埋もれないためには
「何だかなあ」
ただし、いつものような明朗快活さは感じられなかった。
仕事に熱が入らない。
あの時、シタミデミタシを必死で追いかけて取材しようとしていた熱意が今の彼女にはなかった。
(あれから、あの二人は特に跳ねる様子もない……)
鈴音はシタミデミタシのことを少し考えていた。
腹筋BREAKERで優勝し、日の目を浴びるとばかり思っていたのだが、現実は厳しかった。
やはりもっと大きな賞レースで勝たないと注目されないということなのだろうか。
鈴音は円城プロのホームページでシタミデミタシのプロフィールを見ていた。
そんな時、鈴音のデスクに編集長が近寄って来た。
「あー、この二人かあ」
「編集長……」
「せっかく守屋が優勝予想当てたのに、こんなんじゃあなあ。『死体で致し』だったかな?」
「『シタミデミタシ』ですよ編集長」
編集長がすっとぼけたことを言い始めたので、鈴音がさらりと訂正する。
「他の賞レースか何かで一発引き当てないと、埋もれちまうかもしれねえな」
「……はい」
編集長の意見は最もだった。
そして、そのまま編集長は鈴音のそばから離れていった。
大規模な賞レースの優勝ならともかく、腹筋BREAKERはあくまで若手芸人向けの賞レースでそこまで規模も大きくない。
芸人としてのし上がっていくには、足がかりとしても心もとない。
腹筋BREAKERの優勝にかまけている場合ではないということだ。
流行の移り変わりが激しい昨今で、お笑い芸人がそんなに悠長に構えることなど出来はしない。
別の賞レースで好成績を収める、番組やライブで活躍するといった何かしらの手を打たねばならないだろう。
(今の彼らに果たしてそれが出来るだろうか?)
鈴音はそんなことをふと思ってしまった。
いくら彼らの実力が大会で認められたとはいえ、今のままではのし上がるチャンスはないだろう。
「せっかく力をつけていっても、もっと多くの人に認知されなければ次のステージには進めない……」
鈴音は遠くにいるシタミデミタシに思いを馳せたのだった。
シタミデミタシの二人とラブソングバラードの二人が円城プロの事務所で談笑していた。
「最近なんですけどね、何かこうパッとしない気がするんですよね」
「なるほどなあ、俺たちにもそんなことがよくあるからなあ」
悟の相談にバラード東田が答える。
彼らラブソングバラードも同じような悩みを持っているようだ。
「ここはやはり別の賞レースを目指した方がいいのでしょうか?」
「それはそうかもしれんで。そうそう、わてらとカニカマ工場の二人はNBCに参加することを決めたで」
NBC。正式名称はネクストバッターズサークルと呼ばれている賞レースだ。
参加資格者に少々癖があり、結成十年以上二十年以下というちょっと不思議な制限のある賞レースだ。
どちらかと言うと中堅芸人にスポットライトを浴びせたいような内容の賞レースである。
ネタ時間は4分、決勝戦はファイナリスト10組が披露したネタを審査され、審査員の合計点数で決まる。
そして優勝賞金は300万円だ。
あと、もう一つの特徴として漫才、コント、ピン芸といった様々なバックボーンの芸人が集うことだろう。
「あの賞レースに参加されるんですね。何か勝手が難しそうな気がします」
「そうかな? 俺たちは腹筋BREAKERみたいにお題が決められる方が難しいと思うけどな」
くがっちがNBCの感想を語ると、バラード東田が返事をした。
確かに腹筋BREAKERで出題されるお題によってはネタ作りに苦労するのは間違いない。
シタミデミタシとラブソングバラードの二人が話に花を咲かせていた、そんな時だった。
陰ノ者の二人が事務所に入って来た。
「「お疲れ様です」」
「「「「お疲れ様でーす」」」」
陰ノ者の二人は何となくだが一仕事終えたような雰囲気だ。
「お二人はどっか仕事行ってたんやろか?」
「そうなんですよ。ライブに」
ラブソング糸川が質問すると、坂巻がさらりと回答した。
流石に色んなライブ会場でネタをしてきているだけのことはある。
「打ち上げとかなかったのか?」
「このライブは打ち上げ参加がかなりゆるいので、許してもらえたんですよ。このあとYoutubeの動画を撮るんで」
白井の言葉にシタミデミタシとラブソングバラードの二人は息を飲んだ。
この時代でありながら、Youtubeに手を出していなかったからだろう。
「そう言えば、皆さんはYoutubeチャンネルを持っていないんですか?」
「は、はい」
坂巻の質問に悟がタジタジになりながら答えた。
「事務所のYoutubeチャンネルは?」
「それもないなあ」
「せめて事務所のYoutubeチャンネルを作って、過去のネタを投稿するだけでも違うと思いますよ」
更に白井が続くと、バラード東田が正直に答えた。
これには陰ノ者の二人が驚いている。
白井がすかさず提案した。
せめて事務所のチャンネルを持つだけでも発信力が変わるというものだ。
「せっかく皆さんしっかりネタを持っているのにもったいないですよ……。円城社長にもお話してみます」
坂巻がそう言うと陰ノ者の二人がYoutubeの収録をするべく事務所を後にしてしまった。
陰キャを自称する割には中々の行動力だと言わざるを得ない。
シタミデミタシとラブソングバラードの二人はそんなことを思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます