エピソード6 君たちの幸せを願って(警察学校編:本州組)

あずまさん、もう卒業しちゃうのか」

 そんな呟きが聞こえてきたのは、5月のあくるる日の座学開始前だった。


「東さんって今、初任補修科しょにんほしゅうかで来てる、あの東京斗あずまきょうとさん?」

「そうそう、その東さん」

 石川いしかわ君の言葉に脊髄で反射をしながら、あの人のことか、と記憶のなかから東京斗という人物像を思い出す。


 23歳、男性。

 後輩、同輩、先輩達からも好かれる人たらし。

 教官達も東さんのことは信頼しているよう。

 石川君とよく話している。

 乗せられやすいが誰に対しても親切で、柔らかい性格。だが、一部、頑固な面もある。

 好かれやすく、恨まれにくい人物といったところだろう。


 さらには俺の話し相手である神崎かんざきさんの友人であり、神崎さんの同期でもある。そんな人物。


「東さんと何かあったの?」

「いや、何がというか、何をというか、ただの個人的な感情というか」

 モニョモニョと口を動かす石川真琴まこと


「・・・・・・・・・・・・もしかして、片想い?」

 揶揄うようにそう笑いながら尋ねる。モニョモニョと動いていた彼の口が途端、動きを止める。それと同時に、彼の両目がこれでもかというほど、大きく開く。

 どうやら、当たっていたらしい。流石に当たるとは思ってなかった。


「なん、なん、なんで、そう、思って」

「いや、なんとなく」

 なんとなく?! と絶叫が石川君の口から発される。


 正直言ってしまえば、神崎さんと東さんは友人関係にある。さらにいえば、もう一人、みやこさんもいて、3人組なわけである。そして、その神崎さんは俺の先輩で、東さんは石川君の先輩でもある。

 となれば神崎さんといれば、東さんに対しての石川君の反応やら何やらが見れるというわけである。


 いや、まあ、東さん本人の前では真面目に振る舞っていたけれど、明らかに顔が緩くなっているときがありましたからね。何か、あるなとは思っていたけど、まさか恋だとは。


「つまり、告白したいってことかな」

 数秒間の無言。それは肯定。分かりやすい反応なこと。

「なんで、告白しないの?」

「…………だって、」


「宮城ぃ、石川と何話してるんや?」


 石川君が俺の問いに答えようとしたその瞬間、窓際から神崎さんの声がした。


 窓の方を見れば、そこは「ミヤコ組」の姿が。3人揃って、窓から顔を覗かせている。窓の鍵を開けたのは都鏡花みやこきょうか、都さんだろう。手癖が悪い都さんにとっては閉めてある窓の鍵を外側から開けるのも朝飯前か、と溜息をつく。


「なんや、何か不満か?」

「いや、お三方、今、訓練中ではないのですか」

「訓練中やよ。でも、都と東がなあ、二人に会いに来たい言うてたんねん。そいで止めきれなくて今ここや」

「会いに来ちゃった、石川君」

「おひさ、二人とも」

 な? と困ったように笑う神崎さんに再度、溜息が漏れてる。


 大方、都さんの言葉に乗せられた東さんが都さんの提案に乗って、神崎さんが二人に強引に引き摺られながら来た感じだろう。

 流石、彼らの代で誰も否定できないほど優秀な3人であり、また、同じく誰も否定できないほどの問題児の3人だ。


 まあ、神崎さんは自分は優秀ではないと否定するかもしれないけれど。


「そういえば、今日流星群が見れるかもだって」

「都は今日それの話しかせんな」

「いや、それよりもまず、あの、お三方、しっかり、訓練をしてください。山本やまもと教官に怒られますよ」

 ふっと何の気なしに3人の後ろに視線を向ける。隣にいた石川君を肘で小突く。石川君も、それで俺が伝えたいことが分かったらしい。


「アタシ達が怒られないための口実は考えてあるよ」

「ちゃう、ちゃいます。達二人が怒られるんです」

 誰に? という顔をしている都さん。はよ、気付けや。

 何かに気付いたのか、冷や汗を流している神崎さん。お察しの良いことで。流石、「神」呼ばわりされるだけある。


「・・・・・・東さん、後ろ、気付いてますか」

「うん、痛い視線がビシビシと」

 そして、俺ではなく、石川君の言葉に苦笑いを浮かべながら返答する東さん。

 笑ってる余裕があるのがすごすぎる。


「おーまーえーらー、そこで、何を、しているんだ?」


 分かりやすいほどに怒気の籠った低い声。3人もスッと真顔になる。


 鬼の山本教官のお出ましである。


「「「・・・・・・逃げよう!!」」」

「逃げるとはいい度胸じゃねぇか、お前らあああああああーーー!!!!」

 そして、唐突に始まる鬼ごっこ。

 神崎さん、都さん、東さんは各々、別々の方向に走り出す。


 神崎さんは校庭の方へ、都さんは体育館の方へ。そして、東さんは俺達がいた教室内へ窓から飛び込んで来る。


 その瞬間、タイミングよく、講義室の前方の扉が開く。そこには今まさに講義を始めるために入室してきた深山みやま教官の姿が。


「東? なんで、ここに。今補修科は校庭でランニングを」

「深山あああ!! 東を捕まえろぉぉ!! 玖珠くすっ、お前は神崎だ!!」

 ヤベッと顔を顰める東さんの後方から、山本教官の怒号が響く。深山教官も事態を察したらしい。東さんを捕まえるための捕獲態勢に入る。


「またね、石川君」

 そして、東さんは石川君にそう言い残すと講義室の後方の扉から脱兎の如く、走り去って行った。深山教官は東さんを追いかけ、姿を消し、山本教官も都さんを追うため、姿を消した。


「嵐だね、あの3人は」

 そう言いながら石川君の方を見れば、彼の顔は例えるなら──――



「・・・・・・なんで、名指しで僕なんですか、東さん」

 恋をしてる女の子みたいな顔をしていた。



「さっさと告白しないと、誰かに取られちゃうんじゃない?」

「分かってるよ〜。でも・・・・・・・・・・・・」

 初々しい初恋。彼の告白が成功しようと、失敗しようと、俺にとってはどちらでもいい。彼が告白しなくたって、問題ない。

 だって、告白したからといって、幸せになるとかは限らないから。告白しなかったからといって、不幸になるとは限らないから。


「でも?」

「断られたら、どうしようって」

 何を選択したとして、二人が幸せになるのかなんて、俺には分からない。だから、選択の誘導はしない。


「そのときはそのときじゃないかな?」

「そうだけどさ」

 結局のところ、何があって、どの選択を二人が選んだとしても、二人がお互いに幸せな関係なのならば。石川君の、東さんの、二人の未来が幸せなものになるのならば。


「俺は石川君の選択を尊重するよ。最後は石川君の意思で決めなくちゃ」

「・・・・・・僕の意思で、かあ」

「そう、君の意思で、だよ。君が自分で選択したものなら俺はそれ尊重するから」

 結末がどうであれ、二人が自らの意思で選んだと選択ならば、俺はそれを尊重しよう。

 そして、どのような過程を辿っていても、きっといつかは君たちの未来が幸せなものになるようにと願おう。


「ありがとう、君」

「こちらこそ、石川君」


 君のその子どもみたいな笑顔がいつまでも、そのままでありますように。














 ──――──こんな綺麗事、ただの思い出として消えてくれれば良かったのに。

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