22話 シンシア
「はじめまして、アメリア王女殿下。
第二部隊隊長を務めていますシンシアと申します。」
ヴァルクを押しのけてアメリアの前に立ったその人は、自信に満ちていた。
対して自分は、婚約者の頬に口づけされただけで声を荒げ、品位を欠く振る舞いをしてしまった。
その恥ずかしさが胸に重くのしかかる。
「……あ、これは……騎士団の方でしたか。まさか女性で騎士を務めていらっしゃるとは存じ上げず、失礼いたしました。
アメリア・ド・ロキアです。夏の終わりまで滞在させていただきますので、どうぞ仲良くしてくださいね。」
震える手をぎゅっと握りしめると、爪が掌に食い込むのを感じた。
笑顔を作るものの、目の前の女から放たれる圧に、背筋が冷たくなる。
「こちらこそ! ヴァルクがあなたに選ばれたと聞いて、きっと気が合うと思ってたんだ。
私もかれこれずーーーっとヴァルクの子が欲しいと言ってるのだが、全然聞いてくれないんだ。あなたからも言ってくれないか?」
あまりに無礼な発言に全身の血が逆流したように感じる。
笑っているが、瞳は獣のように油断なく光っている。
――本当に…なんなのよ、このひと!
「シンシア、いい加減にしろ。」
低く響くヴァルクの声に、場の空気が張りつめた。
シンシアは悪びれる様子もなく肩をすくめ、今度はライオネルやガルドのもとへ歩み寄り、同じように頬に口づけていく。
彼らは当たり前のようにそれを受け入れた。
「あいつのことは気にするな。彼女はもともと違う民族の出身で、文化が違うんだ。
それより疲れただろう。今日はゆっくり休んだ方がいい。」
ヴァルクが小声で言い添える。
「えー! せっかく帰還したから今日は宴会なのに。アメリアも参加しなよ!」
シンシアが軽々しく言い放ち、ライオネルが慌てて制そうとする。
周囲の視線が自分に集まり、胸の奥がざわめいた。
本音を言うと疲れた身体を癒して丸一日でも寝ていたいし、シンシアに適切に対応できるか自信もなかった。
アメリアは小さく息を吐き、笑顔を取り繕った。
「……まだ、明るいですし、少し休めば夜の宴には参加できますわ。」
務めて柔らかい微笑みを浮かべる。
ヴァルクは眉間に皺を寄せ「あまり無理はするな。」と気遣った。
「ありがとう」
「ハロルド、殿下を客室に案内してくれ。」
一瞬見つめあったかと思ったら、ヴァルクはさっと視線を外した。
彼から指示を受けたハロルドと数名の侍女たちにより、あっという間に取り囲まれた。
シンシアや騎士たちに会釈して客室へ向かう。
広大で荘厳なホールを抜け、二階の長い廊下へ足を踏み入れると、壁は古び、石造りの床にはひびが目立っていた。
(まだ城の修繕まで手が回っていないのかしら。)
案内された客室は、先ほど通った薄暗い廊下とはうってかわり、豪奢に改装されていた。
壁には新しい織物が掛けられ、窓辺には厚手のカーテン。磨かれた床には鮮やかな絨毯が敷かれている。
先に出発していたアメリアの荷物もきちんと届いており、整然と片付けられていた。
続き間には侍女テティのための部屋が用意され、その奥には大きな湯殿まで備えられている。
――廊下の荒れた様子とはまるで別世界。
アメリアはさっそく湯殿で旅の疲れを洗い流し、心地よい香油で髪を整えた後、大きな天蓋付きの寝台に身を横たえた。
柔らかな羽毛の感触に、緊張していた全身がようやくほどけていく。
「どうぞごゆっくりお休みください。宴の一刻前には起こしにまいりますね。」
恭しく頭を下げるテティの姿は、すっかり侍女らしく板についていた。
「あなたも片付けは明日でいいから、まずはしっかり身体を休めなさいね。」
そう声をかけると、アメリアは瞼を閉じた。
城の中という安心感と、先ほどの一連の出来事が胸に残すざわめき。
その二つが交じり合う中で、いつしか深い眠りへと落ちていった。
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