2話 婚約

ざわっ


王に負けじと高らかに宣言すると同時に、悲鳴のような歓声が上がる。


「なっお待ちください!私は、隣国の代表として来ているのですよ!」


アレクサンダーは不服とばかりにそう叫んだ。


「申し訳ございません。アレクサンダー様。

でも、お父様…王が私が選んで良いと仰せになりましたので、私はこの国のためにいつも命をかけ戦う英雄の妻になりたいのです。」


いつも国の領土を奪ろうと虎視眈々と狙うハイエナには用がないのよ。

そう言いたかったが、さすがにまずいのでアメリアらしく笑顔でそう言ってみた。


「ふむ。すまないな、アレクサンダー王子。娘は結婚すると夫に仕えなければいけない。その夫を選ぶくらい自分でさせてあげたいのだ。

だが安心してくれ。この国の美しく聡明な公爵家令嬢がたくさんいる。」


にこにことそういう王に、アレクサンダーは納得できていないものの押し黙るしかなかった。

子煩悩な王は、たった1人の姫君を可愛がっているので、彼女の願いはなんでも聞き入れてくれるのだ。


「娘の正式な婚約者は、国の英雄ヴァルク・ストーン伯爵とする!」


王からの拝命に、ヴァルクは一礼した。

立ち上がるとその大きさに驚いた。他の婚約者たちとは頭ひとつぶん、身体も一回り大きな男。

かつては遠くから豆粒のような姿しか見たことがなかったから、こんな大きな人だとは思わなかった。


「では、パーティの続きとしよう。」


音楽隊の演奏がはじまり、美しく着飾った人々がダンスホールに集まる。


「ストーン伯爵と踊らないのか?」


「えっあっ…」


どうしようかとヴァルクを見たが、彼はこちらを向いておらずどこか遠くを見ていた。


「それにしてもアメリアが彼を選ぶとは思わなかったよ。彼には興味がないと思っていたのだが。」


「わたくしは…国のためになる方を選びたかったのです。」


「それは…フィリップやアレクサンダー王子ではないということだね?」


「え?」


カリナとアメリアの仲の良さは王はご存じだったが、一介の侍女が王と話をできるはずもなかった。

こんな近くで見るとやはり王は威厳に満ちている。今はアメリアの姿だが、過去の習慣が消えるはずもなく、体が萎縮してしまう。

なんで返せばいいのか言葉に詰まってしまう。


「その、やっぱり踊ります!ヴァルク様に声をかけて来ますわねっ。」


一礼をして、駆け足で階段を駆け降りた。声をかけようと近くまで来てみたものの、近づくに連れその大きさに圧倒され、声が届く距離まで来たというのに声をかけられない。


「アメリア殿下?」


大きなヴァルクの身体に隠れていた年若な青年がひょこりと顔を出した。

この若者は誰だったか。騎士の称号をつけているということは、彼の部下なのだろう。


「アメリア?」


ヴァルクが反転し、向かい合う形になってしまった。

空を見上げるように頭を傾けなければ、彼の表情を確認できないのに、この身長差でうまく踊れるのだろうか。

しかもそもそもアメリアはダンスに長けていたが、自分は実際に踊ったことなどない。彼女のレッスンを時々拝見していただけだ。


「あっあの、せっかくですので、バルコニーに出てお話ししませんか?

私たち、まともにお話ししたことないと思いますの。」


浅黒い日焼けした肌に騎士の正装は、彼によく似合っていた。漆黒の髪も人を射抜くような灰色の瞳も、彼を前にした人は目が離せなくなるだろう。


「…そう、ですね。私もあなたに話しておきたいことがあります。」


アメリアらしく、手を差し出そうとすると、彼は踵を返し、大股でバルコニーへと歩いて行った。

王女をエスコートしない婚約者などこの世に存在するのか。

彼がどんな立派な男性であっても、誰からも愛されるべき王女を大切に扱わなかったことは、カリナにとっては許せない行為だった。


「あっあの、申し訳ございません。伯爵は、こういうことに不慣れでして…」


先ほどの青年が気まずそうに言い訳をしだしたので、気にしてませんと笑顔を作り、彼の後を追った。


バルコニーに出ると、腕を組み、仁王立ちをしているヴァルクストーンと向き合った。



「先にヴァルク様のお話したいことを伺っておきますわ。」


「…いや、殿下からさきに」


「私はこれから夫となる方とお互いを知るために世間話でもしたいだけなのです。

だから、ヴァルク様からどうぞ。」




「…そうか、じゃあ単刀直入に申し上げる。




ーーーこの婚約はあなたから断ってくれ。」





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