、楽も、すべて言霊とつながる術……」


遥花は鉄扇を胸に抱き、うなずく。

「明日、綴る者に会えるの、楽しみだね。」


その時だった。

「……お前、遥花か?」


唐突に呼ばれた名に、遥花は息を呑んで振り向いた。

人混みから一歩出てきたのは二十歳前後の青年。

鋭い目つきと、粗野な雰囲気。人々の楽しげな空気から浮き上がるように、屈折した影をまとっていた。


「……遥花、お前、本当に帰ってきたんだな。従者も新人か。あーあ、俺のことも忘れちまったのか。」


人混みから現れた青年は、粗野な笑みを浮かべて近づいてくる。

隣に寄り添う片腕の女性は険しい目をしていたが、止めようとはしない。


遥花と陽路は自然と身構える。


青年はふいに口元を吊り上げると、ぐっと手を差し伸べた。

「まあちょうどいいか、遥花、一から俺と付き合って夫婦(めおと)になろうじゃないか。」


その手が遥花に届こうとした瞬間――


「触るな。」

陽路が鋭く声を放ち、身を乗り出して彼女をかばう。


「は? 従者風情が、綴る者様に命令するんじゃねえ!」

青年――颯牙(そうが)は怒声とともに拳を振るった。


咄嗟に刀の鞘で受けたものの、衝撃は凄まじく、陽路の身体は地面に叩きつけられるように吹き飛ぶ。


「陽路!」

遥花が叫んだ。


同時に、片腕の女性――紫苑(しおん)が

「颯牙様!」と叫びながら、瞬時に吹き飛んだ陽路に駆け寄り、必死に声をかける。

「大丈夫ですか?」


遥花も陽路へ駆け寄ろうとしたが、颯牙が彼女の腕を掴み、阻んだ。

「離してください!」

必死に抗う遥花に、颯牙は低く囁く。


「あいつはああなって当然だ。綴る者様に反抗したんだからな。それより、聞け……」


颯牙の言葉を遮ったのは、空を裂くように放たれた数本の矢だった。


鋭い矢は颯牙の腕を正確に狙い、迫る。

「ちっ……もう来たのか。」


颯牙は舌打ちし、思わず遥花の腕を放す。

その間に遥花は陽路の元へ駆け寄った。


矢を放った者は、屋根の上にいた。

灯りの群れを背に現れた一人の青年――悠理だった。

冷ややかな声が夜の喧騒を切り裂く。


「……遥花に触れるな。颯牙。」


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