和風異世界物語~綴り歌~
@kokoba
第1話 夕露の神隠し
放課後のチャイムが鳴り終わると同時に、教室はざわめきに包まれた。
部活へ急ぐ子、友人と寄り道の約束をする子。
その輪の中で、遥花は机に鞄を掛けながら笑顔を作っていた。
「じゃあ、また明日!」
手を振りながら教室を出た友人たちの背中を見送り、静かになった教室に一人取り残される。
スマホを開けばグループチャットは盛り上がっているのに、そこに自分の言葉を差し込む気にはなれなかった。
――どうしてだろう。
楽しいはずの毎日なのに、どこか浮いている気がする。
鞄を肩に掛け、校門を出る。
橙色の夕陽が街路樹の影を長く伸ばし、制服のスカートの裾を照らしていた。
近くのコンビニからは唐揚げの匂いが漂い、道端では小学生がボールを蹴って遊んでいる。
そんな何気ない景色が、今の自分には遠い世界のように思えた。
「……何か、違う。」
歩道に伸びる影へ、ぽつりと声がこぼれる。
その瞬間。
霧のような霞もやが、夕焼けに溶ける街並みの奥から滲にじみ出した。
ふと顔を上げると、細い路地の先に赤い鳥居が佇んでいる。
――あれ、こんな場所に神社なんてあったっけ?
不自然に静まり返った空気。
そして、胸の奥を突き動かす「呼ばれている」ような感覚。
遥花は吸い寄せられるように、鳥居へと歩を進めた。
一歩、境内に足を踏み入れた瞬間。
世界は音もなく、裏返った。
ふと、視界の端に人影が揺れた。
夕暮れの薄明かりの中、霧に溶けるように立っていたのは――自分と同じ年頃の少女。
制服ではなく、どこか古めかしい白衣に赤い袴のような装い。顔立ちは……もやのせいか、よく見えない。
「待って。」
思わず声をかける。だが、返事はない。
その少女は振り返ることもなく、霧の奥へと歩き出した。歩幅はゆっくりなのに、どこか抗えない吸引力がある。
「ねえ、待って、あなた……誰?ここは、どこ?」
問いかけは霧に飲み込まれ、返事はやはり返ってこない。
少女は迷いなく鳥居の方へ進んでいく。その横顔が一瞬だけ見えた。
――どこか既視感があり、胸がざわつく。足が勝手に動いていた。
鳥居の前にたどり着いたとき、少女は一歩先にくぐり抜け、すっと消えるように見えなくなる。
「お願い、待って!」
駆け込むように鳥居をくぐった瞬間、再び世界が裏返った。
キーンと響く耳鳴りと共に、景色が音を立てて崩れ落ちる。夕暮れの校舎も、舗道も、見慣れた町並みも――すべて霧に溶けていく。
気がつけば、そこは見知らぬ世界。
霞む光に包まれ、鳥居の先には無限に広がるような庭園があった。
――空気が違う。
肺の奥にまで沁み込んでくるような、湿り気を帯びた清らかな匂いに気づいた。
夕暮れだったはずの世界は、そこでは昼でも夜でもない。淡い光が空一面に漂い、時間の感覚さえ奪われていく。
遥花は立ち止まり、思わず息を呑む。
石畳の道はどこまでも続き、両脇には古木が並ぶ。その枝には白い花が無数に咲き、風もないのに、はらはらと花びらが舞い落ちていた。
足元に落ちた花びらは、地に触れると淡い光を放ち、やがて溶けるように消える。
「……夢、なの?」
声に出しても、返事はない。
ただ、遠くから水のせせらぎのような音がかすかに響く。耳を澄ますと、どこかで鈴の音にも似た涼やかな響きが混じっていた。
人の気配はない。だが、不思議と不安ではなかった。
足を一歩踏み出す。石畳が、まるで彼女を導くように、ゆるやかに苑の奥へと続いていた。
久遠――彼女の物語が始まる場所だった。
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