『プリンセス・チェア・レボリューション』

志乃原七海

第1話### :月曜日の玉座

## プリンセス・チェア・レボリューション




月曜日の朝。

私が所属する営業事務部のフロアは、いつもとは全く違う、異様な熱気に包まれていた。


フロアのあちこちに鎮座する、巨大な段ボール箱。そこから手際よく中身を取り出し、組み立てている業者らしき男たち。そして、その周りでざわめき、戸惑い、あるいは密かな興奮を隠せずにいる私たち女性社員。男性社員たちは、何事かと遠巻きにこちらを眺めている。


「……なに、これ」


私のデスクの横にも、それは置かれた。

今まで使っていた、背もたれがメッシュの何の変哲もない事務椅子が、まるで粗大ごみのように隅に追いやられている。代わりにそこにいるのは、重厚な輝きを放つ、黒い革張りの椅子だった。社長室や役員応接室でしかお目にかかれないような、威圧感すらある一品だ。


「佐藤さん、これ……私たちにだって」

隣の席の田中さんが、信じられないといった表情で小声で話しかけてくる。

「女性社員、全員にだって。総務の人が言ってた」

「全員に? 一般事務の私たちにまで? こんな役員様みたいな椅子が?」


思わず笑いがこみ上げてくる。必要? いる? データ入力と電話対応が主な業務の私たちに、このふかふかの玉座が。社長の気まぐれな道楽か、それとも何か手の込んだ新しいハラスメントだろうか。「なんで女だけ?」という男性社員たちの嫉妬とやっかみが混じった視線が、背中にちくちくと刺さる。


まあ、座ってみるだけなら。

業者さんが「どうぞ」と会釈して去っていくのを見送り、私は恐る恐る、その黒革の玉座に腰を下ろした。


「ぶふぉっ」


高級なソファ特有の、空気が贅沢に抜ける音がした。

次の瞬間、私のお尻は、予想をはるかに超える深さまで沈み込んだ。まるで柔らかな沼に囚われたかのように、体が優しく、それでいて確実にホールドされる。


「わ……」


たまらず、背中を預けてみる。

私の肩甲骨の形を記憶しているかのように、背もたれがぴったりとフィットした。首まで支えてくれるハイバックに頭を乗せると、視界が自然と天井に向く。蛍光灯の無機質な光ですら、いつもより穏やかに見えるから不思議だ。


最後に、両腕をそっと肘置きにのせる。

滑らかな革の感触が心地よい。肘を置いたその姿勢は、まるで企業の未来を憂う重役のそれだった。


ふぅ、と深く息を吐く。

視界の端には、同じように椅子に身を沈め、恍惚としているのか呆然としているのか分からない表情の同僚たちが映る。経理部のベテラン、山田さんは、もう完全に首を傾けて寝息を立てていた。


これは、福利厚生なのだろうか。それとも、何か別の目的があるのだろうか。

革の新しい匂いに包まれながら、私は目の前のモニターに映る無機質なエクセルの表を、ただぼんやりと眺めていた。


指一本、キーボードに触れる気がしなかった。

この椅子は、労働意欲を吸い取る魔性の玉座なのかもしれない。


(第二話へ続く)

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