『ダンボールの猫』

剣城龍人

猫嫌いの僕と猫

 猫という生き物は、どうにも掴みどころがない。

 自由奔放で好奇心旺盛。無邪気に見えて、実は誰よりしたたか。

 人の意など微塵も酌まず、勝手放題に生きている。――この猫もまた、そうだ。


「ちょっと~、ビール無いの~?」


「勝手に冷蔵庫を開けないで下さい。未成年者の飲酒は違法です。それ以前に、入室の許可を与えた覚えはありませんが」


「何それ、堅っ苦しいわねぇ。もっと気楽に生きなさいよ、少年」


「そしてその成れの果てが、あなたですか」


 むう、と唸って僕を睨みつける。

 だが、ここは僕の部屋だ。視線を返すと、猫は鼻を鳴らして、わざとらしくそっぽを向いた。


「それにしても暑いわねぇ。今、何時?」


「夏が暑いのは当然でしょう。……深夜二時です。既に日付も変わりました」


「つまらない子ねぇ。まだ宵の口じゃない。さあ飲みましょ」


「だから未成年の飲酒は違法と――」


「えぇい、ごちゃごちゃ言わんと、飲みんさい!」


 顎を掴まれ、酒瓶を唇へ押しつけられる。酒精の匂いとともに、冷えた硝子の感触が濡れた口内へ滑り込んだ。

 焼けつく液体に咽せ返る。必死に振り払うと、指先が白い喉をかすめて首輪の鈴を弾いた。チリリと淡雪のような音が鳴る。


 呼吸を求めて喘ぐ僕を、猫は膝に抱き寄せる。酒と汗と甘い香りが入り混じり、肌を撫でる爪先が優しく髪を梳く。


 弱った僕など、ただの餌にすぎないのだろう。

 ……これだから猫は嫌いだ。怖ろしく、そして艶めかしい。


 視界が揺れる中、熱い吐息を頬に浴びせながら猫が囁いた。


「猫はね、別に勝手じゃないのよ」


 紅い唇が、耳をかすめる。


「本当は分かってほしいのに、上手く伝えられない――」


 瞳は寂しげに潤み、けれど笑みは妖しく輝いていた。


「とっても、不器用な生き物なのよ」


 チリリと、鈴の音が絡みつくように鳴った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『ダンボールの猫』 剣城龍人 @yamada9999

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ