第2話・魔術で性別が反転した劣等人、実は世界中の神様を従えられるので世界最強を目指す ~今更戻ってこいと言われても悪いがお断りだ。もう遠慮なしで無双します!~

 今から告白するから黙って聞いて欲しい。


 実は、私は、男だったんです。


 いや、今の私は女ですよ、でも、元は元気な……いや、元気とはいえない男の子だったんです。

 どうしてこうなったのかは、話せば長くなるので簡潔に伝えますね。


……


  異世界転生ってわかりますか?

 一昔前に流行ったラノベのジャンルでして、私も健全な中学男子だった時代、ハマって病んでいたのですよ。

 え? 読んでいたじゃないかって?

 いつもの誤植?

 いやいや、読んで病んだからあっていますよね?


 私の高校生活は、それは酷いものでした。

 小学校時代から友達が少なく、容姿も並み程度。肥満体質を運動でぽっちゃり系にとどめつつ、女子にモテるために野球やサッカー、バスケットボールに精を出していました。

 まあ、だいたい三日もしたら飽きてしまって、友達とトレカを楽しんでいたのですよ。


 え? 

 友達が少ないって言ったって?

 そりゃあクラスメイトは、仲のいいグループで纏っていましたからね。

 私はほら、シャイな引っ込み事案でしたので、学校が終わったら近所のトレカショップでフリー対戦を楽しんでいましたから。


 え?

 それは友達じゃない?

 いえいえ、友達でしたよ。

 新シリーズのパックの発売日とかには、みんなでパックを開けて笑いながらトレードしていたものですよ。

 私の欲しかったSRカードは友達が持っていって、クズカードを押し付けられましたから。


 え? 

 サメトレされている?

 サメってなんですか? 新しいアメリカのB級映画? 私が騙されていた?

 だって、仕方ないじゃないですか。

 そうしないと、遊んでくれないのですよ?

 

 ですから、私は毎日笑っていました。

 こんなことがあっても、いつかいい日が来るって。

 それで高校受験も、いじめっ子がいるはずのない誰も選ばない遠くの高校を選びましたから。

 私を知らない人しか居ない学校に行こうと。

 そうしたらですね、無事に受かったんですよ。

 入学手続きも全て終わって、やった、これからは薔薇色の高校生活だって喜んだものです。


 入学式も終わって、新しいクラスメイトからも声をかけられて、よっし、きたきたきたぁぁぁ。って喜んで帰る途中に。


『異世界石油』


 って書いてあったタンクローリーが、歩いていた私のところに突っ込んできたのですよ。

 一瞬、時間が止まったかと思ったのですが、止まったのは私とタンクローリー以外の世界だったのですね。


──ドゴォォォォォッ

 それはもう、見事なひき逃げ。

 いえ、逃げてもいませんでしたよ。

 跳ねられて全身が痛くて、身動きが取れない私の横で、タンクローリーの運転手はガソリンをばら撒き始めましたから。


「悪いなにいちゃん、破壊神の依頼なんだわ。すまないがさらに怨念を増幅してもらいたいからさ、ここで焼死してもらうからさ」


 そう呟きながら、鼻歌混じりにタバコを吸い始めましたよ。

 そして、火のついたタバコを、私に向かってピン‼︎ って投げてきて。

 それでおしまいです。

 ああ、なんだこの◯◯◯◯は、なんで周りの奴らは止めないんだって思いましたけど。これって、昔、よく見ていたラノベの異世界転生なんですよね。

 ああ、なるほど。

 なんでこのタイミングにって思いましたよ。

 どうせ来るなら、もっと早くきて欲しいって。

 

 ふぅ。

 ふざけんなよ、この野郎‼︎



………

……



  白い世界。

 上下左右、全てが白い。

 白亜の世界とでもいう場所に、俺は一人で立っていたよ。すると、目の前に一人の男性が、ス〜ッと現れましたよ。


『お、おや? 君は誰?』


 目の前に姿を現したのは、ローマのヒマデイオンという布服を身に纏った男性。なかなかナイスなお髭を蓄えて、まるで神様みたい。

 しかも右手には、一枚の石板が握られていたわ。


「俺ですか?」

『此処には君と私しかいないが。なんで此処にいるんだい?』

「なんでって、俺は、異世界石油って書いてあるタンクローリーに轢き殺されて!ついでにガソリンかけられて燃やされましたが。怨念追加だって」

『オーケー。異世界石油だな、ちょっと待っていてくれたまえ。あ、その間に、このアンケート用紙に記入を頼むよ』


 そう告げてアンケート用紙を俺に渡すと、男性はどこかに消えていった。

 そう、消えたんだよ、目の前で、スッって。


「幽霊? 神さま? ここは天国?」


 いや、違うな。

 天国って、もっとパーッとしているものなぁ。

 誰かいないのですか? ねぇ?


 全く反応がない。

 仕方ない、アンケートでも書いて待っていますか。


「名前……相沢裕紀、フリガナはアイザワ・ユウキ。

年齢は十五歳、趣味は特になし。特技は、人の顔色を伺うこと……希望する転生先? は?」


 あ、なんとなく判ってきた。

 俺、本当に死んだんだ。

 そして、本当に異世界転生するのか。


「希望だよな? 『俺が全知全能のチート能力を持っていて、面白おかしく無双できる世界』。これでいいや。欲しいスキル? ええっと、言語万能とアイテムボックス、どんなアイテムも無限に出せる創造魔法。あ、動物は好きだから、絶対成功するテイマースキルも書いちゃえ……捗るなぁ‼︎」


 そのまま、欲しいものをどんどんと書き連ねていったら、アンケート用紙の裏までびっしりになったよ。

 おかげで、欲しいスキルのあとの欄のアンケートまで手が回らなかったんだよ。


『よっ、ただいま。ではアンケートは回収するね』


 血に染まったヒマディオンと血塗れの釘バットを手にした男性が帰ってきた。

 いや、何があったかわからないんだけど、めっちゃ怖いんだわ。おかげで、まだ書き終わってないのを言えなかったよ。


「あ、あの……いえ、良いです。俺は異世界転生するのですね?」

『そういうこと。じゃあ、本来ならアンケートを参考にして神の加護を吟味して授けるんだけどさ、ちょっと洒落にならないレベルで請け負いの『異世界トラック株式会社』がやらかしちゃってね』


 そこからは、淡々と異世界転生のシステムを教えてもらったよ。

 異世界トラック株式会社っていうのは、全世界の神様から、異世界転生者を選んで神界に送ってくれるらしい。

 でも、今までいた人がいなくなったら事件でしょ?だから転生者の魂をコピーして、もう一人の自分を作って留守を任せるらしいんだよ。

 そして転生者が契約を全うしたら、その魂から記憶をスキルを受け継いで無事に元の時代に帰還って寸法らしい。

 

『ところがさぁ。とある破壊神からの依頼で、転生後の復活なし、とにかく負の感情爆盛りの魂を一つって言われたらしくてさ』

「それで、俺が目をつけられたって事ですか?」

『ザッツオーライ。君は物分かりがいいね、100点だよ。ハートマークをあげよう』

「あ、ありがとうございます。でも、さっきの説明だと、俺って異世界にいってやることを成し遂げたら、帰って来れるのですか?」


 あ、神様が切なそうな顔をしている。


『ごめんね。君の死については、正式に神界規定による依頼じゃないんだよ。だから、死んだらおしまい。このあとは、君の魂は異世界トラックの契約で破壊神の生贄になるはずだったんだけどさ、君の代わりに『異世界石油』の運転手の魂を送り込んだので』


 ええっと、つまりは?


『喜びたまえ、君はちゃんと異世界転生を行えるよ。このアンケート用紙にかかれていることは、しっかりとチートスキル、神の加護として授けてあげよう。では、新しい世界で頑張りたまえ‼︎』


 受け取ったアンケート用紙を光る玉に変換して、男性は俺の体の中に埋め込んでいった。

 すると、俺の体はうっすらと光り始め、霧のように分解され始める。


「あ、あの……アンケートですが、身分とか家族構成とかの欄は……」

『え? ちゃんとあっただろう? 1から10までの10段階で、好きなところを選びなさいって。まさか書き忘れたとか言わないよね? 書き忘れていた部分は、全てランク1の最底辺からスタートだからね』


 待って待って、それを先に教えて。

 ああ、意識がス〜ッて消えていくよ、ス〜ッて。


『身長体重性別の設定もあっただろう? そこは書いていなかったら転生先の世界の平均値になるから安心して。年齢は書いてある通りになるし、性別も選べただろう?』


 ち、ちょ、アンケートの書き直しを要求する。

 だめだ、意識が消えていく。

 なるほど、異世界転生お約束の、神様の理不尽ってこういうことなのですねわかります。


 やり直しを、要求する‼︎


 だめだ、意識が消えていく。

 グッバイ、前世。

 来世では、上手く生きたいものだよ。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 私が異世界に転生してから11年。

 とある共和国の片田舎の村人の息子に生まれて、普通に暮らして生きていました。

 あ、こっちの世界でははじめまして。

 俺の名前は、ユウキです。

 いやぁ、性別については心配だったんだよ、女になる可能性もあったからさ。

 でもさ、希望転生性別欄に印つけてなかったから外見が中性的でね、よく間違えられて襲われたものだよ、反撃したけど。

 でも、しっかりとついているものはあるよ、男として生まれましたよ。

 ステータスについては平均値……俺の書いたアンケートの解答が、全く反映されていないんですよ。

 こうなると、新しい世界を開き直って、明るく楽しく生きることにしたんです。


 物心ついた頃、正確には言葉を話せるようになった時に、ステータスとか魔法とか、欲しくて書いた加護を唱えたんですけど、全く何もなし。

 ひょっとしてあれは、俺の夢だったのかと最近は思っていました。


 それでですね、今、俺は、人買いに買われて馬車に閉じ込められています。

 ええ、奴隷商ってやつですよ。

 うちの国って社会主義連邦なんですよ、つまり、何があっても皆等しく分け合うってやつですね。

 俺の住む村もほら、現代世界で言うところのコルホーズってやつなので、

 それで、うちの両親は|楽(らく)しやがって、適当に仕事していまして。結果、村として領主に収める税が賄いきれなくなったので、俺が売り飛ばされました。

 アホでしょ?

 自分たちの生活のために、子供を売るんですよ?

 表向きは奴隷だなんて言われてませんよ。

 表向きは前金払って、子供達を年季奉公に出しているって『言い訳』するっていってましたから。

 俺の他にも3人ほど、纏めて売られました。


 ちなみに、うちの国では奴隷は禁止されてきます。

 なので、隣国の奴隷商がやってきて、買い付けて帰国するそうです。

 はぁ。

 生前も酷い人生だったけど、こっちもキツイわぁ。


………

……


 ナンソウ海王国。

 大陸有数の大型外洋船を保有する海洋国家。

 北方のガルランド連邦国とは領土問題で過去に幾度となく戦争を繰り返していたが、現在は百年停戦協定により戦争は収まっている。


 ここはナンソウ海王国南東・カミン。

 王国屈指の貿易港を持つカミンの領主は、イライラしながら目の前の奴隷商を睨みつけている。


「なぁ、ガルダン。俺はいったよな? 女を用意しろと。来月には、龍神祭があるんだぞ? その儀式で龍神に捧げる生贄を用意しないとならないんだぞ?」

「は、はいっ‼︎ それがですね、ちょっとした手違いがありまして……」

「ほう、手違いか。話してみろ」

「ええ。今回はしっかりと、買い取るガキの名前も性別も親から聞いてあったんですよ。男の子が二人なのはまあ、仕方ないとして。最後の一件は女の子でユウキって名前でしたから」


 必死に言葉を繕うガルダン。

 ユウキの親は、彼を『女の子』だといって売り飛ばした。

 しかもユウキの外見はまだ幼く、中世的。

 さらに魔の悪いことに、奴隷商は人目を避けて夜に取引をしていた。

 結果、国境を越えた翌朝まで、ユウキの性別は調べれなかった。


「……それで?」

「ええ、今回は俺は悪くないですよね?」

「いや、確認事項ミスだ。まだ期日まで時間がある、それまでしっかりと女の子を用意すること、いいな?」


 そう言い渡すと、領主は部屋から出ていく。

 龍神祭とは、このカミンを守護する水神龍に生贄を捧げ、航海の安全を祈る儀式。

 四年に一度行われ、領主は古き盟約により領主家の女性を生贄に差し出さなくてはならない。

 もっとも、これもかなり形骸化しているため、領主家の名前であれば養子でも構わないことになっている。

 ただし、清らかな乙女という制約はある。

 先代はこの制約を破り、一度港町が滅びかかったという事実がある。


………

……


 ガルダンは焦っていた。

 今から近隣の村に買い付けに行ったところで、到底間に合うはずがない。

 かといって、街の娘を攫いでもしたら、すぐにガルダン商会だとバレてしまう。それほどまでにこの街では名が売れてしまっている。


「参った。どうすりゃあ良いんだよ……」


 商会の自室でウロウロと歩きながら、何か策はないかと考える。


「……仕方ない。女を作るしかないか」


 そう呟いてから、ガルダンはまたハズレの魔女の元に向かう。

 金次第ではなんでもやる魔女・リューナ。

 一説には魔族だと言う噂もあるが、今はそんな噂などどうでもいい。

 ガルダンは馬車を手配して、急ぎリューナの元に向かったのである。

 

 そして事情を説明すると、ガルダンは金貨の溜詰まった袋を差し出す。

 それを受け取ると、リューナはガルダンと共に彼の商品である奴隷の住む館まで案内された。


「……だめだね。どいつもこいつも女の子って感じじゃないだろう? いくら性別変換の秘術を使うとしてもさ、せめて元がしっかりとしていないと……って、あの子は?」

「あの子か。昨日到着したばかりの新人だが」

「良いねぇ。実に中性的じゃないか。あの子なら、本当の女の子みたいになるよ? どうだい?」


 リューナがそう告げながら、牢の向こうで眠っているユウキの近くまで向かう。


「うんうん。この子ならいける‼︎」


 ぐっ、と拳を握るリューナ。

 何がいけるのかなどと突っ込んではいけない。


「仕方ないか。それじゃあ、その子を女の子にしてくれ。頼んだぞ‼︎」

「任せなさい。明日の朝までには、しっかりと女の子に仕上げてあげるよ」


 一抹の不安はあったものの、ガルダンはリューナに頼るしかない。

 その場は彼女に任せて、ガルダンは商会へと戻ることにした。



「さてと……」


 リューナがゆっくりと詠唱を開始する。

 すると、ユウキの眠っていた簡易ベッドに魔法陣が浮かび上がる。


「我は祈る。混沌たる神よ、かの者の理を反転させ給え……とってもキュートでプリティな、女の子になぁ〜あれっと‼︎」


──キィィィィィン

 魔法陣が高速回転して輝く。

 そして眠っているユウキの細胞を組み替えようとして失敗し、細胞はそのままに外見的性別のみを変化させ始める。

 この時、混沌神はリューナを恨んだ。

 契約に基づき義務を果たす、それが混沌神の仕事。

 その仕事が、『神に向かって唾を吐く』ような行為であったのだと、後世、混沌神は従属さん達に語り継ぐことになる。


──ブゥゥゥゥウン

 光が収まる。

 そしてそこには、中性的やや女性寄り、ショートヘアーのボーイッシュな少女が眠っている。


「いよぉっし……大丈夫、胸は慎ましいけど、そのうち大きくなる。しかし、こんな可愛い子を生贄にするなんて勿体無いよねぇ」


 リューナは後悔する。

 自分好みの可愛い女の子に仕上がってしまったことを。

 彼女は特別不思議な性癖を持っている訳ではない。

 分け隔てなく、可愛い女の子が好きなだけである。

 現代で言うならば『イエス、ロリータ、ノータッチ』を実践している変態と呼ばれるかもしれない。


「ま、まあ、コツは掴んだ。今度は別の子で実践するしかないねぇ」


 そう笑いながら呟くと、リューナは屋敷を後にして商会へと向かう。

 仕事をやり遂げた充実感と、せっかく作り上げた最高傑作の少女を手放す悲しさを紛らわすために。

 今日の仕事料で、可愛い奴隷を買うために。

 

 まあ、その可愛い子がいたならば、ユウキが女の子にされることはなかったので、結果は推して知るべし。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 うわぁぁぉぁ。

 あ、一箇所だけ『お』なのは普通だからね。


「なんじゃこりゃぁ‼︎」


 奴隷商に連れられて屋敷に入れられて、オン・ザ・牢屋。

 故郷の家のベッドよりも豪華な、毛布があるベッドで眠っていたらさ、朝起きたら、女の子だったよ。


「まさか……ない、マイサンがない、まだ抜き身になりかけのエクスカリバーがない。代わりにええっと……言わせるな恥ずかしい」


 そう、あったものがなくなって、別のものがあって。胸もなかったところから、慎ましく発生して、確認してみたら少し気持ちがいい。

 やばい、クセになる、女の子ってずるいわと思いつつも現実に帰ると、牢の向こうで俺を買い取った奴隷商が見ていたよ。


「リューナのヤツ、良い仕事しやがったなぁ。領主に売るのが勿体無いぐらいだ」

「え? あれ、また売られるの?」

「まあな。可愛い純潔の女の子を一人って言われていたからな」


 そう説明してから、ガチャッと鍵が開けられる。


「ついてこい。魔法で綺麗にしてから、両者の元に連れて行くからな」

「あ、あの、その領主って変態? 俺、男の子だったんだよ?」

「今は女の子だろうが。良いから着いてこい‼︎」


 首輪の鎖を引っ張られて、バランスを失いそうになる。それでももちまえの体幹でなんとか耐えたけど、力はないのでなすがまま。

 はぁ、せめて領主さまが変態でありませんように。



 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯



 目を丸くする。

 顎が外れそうになる。

 驚いた時の形容詞としては、この辺りが妥当だろうね。


 朝。

 身支度を小綺麗に整えられて、俺は奴隷商のガルダンと共に、領主の屋敷までやって来ましたよ。

 アイアム商品。

 今までの楽しかった男の子生活よグッバイ。

 今日からは女の子だよ。

 でもさ、男の子が女の子の格好したら『男の娘』だよね? じゃあ、性別変換されたけど魂というか心が男の子ってどういうのかなぁ。

 などとくだらないことを考えながら覚悟を決めていると、いつのまにか、案内された部屋の中に、領主がいました。


「……ガルダン、ご苦労であった。あとは私が説明するから、帰ってよし」

「かしこまりました。ユウキ、それじゃあな」


 余計なことは何も言わないで、ガルダンは部屋から出ていった。

 

「しかし見事なものだ。ユウキと言ったな、後から書類を書いてもらうので。読み書きはできるか?」

「は、はい。できます」

 

 ここ重要。

 神様の加護の中で、異世界言語の読み書きだけは発動しているんだよ。


「そうか、あの国にいて、あんな辺境で、よくも学問を学べたな」

「旅の商人さんに教わりました」

「そうだったか。それなら都合がいい。領主の娘たるもの、一般教養は必要だからな」

「え? いまなんと?」


 領主の娘って言ったよね?

 それって、俺が領主の養子になるの?


「後から書いてもらう書類は養子縁組のものだ。役所で即日受理されるので、午後からは君はベルドカッツェ家の娘となる」

「……ええええ?」


 いや、情報量は少ないけどさ、それってどうなの?

 いや、変態領主に手込めにされてあんなことやこんなことになるぐらいなら、舌を噛み切って死んでやろうとは思ったけどさ。

 予想外だったよ。


「まあ、そう驚くのも無理はない。まずは手続きからだな」


 そのまま幾つかの書類にサインして、すぐに役所に行って身分証明書みたいなのを発行されたよ。

 そして午後からは、本物の娘さん息子さんとご対面。

 二男三女の子沢山なのに、なんで俺を養子にしたんだろう。

 そう考えていた時期が、俺にもありました。


………

……


 領主家の四女になって。

 毎日が夢のようです。

 こっちの世界の学問に触れ、巫女のような儀式のマナーを学んだ。

 話によると、俺はその龍神祭のクライマックスで、龍神のために舞を踊るらしい。

 しかし、今になって周りを見渡すとさ、このナンソウ海王国って、元の世界の中国のような国なんだよ。

 文字は漢字だし、建物も横浜中華街のようなあっちの建物だし。

 服装だって、香港映画でよく見るようなヤツなんだよ。


 街の中を普通に散策できるし、監視みたいなのもいない。領主家の娘ということで護衛はついているけど、特に困った事はない。

 ただ、毎日午前中の勉強だけはかーなーりキツイ。

 詰め込みで龍神祭の儀式のノウハウを詰め込まれ、神に捧げる舞を覚える。

 三日前には純白の装束も届いたし、街の中も祭りの飾り付けがほとんど終わっている。


 いよいよ明日は、龍神祭。

 俺の仕事は二日目なので、それまで楽しくやらせてもらうよ‼︎


………

……


 龍神祭が始まる。

 港では領主が祝詞を唱え、海に酒を撒く。

 そして大量の爆竹が鳴り響き、祭りは始まった。


 こっちの世界は火薬がある。

 銃器はまだ作られていないが、小さな爆弾はあるらしい。

 時代的には三国志? って感じに思えて来た。

 初日は食べまくりたかったけどさ、儀式用の装束が着れなくなると不味いので抑えていたよ。

 三日間の祭りだから、二日目の儀式さえ終われば自由に食べ歩きできる。

 ついでに言うと、明日は、俺の12歳の誕生日。

 儀式が終わったら、俺の誕生日のパーティーをやってくれるそうだ。

 それまで辛抱だと我慢したのが昨日。

 いよいよ今日は、儀式の日。


──スチャッ

 港の真ん中に作られた『浮き舞台』。

 ここで、龍神の巫女は、舞を奉納する。

 これから四年間の、港の安全を祈願し。

 これから四年間の、海の安全を祈願し。

 巫女は、祈りを捧げ、歌い、舞う。


──ズザザザザザザザッ

 すると、それまで静かだった海面が揺れる。

 その一箇所がゆっくりと隆起すると、龍が姿を表した。


 頭の大きさだけでも、かなり大きい。

 俺どころか、大人だって一口で飲み干してしまうんじゃないか?

 そんなのが海中から顔を出したら、波が発生してとんでもないことになるんじゃないかと思ったら。


『ピッ……水属性魔法、水操の術を感知しました』


 どこからともなく聞こえてくる声。

 え?

 これってなんだ?


「誰の声だ?」

『はじめまして。知識の神『ワーズワース』と申します。ユウキさまのサポートを務めさせてもらいます』

「ワーズワース? え? それってどう言う事?」

『ご説明します。私は、ユウキさまが前世界で死去した際、あなたさまが提出したアンケートの中の『神の加護』の一つです。私を含めて、108の世界神は、全てユウキさまの従属神となっております』


 あ〜。

 そういえば、書いたかもしれないなぁ。


『ちなみに、あなたの書き込んだ加護は、最後に書いてあった落書きゲフンゲフン、追加条項に記されてあった『この加護は全て、12歳まで封印されている。格好いいから』に準拠して秘匿されていました』

「そっかぁ。それで、今、発動して魔法を教えてくれたのか」

『さらにご説明します。龍神祭とは、四年に一度、領主の娘を龍神に生贄に捧げる事で、四年間の平和を約束するものです』

「……まじ?」


 思わず、そーっと龍神を見る。

 すると、龍神も困った顔で俺を見ている。


『うむ。我が名は龍神リヴァイアサン。古の盟約に基づき、巫女の魂を生贄に捧げる事で、その領地と海を守護するものなり……というか、巫女を食わねば、我は滅びる』


──ポン

 あ〜、納得したわぁ。

 それで、領主は俺を養子にして、実の子を生贄に捧げないようにしたのか。

 俺は、生贄のために買い取られて、女の子にされたってわけだね?

 そしてリヴァイアサンも、巫女を喰らうことで命を長らえることができ、その代償として港町を守ると。

 畜生めぇ‼︎


「それじゃあ、リヴァイアサンは、俺を食い殺す気なのか?」

『い、いや、こう見えても龍神、つまり神。ユウキさまに従属する神の一柱なので、どうして良いか困っている。儀式は絶対なれど、ユウキさまに対しては、さらに絶対服従。ユウキさまの中のワーズワースよ、ワシはどうしたら良い?』

『しばしお待ち下さい。ユウキさまは、舞を続行、港がざわついています』

「お、おっけ‼︎ これやこの〜。神の御許の巫女たるや〜」


 どうにか舞を続行したので、港の方ではホッとした人々が集まっている。

 でもさ、この港の人たちって、生贄の儀式を見るのに集まっているのかよ、悪趣味にも程があるわ。


『いえ、儀式の時は、領民は自宅に戻っています。今、港で騒いでいるのは、観光客と他領の領主です』

「悪趣味にも程があるわ」

『娯楽の少ない世界です……作戦計画完了です。では、このように……』


 港の人々には聞こえないひそひそ話で、俺と龍神とワーズワースは作戦会議。

 そして、無事に舞を終えると、いよいよクライマックス‼︎

 龍神が巫女を喰らう‼︎

 のだが。

 巨大な顎を大きく開き、リヴァイアサンが俺の前に平伏した。


『これはこれは、稀代の龍巫女ではないですか‼︎ なぜ、貴方のような高貴な方が、生贄の巫女に?』


 港中に広がるリヴァイアサンの声。

 これには観光客はざわつき、領主は真っ青な顔で立ち上がる。


「知らぬ。ここの領主は、生贄の巫女に妾を選んだ。つまり、もう龍神の加護は要らぬと言うことではないのか?」


──チラッ

 ここで俺は服装を変える。

 |空間収納(チェスト)という無限収納空間には、古今東西の様々な装備が収められている。

 これも俺の書いたアンケートだってさ。

 その中から、龍の紋様をあしらった黒い儀式装束に衣替えすると、領主の方を向き直した。


「さて。其方は知らぬとは言わせぬぞ? 己の子の命惜しさに、異国から子供を買い取って生贄に捧げてきた。過去からの忌まわしき所業、すでに龍神は怒りに震えておる‼︎」


──プルプル

 はい、リヴァイアサンは笑いを堪えて笑っています。悪かったな、三文芝居でよ。


「そ、それは、過去からの、古の盟約に従ったまでです‼︎」

「ならば、まずは己の子を捧げよ。我が子惜しさに他人の命を散らす行為……もう、許すこと叶わず‼︎ 過去からの盟約は、破棄させてもらう‼︎」


 俺は|空間収納(チェスト)から神剣を引き抜き、力強く振るう。


──ガギィィィィーン

 すると、目に見えなかった、リヴァイアサンを締め付けていた鎖が実体化し、砕け散る。

 これが盟約であり、生贄の命によってリヴァイアサンの命と魂を、この地に繋いでいたのである。

 それを、俺が断ち切った。

 これでリヴァイアサンは自由。

 強制力により港を害意から守る必要もない。

 害意が来なければ、この大きな貿易港は栄える。

 

 生贄によって、守ってもらうとはよく言ったものだよ、四年に一度だけしかリヴァイアサンに食事を与えないで、それで護らせていたんだからな。


「うぁぉぁぁぁ、なんと言うことを。龍神を枷から引き剥がすとは、この不届きものめ‼︎」


──ザッ‼︎

 領主が右手を上げると、隠れていた騎士たちが姿を表す。皆、手にヘビークロスボウを構え、俺を狙っているじゃないか。


『ユウキさまが逃げた時の為に、あらかじめ準備していたようです』

「呵責な‼︎」


 フワッと飛び上がってリヴァイアサンの頭に着地すると、右手を領主に向ける。


──チュンンッ

 そして指先からでる『怪しい怪光線』。

 ってちょっと待って、この攻撃って、俺が書いた加護の一つだよね? 全属性魔導レーザーキャノン、別名『怪しい怪光線』。あ、書き間違えたわ。

 まあいい。

 その怪光線は、領主の頬を掠めて、一条の血筋を作り出す。


「まだ歯向かうか、愚か者め。騎士どもよ、よく聞け。貴様らには選択肢を与えよう。愚かなる領主に従い、神の贄となるか。それとも、領主を捉え、王都にて彼の者の罪を白日の元に晒すのか……」


──グウォォォォォォ

 ここでリヴァイアサンが咆哮。

 畏怖の咆哮というらしく、戦意を殺す咆哮だってさ。


──ガチャガチャガチャッ

 騎士たちは一斉に走りだし、領主を捕らえる。

 必死に抵抗するが、騎士たちも贄にはなりたくないらしく、殴るけるの暴行を加えて領主を大人しくさせた。


「では、後のことは任せる。もしも、次に妾がこの地に降り立った時、そのものが領主であったなら……この国は滅ぶと思え‼︎」


──ズザザザザザザ

 それだけを告げて、リヴァイアサンは静かに海中に潜っていく。

 俺も体の周りに空気の玉を作り出すと、一緒に海中へとドボンさ。


………

……


 リヴァイアサンと一緒に、少し離れた海岸に移動。

 そこで上陸して服装を町娘風に変化させる。


「いやぁ、頭の中がようやく落ち着いたよ。108の加護、全部使い切るのは不可能だ」

『そうですね。まあ、当面の間は、『魔法万能』『武器万能』『戦闘万能』『生産万能』、この四つ程度でうまく回すと宜しいかもしれません』

「そうだね。そうしますか……って、あんた誰?」


 ふと気がつくと、横で背の高い女性がラジオ体操している。


「いやぁ、我が名はリヴァイアサン。800年ぶりに人の姿になって、陸上に上がって来たわ」

「そっか。なんで?」

「なんでと申されましても。我が主人の身の回りを御世話するのも、従属神の仕事なりや」

「あ、つまり、ついてくるんだね?」

「御意‼︎ それゆえ、名前を頂きたい」

「リヴァイアサンじゃだめなのか? だめだよな、ちょっと待って」


 さて、俺の名付けのネーミングセンスはおかしい。

 

「リヴァイアサンだから……リヴァイ? いや、不味い、どっかのお掃除お兄さんになる。リーヴァでどう?」

「宜しいかと。我が名はリーヴァ、今後ともよろしくお願いします」

「あ、気合入れて自己紹介していたけど、最後は丁寧なのね。よろしく」

『私もいますので、ご安心ください』

「うん、よろしく頼むよ」


 さて、ようやく異世界を楽しむことができそうだよ。このまま、何もないことを祈って、旅でもはじめますか。


 俺の異世界ライフは、ようやくスタートしたよ‼︎


〜FIN

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