14話 香辛料
「ヴァルク…さま」
「おー団長!今宵は殿下のお手製スープを頂けるそうだ!」
「ガルド…お前がそばにいながら、なんでこんなことを許すんだ。」
「いいじゃないか、別に。殿下はまさに料理人と言っても良いレベルの達人だったぞ。」
「はあ…誰か配膳を代わってくれ。」
そう言うと、アメリアの手から杓子と銀器を奪い取り、慌ててやってきた部下に手渡した。
「君はこっちだ…」
ヴァルクに導かれるまま、アメリアは焚き火から少し離れた席へ腰を下ろした。
すぐにヴァルクが、焚き火で焼き上げた香ばしい串焼きと、アメリアお手製のスープを自ら手に取り、席へと運んできた。
テティは慌てて立ち上がると、
「伯爵さまにお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」と深々と頭を下げた。
ヴァルクは一瞥したもの、特に何か言うでもなく、部下に向かって短く命じる。
「彼女の分も運んでやれ」
やがて氷狼騎士団の面々の手元にも料理が行き渡ると、ヴァルクの隣に座っていた青年が立ち上がり、声を張り上げた。
「今日は久方ぶりの野営だ! 戦場ではないが、今は殿下も一行に加わっておられる。決して気を抜くことは許されん! だが――」
そこで一拍置き、杯を掲げる。
「今宵は束の間の安らぎだ。夜番でない者は、明日に響かぬ程度に楽しんでくれ。」
その言葉に、騎士たちは獣の唸り声のような雄叫びを上げる。
アメリアは思わず肩をすくめ、ちらりとヴァルクを見やった。
彼は周囲の喧噪をものともせず、当然のことのように静かに盃を傾けていた。
宴が開宴される合図とともに男たちは豪快に酒を飲み、肉を頬張る。
圧倒されていると、先ほど声をあげた青年がアメリアのそばに近づいてきた。
「殿下、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。
第一部隊長を務めておりますライオネル・テリーと申します。」
整った顔立ちに知性を感じさせる鋭い眼差し、背筋の伸びたすらりとした体格。長い手足は無駄のない動きを約束し、落ち着きと威厳が自然に滲み出ている。
アメリアはその整った容姿と知的な雰囲気に少し緊張しつつ、頭を軽く下げた。
「はじめまして、テリー卿、こちらこそご挨拶が遅れました。」
ライオネルは微かに微笑み、背筋を伸ばしたまま丁寧に会釈返す。
そのうしろでアメリアのスープを口にした騎士たちが口々に驚きの声を上げた。
「殿下のスープ…凄く美味しいぞ」
「たしかに店で出されてもおかしくないな!」
ライオネルも微笑みながら、椅子に戻ると
「私もさっそく頂きます」と言い、スープを口に運ぶ。
その一言に、周囲から称賛の声がさらに高まった。
アメリアは周りの称賛の声を浴びながら少し気恥ずかしくなり、無言で、騎士たちが手際よく焼き上げた串焼きを口に運んだ。
干し肉で作られたそれは、一見すると硬そうに見えたが、噛むと驚くほど柔らかい。香草がしっかりと練りこまれており、独特の臭みは一切なく、口の中いっぱいに風味が広がった。思わず顔がほころび、アメリアは心の中で「美味しい…」とつぶやいた。
「ね、テティ、凄く美味しいわね」
「はい!アメリア様のスープと凄く相性も良いです!」
アメリアが侍女と楽しそうに食事する様子を確認した後、ヴァルクはスープを口にした。
「……うまいな。」
小さな声だか、それはたしかにアメリアの耳に届き、思わず胸が高鳴った。ちらりと見ると、顔をあげたヴァルクと目が合う。
彼はスープの香りをもう一度確かめ、口元に残る余韻を噛みしめるようにして、低く語りかけた。
「この味……ノルディアの地元民が作る伝統料理に似ているな。」
アメリアはハッとした。
(そういえば、働いていた食堂も、ノルディア地方の家庭料理を振る舞う店だった……)
ヴァルクは静かに彼女を見据え、香辛料の使い方に感心した様子で言葉を続ける。
「よくこの香辛料での味付けを思いついたな。
この香辛料は滋養にいいんだが風味が独特で団員には使いこなせない奴も多いんだ。」
アメリアは顔を少し赤らめ、照れくさく微笑んだ。
「ありがとうございます……以前、この香辛料のレシピを見たことがあって、うまくできてよかったです。」
ヴァルクは短く頷き、静かにスープを口に運んだ。
その落ち着いた佇まいと味の評価に、アメリアは自分の腕前が少し認められた気がして、心の中でほっと息をついた。
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