帰還賢者のやり直し~陰陽師の少女と始める異世界への反撃~

@__nonnonbiyori__

第1話 帰還の刻

 魔王の絶叫が響き渡る。巨大な躯が崩れ落ちていく中、俺は膝をついていた。

 全身が悲鳴を上げている。魔法回路も限界を超えて焼き切れそうだ。それでも、やっと終わった――そう思った瞬間だった。


「やったぁ!ついに魔王を倒したのね!」

 ローグのミーシャが血まみれの頬に笑顔を浮かべて叫ぶ。普段はクールな彼女が、今は無邪気な少女のようだ。


「ああ、長かったな」

 勇者ロイドが剣を地面に突き立てて体を支えながら言う。金髪が汗と血で張り付いているが、その顔には満足そうな笑みがあった。


「へっ、これで酒が美味く飲めるってもんだ」

 タンクのズイが大きな盾を背負い直しながら笑う。右腕が使えない状態なのに、まだ冗談を言う余裕があるらしい。


「皆さん、お疲れ様でした」

 聖女アーシャが優しく微笑みながら、最後の回復魔法を俺にかけてくれる。温かい光が体を包むが、もう彼女の魔力も底を尽きかけているのがわかる。


 俺は立ち上がろうとして、よろめいた。三年間。異世界に来てから三年が経っていた。高校二年だった俺が、今は二十歳。体も心も、あの頃とは別人だ。


「おい、大丈夫か?宗助」

 ロイドが心配そうに声をかける。


「ああ、なんとかな」

 俺は苦笑いを浮かべて答える。本当なら今頃、皆で打ち上げでもしているはずなのに――


 その時だった。


 地響きと共に、大軍の足音が響いてくる。魔王城の入り口から、大量の兵士が雪崩込んできた。王国の紋章を掲げた騎兵隊だ。


「援軍か?」

 ロイドがほっとしたような声を上げる。


 だが、俺は違和感を覚えた。なぜこのタイミングで?魔王との戦いの最中、王国からの援軍は一切来なかった。それなのに今になって――


「勇者パーティ!王命により、お前たちを処刑する!」


 隊長格の男が剣を抜きながら叫んだ。その瞬間、俺の中で全てが繋がった。


 最初から、だ。俺たちは利用されていただけ。魔王を倒した後は、都合の悪い存在として消される運命だったんだ。


「なっ!?」

 ロイドが呆然とする。勇者という肩書きに誇りを持っていた彼には、この裏切りが理解できないのだろう。


「クソが!」

 ズイが盾を構える。ミーシャも短剣を抜いた。アーシャは震えながらも杖を握り締める。


 でも駄目だ。俺たちは満身創痍。魔王戦で全力を出し切っている。対して敵は数百人の精鋭。勝算はない。


「みんな逃げろ!」

 俺が叫んだ瞬間、アーシャが前に出た。


「そんなことはできません」

 彼女の瞳に決意の光が宿る。そして俺を見つめて言った。


「宗助さん、あなただけでも生きて」


 まさか、と思った時には遅い。アーシャの周りに複雑な魔法陣が浮かび上がる。


「転送魔法――いや、次元移動術か!?」

 俺が驚愛する。これは禁術だ。術者の生命力を代償にする。


「私の残った生命力と、魔王の残滓の魔力を使えば発動できることはわかっています・・・みんなでパーティのあとにお話ししようと思ってましたが・・・」


 アーシャの顔が一瞬悲しみに染まっていたのを俺は見逃さなかった。

 そして・・・覚悟を決めた顔になっていた。


「あなたがいたからここまで来れました。これ以上、異世界の人の手助けを借りることはできません」


「やめろアーシャ!」


「ここから先は私たちの問題です。ありがとう、宗助さん!」


 術式が発動しようとする。俺の体が光に包まれ始める。


「そんなのってあるかよ!クソが!だったら俺だって・・・っ!!」


 俺は自分の生命力を魔力に変換する禁術を発動した。体が内側から焼かれるような痛みが走るが、構わない。


「―我が力を糧に、今一度禁忌を破らん―」


「『時戻しの秘術──クロノス・リヴァース』!!」


 俺の魔力が爆発的に膨れ上がり、仲間たちを包み込む。時間を巻き戻し、魔王戦前の状態まで体力と魔力を回復させる。死ぬかもしれないが、やるしかない。


「そんな!ダメです!あなたの命が!」

 アーシャが涙を流しながら叫ぶ。


「うるせぇ!そっちがその気ならこっちだってやるんだよ!」


 王国兵たちが突撃してくる。


「行かせるな!全員抹殺せよ!」


 アーシャが叫んだ。

「転送術式発動!お元気で!」


 俺も同時に叫ぶ。


「時戻し・・・成功だ!この仕打ち、覚えておきやがれ!」


 視界が白く染まる。仲間たちの顔が遠のいていく。ロイドの困ったような笑顔。ズイの豪快な笑い声。ミーシャのツンデレな表情。そして、アーシャの涙に濡れた優しい微笑み。


 勇者が叫んだ。

「くそ、最後まで借りばっかりかよ・・・・打ち上げしたかったなぁ!」


 タンクが笑った。

「へっ、お前はさっさとおうちに帰ってミルクでも飲んでるのがお似合いだぜ!」


 ローグが呟く。

「ふん、あんたとの旅もなかなか楽しかった。ま、そっちでもせいぜい楽しみなさいね」


 そして聖女が微笑んだ。

「ここから先は私たちでなんとかします。ありがとう!」


 光が俺を包み込み、意識が遠のいていく。


---


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 俺は飛び起きた。全身に冷や汗をかいている。心臓が激しく鼓動を打っていた。


 見慣れた天井。見慣れたカーテン。見慣れた勉強机。


 ここは――俺の部屋だった。異世界に召喚される前の、あの部屋。


 慌ててスマートフォンを手に取る。日付を確認した瞬間、血の気が引いた。


 召喚された日の朝。時間は元に戻っている。失われたはずの生命力も。


 だが体は違った。鍛え抜かれた筋肉。戦闘で負った数々の傷跡。そして何より、体の内側に渦巻く莫大な魔力が宿っていた。


 全てが現実だった。三年間の冒険も、仲間との絆も、そして裏切りも。


 俺は拳を握り締める。


「くそが……待ってろよ、みんな……」


 窓から差し込む朝日を見つめながら、俺は誓った。いつか必ず、あの世界に戻る。そして今度こそ、仲間たちを守ってみせる。


 だがその前に――この世界で、俺は何をすればいいのだろうか。全回復した勇者パーティなら、あの程度の兵士どもには負けないはずだ。それでも心配は心配だし、できることなら戻りたい気持ちもある。


 鏡に映る自分を見る。外見は十七歳のままだが、瞳の奥には三年間の経験が宿っている。もう、あの頃の無邪気な高校生には戻れない。


 その時、階下から母の声が聞こえてきた。


「宗助ー!朝ごはんよー!」


 俺は深く息を吸い、部屋のドアに手をかけた。

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