鈴木Wokeする
砂漠の夜は冷える。それでも人々は厚着をして、一晩中砂漠の中を彷徨っている。鈴木もその1人だった。
政治を自分の苗木として育てる決心をした鈴木は、休み休みYouTubeを見ては、Xを開いて政治家のポストに悪態を突くようなリプライを送っていた。そのうちに、たくさんのいいねやリツイートがされて鈴木は有頂天になった。すると、足元に水が湧いた。その水を尺で掬って飲んだ。
身体中が興奮している。今夜は眠れないかもしれない。やはり私は間違っていないんだ。こんなにも共感してくれる人がいる。鈴木は確信した。政治こそ私の苗木になる。
暗闇の中でうっすら光るスマホ。Xのタイムラインには、政治家を批判するポスト、移民排斥を訴えるポスト、財務省を批判するポストがずらりと並ぶようになった。大いに共感した鈴木はひたすらにいいねとリポストを繰り返す。いつか、デモにも参加したいなどと考え、夢が膨らんだ。
そのうち、空が白み、夜が明けた。
苗木を育てるのも大事だが、銭がなくては生きてはいけぬ。鈴木は日雇いの仕事に出かけた。
鈴木は不定期にインフルエンサーのピラミッドを作る仕事をしている。砂漠の世界では、インフルエンサーたちが絶大な権力を持ち、神と崇められているのだ。
しかし、インフルエンサーも年老いていずれ死ぬ。酒池肉林の狂騒から覚めたインフルエンサーは死を意識するようになる。すると、決まって自分の墓、つまりはピラミッドを建設するようになるのは古代から人の世の常だ。
だからピラミッド建設の労働者はいちおう重宝されている。鈴木もそんな1人だった。
今日も猛暑のなか、石を何度も何度も運んだ。照りつける日差しは、鈴木の身体を蝕んだ。
数えるのを忘れるくらい、何度も石を運び、やがて、休憩が訪れた。
支給される水を飲みながら、日陰で弁当を食べた。隣には同僚の高橋がいる。
「高橋、お前は政治に興味があるか?」
「突然どうした。そりゃあ政治に興味くらいあるさ。ちっとばかり政治運動もやっているよ。」
「そりゃあ、驚いた。お前そんなことをやっていたのか。ところでいったいどんな運動なんだ?」
「労働運動さ。俺たちみたいな労働者は立場が弱いだろう?真昼間から働かされて、もらえる銭はこれっぽっち。インフルエンサーと比べれば雀の涙だ。自分たちの待遇を改善するために運動しているのさ。」
「へえ。言われ見ればそうだな。こんな暑い中働かされて、オアシスにも住めやしない。インフルエンサーどもにこき使われてばっかりだ。そうか、俺たちも権利を主張していいのか。」
「当たり前だろう。ピラミッドだって俺たちがいなけりゃ作れない。俺たちは本来対等なはずだろう?だから毎週末、仲間たちと元老院前でデモをやってるんだ。待遇を改善しろってな。」
「高橋、お前すごいなあ。そうか、俺たちは対等なのか。お前の活動に少し興味が湧いたよ。」
「そうか?活動は楽しいよ。仲間だっているからさ。デモの後にはみんなでビールを飲むんだ。そうだ、今週末お前も来るか?」
「いいのか?俺もビールは好きだ。給料をもらうとほとんどをビールに使ってしまうくらいなんだ。よし行こう。」
そんな話をしていると、昼休みの終わりを告げる笛の音が響いた。
「よし。いいだろう。待ち合わせ場所はあとで教えるから、午後も頑張ろうな。」
「ありがとう」
午後も猛暑と照りつける太陽の陽は厳しかった。日差しは刺すように痛い。
鈴木の頭には「インフルエンサーも俺たちも対等だ」という高橋の言葉が反芻した。
「だったらなんで俺はこんなピラミッドを安い給料でつくっているんだ」と小さく呟くと、急にやる気が湧かなくなった。
鈴木は午後の作業力を抜いた。石を運ぶ道のりをわざとゆっくりと歩いた。運ぶ石の数もいつもより減らした。
すると、それに気がついた赤い髪をした監視役のYouTuberが動画を撮りながら鞭で打ってきた。
鞭は背中に当たり、鈴木は呻き声をあげた。皮膚が張り裂けそうな痛み。痛みを堪えながら、鈴木は「政治だ。政治がおれにはある。今に見ていろよ。」と思った。
夕方、ようやく作業が終わり、鈴木はオアシス郊外のあばら屋に帰宅した。水風呂に入りながら、鈴木はまたしても、高橋の言葉を思い出した。「俺たちは対等か…。」鞭で打たれた皮膚がずきずき傷んだ。
鈴木は風呂から上がると、とっておきのビールを一缶空けた。酩酊状態のまま、スマホで高橋が参加しているという、労働運動について調べた。YouTubeもChatGPTも使った。
調べるほどにインフルエンサーに対して腹が立った。腹が立つと背中の傷が痛む。すると余計に腹が立つのだった。「俺は搾取されていたのか。その構造とやらに今までさっぱり気が付かなかった。俺にも物を言う権利がある!」
多様性!多文化共生!労働運動!ジェンダー平等!SDGs!社会主義!共産主義!グリーンニューディール!マルクス!レーニン!トロツキー!志位和夫!斎藤幸平!津田大介!
鈴木は夢中でChat GPTに質問を投げかけた。それは一晩中続いた。
2本めのビール缶を空けようと思ったが、珍しく鈴木の手が止まった。ビール缶を見ていると、ビールを作る労働者の顔が浮かんでくる。自分のように鞭で打たれているのかもしれない!しかも缶は地球環境に悪いぞ!だめだ、今日は飲むのを諦めよう…
しかし、鈴木は興奮していた。やはり、政治だ、政治が俺の苗木だ。これがあれば日々の憂さに耐えられるぞ。俺たちは対等なんだ。イテッ!背中が痛む。
やはり政治に関心を持ってよかった。俺の苗木が見つかったんだ。政治を中心に明るく快活な人生を取り戻してやる…
結局鈴木は2本めのビールを空けた。ビールを飲み干すと眠気が訪れた。
今日も良く働いた…
そう考えるや否や鈴木は眠りについた。
こころなしか、普段よりぐっすり眠れた。
鈴木の足元には水が湧いていた。
明るく快活でいたい鈴木 佐藤日記 @vacyl7
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