第7話 花開くマンドレイク

 久滅惧 豪は物心付いた時から、利己的で小賢しい子供であった。他者とコミュニケーションを取る中で、越えてはいけない一線を測ることを得意としていた。故に、責任を共に背負うとする善人や関わるべきではない天敵…それらを見分ける術を持つ彼は、他者よりも明確に優れていると考えていた。


「…何で俺がこんな事を…!」


しかし…傲慢な彼だからこそ、無駄な苦悩ばかりが考え付く…彼は苦痛すら知覚する無駄な人の知性に絶望している。


(あぁ…人間がもっと馬鹿だったらこんな事考えずに済んだのによ…!)


頭を抱える豪だったが、インターホンが鳴って少し冷静を取り戻す。

 

「豪ー!猫届けに来たよ!」


「………」


鏡香の大声に急かされ、重い足取りで玄関に向かう。


「出るのが遅い!」


「…おこげは?」


「あの子なら、ほらあれ。」


鏡香指差す方向には先程のメンバーの数人が車から降りてくる。


「……! ウニャ!」


「元気すぎますよこの子…」


猫にじゃれつかれているのはフィリエだ。豪が最初にこの組織と関わる事になった人間である。

  

「僕の方に来なくて良かったよ…」


「にゃ〜!」


おこげは豪の肩に飛び乗る。


そこには小森と豊姫の姿もある。


「…さっきはすみませんでした。」


「いいえ…私も熱くなりすぎたので…」


「まぁ、ビビっても当然だよ…人間よりでかい化け物相手に怖気付かない僕らがおかしいだけだからさ。」

 

案外すんなりと両者が和解する。


「その通りです…恐ろしいと思う事は恥ではありませんよ。」


「………」


「私はあなたの考えも理解出来ます…他者ではなく己の為に生きる…それも間違いではありません…だから、あなた自身の選択を私は尊重します、」


「………」


黙ったままの豪が口を開く。


「…一つ、聞きたいことが。」


「答えられる事であれば…」


「アンタは何のために戦っている…」


「勿論、自分の人生の為ですよ。自分自身だけでなく職場の仲間との思い出一つ一つが私の人生だから。人生を彩る仲間は、一人でも欠けてほしく無いの。」


「…………」


少しの間、静寂の時が流れる。


「…やっぱり、手伝うよ。」


「…え?マジ?」


「マジだよ鏡香…ちょっと嫌ではあるけどさ?なんつーか…これじゃあ俺だけ格好が付かない…それがなんか嫌だ。」


「言ったな!?取り消しは無しだぞ!?いいのか?」


「………うん…」


「やったー!!!」


鏡香は大はしゃぎしている。そして、他三人は驚いていた。


「…それじゃ俺は寝るから…」


「あ…待って!」


「…まだ何か?」


「改めてお礼を言わせて?私を助けてくれてありがとう。」


フィリエは豪の手を握り、目と目を合わせて小さな笑顔で礼を言う。二度も己の命を救われたフィリエにとって、それは自然に出た行動だった。


「…はぁ…ど、どーも…それじゃ…」 


ボソボソと言いながら豪は家に戻る。………そして鏡香達の車が帰る頃までぼやーっとしていた。


………………………


 豪は先程の情景を思い出していた。暖かく柔らかな手の感触…もう少しでお互いの顔が触れてしまいそうなくらい近く…シルクの様な銀髪からかすかに香る花の香り。揺らめく様な紫色の瞳。冷たい人形の様な表情に表れた少しの笑顔…


「…………」


フィリエに握られた手はまだその優しげな感覚を残している。


「……?????」


本人は今までに無い奇妙な感触に困惑していた…知らぬを知る。物心がついてから、しばらく出会うことの無かった未知との遭遇。だが不思議と恐怖は無かった。


「なぁおこげ…」


「ニャ?」


「恋とはこういう気分を言うのかな…」


「……うなぁーう…?」



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