【短編】記憶喪失のオレ、そばには最強のやつがいる
神美
第1話 記憶なくて、狼狽はこいつ
目の前には広い大地とポツポツ生えた木と転々とある岩と。
自分の周囲を取り囲む土で汚れた茶色の毛並みをしたウルフ。ウルフは黄色い瞳を光らせ、こちらを見て牙を口からのぞかせている。
呆然とそれを見てたたずむオレ……オレ? オレはリング。えー、その他は、なんだっけ。
「って、それどころじゃない!」
今は目の前というよりも周囲にウルフ。絶対にこちらを食べようとしているウルフの群れ。
一方、こちらは自分一人。周りに誰か助けてくれるような人がいるわけもなく……いるわけは……あれ?
「誰かいるし!」
自ずとツッコミが口をついて出た。今、気づいた。いや、気づかなかった方がおかしいのかもしれない。
だってすぐ隣にいたのは自分よりも背丈がデカい身長二メートルくらいはある赤い髪の大男で、肌が妙に黒いというか濃い緑っぽいというか自分とは違うし、ただの布製の服を着た自分と違ってゴツゴツの全身鎧を着ているし。腰にこれまた二メートル近くある太い大剣提げてるし。
異様な雰囲気漂ってるし!
「だ、だ――」
「はっ……だ、誰だ、お前! なんで人間がここにいる! なんでウルフがたくさんいるんだ!」
「……は?」
えー、何を言おうか迷ってしまった。とりあえず隣にいた人間とはちょっと違いそうな大男が今の状況に、オレより先に狼狽し出した……とだけ言っておこう。
だがゆっくり状況観察している場合ではない。そうこうしているうちに腹を空かせたウルフが一斉に襲いかかってきたのだ。
(ちょ、ちょっと待て!)
わたわたと手を動かしてみた時、自分の腰にも剣が提げられているのがわかった。やたらと装飾立派な剣だ。けれど自分の格好はただの布製の風通しさわやかな服……なんだ、このギャップは。いや、そんなことを気にしている場合ではない。
(剣!! 剣っ!! け――えぇっ!?)
剣が鞘から抜けず。思い切り引っ張っても抜けず。ひぃぃ〜と声を上げながら引っ張っても抜けず……ヤバかった。
(もう、ダメだぁぁ!)
オレは目を閉じた。このまま食い千切られて終わりだ、よくわからないまま死ぬんだ、なんて死を覚悟した。
その時、聞こえたのは……ウルフの悲鳴。
「え……?」
恐る恐る目を開けると、そこに見えたのは隣にいた大男が身体くらいの大剣を振り回し、ウルフを撃退している姿だった。今さっきの狼狽した姿が嘘のようだ。大男の振り払った一撃は空気を振動させ、怯んだウルフはその攻撃だけで一目散に逃げ出していた。
(こいつ、強いっ!?)
確かに見た目からして威圧感たっぷりだ。自分強いぞ、と言われればそれだけで納得だ。
ウルフが全て退くと辺りは急に静かになった。周辺にいる生き物は自分と大男のみ。
急に矛先が変わって大男が大剣を振り回して こちらに向かってきたらどうしよう、と思ったが。
「うおぉぉぉ、俺、戦えるのか! なんでこんなものを振り回せるのだ! なんで俺はこんな姿なのだ!!」
大男は自分の所業に驚いたのか大剣を落とした。地面に落ちた大剣のせいでズンッと地が揺れた。
「お、おい! 落ち着けよ!」
慌てて大男の腕に手を置く。大剣を振り回せる力があると納得できる腕の太さだ。
「とりあえず落ち着け! もうウルフはいなくなった! あんたがなんで強いのかわかんないけど、とにかくそのおかげで助かったんだ! なっ!?」
取り乱していた大男はハッと我に返り、赤い瞳を見開いてオレを見下ろした。
そして勢い良く、オレに全力で抱きついてきたのだ――うぉぉぉ! 骨がぁぁぁ!
「うぉぉぉ! よくわからんが助かったのか!? 助かったのだな! お前は誰だ人間! お前もよくわからんがお前も良いやつだな!」
大男の半狂乱に絶賛振り回され中だが、どうやら悪いやつではなさそうだ。
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