ふと感じたこと

 事務所ライブが終わり、シタミデミタシの二人に普段の生活が戻ってきた。

 くがっちは変わらず工場で製品の検査を行っていた。

 いくら仕事が増えたとはいえ、地に足をつけた生活を続けている。

 お笑いだけで食べていけるようになるにはまだまだ遠い。

 そんなくがっちが仕事を終え、昼食を食べに食堂へ向かっていた時だった。

「お疲れさん」

「班長」

 佐々山が後ろから話しかけてきた。

 くがっちが入社して以来、佐々山はずっと気にかけてくれた。

 社会人経験がなかったくがっちにとって、とてもありがたい存在だ。

 そんな二人が食堂の仕出し弁当を選んで席に座る。

「いただきます」

 くがっちが弁当に手をつけようとした時、佐々山が話を切り出してきた。

「なんでこんなことになっちまったんだろう」

「どうされたんですか?」


 佐々山が普段と違ってテンションが低めだ。

 くがっちはちょっと心配になっている。

「今彼女にめちゃくちゃ怒られてるんだよなあ。俺、ちゃんと釣りに行くって言ってから行ってんだけどなあ」

 どうやら佐々山は釣りの行き過ぎで彼女との時間をちゃんと取っていないように見受けられる。

 確かに佐々山はことあるごとに釣果の写真を見せてくれるので、相当釣りに行ってるのは間違いないだろう。

「久我君はどう思う?」

「僕はそういうの全然分からないんですけど、相手がいて欲しいと思っているならいてあげるのがいいんじゃないかなって思います」

 佐々山の問いかけにくがっちが答えた。

 そして、その時くがっちはふと悟といる時間のことが頭に浮かんだ。

 恋愛とお笑い活動を比較するのはおかしいかもしれないが、ネタ合わせなどで相方と一緒なのが当然だ。

 ジャンルこそ違えど、大切な人と過ごす時間だ。

 一緒にいるべき時に一緒にいるのは当然ではないだろうか。

 そんなことをくがっちは思ってしまった。

 しかし、これ以上言うと佐々山を傷つけてしまうだろう。

 佐々山とくがっちは弁当を夢中で食べ始めた。

 お互い何を言おうか考えてしまっているのだろう。

 結局、それ以上深い話になることはなかった。



 一方、悟は悟で仕事に打ち込んでいた。

 たまたま転勤や転職で引っ越してきた人が多かったのか、契約関係の業務をひたすらにこなしている。

 本来ならとっとと帰ってネタを考えたいところだが、なかなかそうはいかなかった。

 事務所は悟と課長の藤島の二人っきりになっていた。

「なあ、三島。書類のここ間違ってねえか?」

 藤島が悟のそばにやって来て指摘する。

「なあ、三島?」

「はい」

「最近、上の空なことが多くねえか?」

「そんなことはないと思いますが」

 藤島がなおも悟に詰め寄って来た。

 普段温厚な藤島にしては珍しい場面だと言える。

 一方の悟は悟で心当たりがあったのか、自信を持って言い返せないでいた。

 漫才に真剣になる余り、不動産の仕事をおざなりにしていた部分はあっただろう。

 悟は心の中で自問した。

「今のお前はこの会社の従業員だ。芸人じゃない」

「課長……」

「まさか三島が芸人やってるなんてな……」

「はい……」

「最初に言われた時は驚いたがな。だがそれはこの瞬間には関係ない。目の前の仕事は一生懸命やってもらうぞ」


 藤島が悟に対して思いを語っていた。

 強く言っているように聞こえるが、決して叱っているわけではない。

 言いたいことを言い終えた藤島は、自分の席に戻って行った。

 そうして、お互いに自分の仕事に打ち込んでいた。

 しばらく無言のまま仕事をしている二人。

 キーボードを打ち込む音だけが事務所に響いていた。

 だいぶ遅い時間になってしまったのか、藤島が席から立ち上がり、声を上げた。

「だいぶ遅くなっちまったから、そろそろ帰らないか?」

「もう少し頑張ります」

「無理はさせられんからな」

 悟をいたわるように藤島が声をかけた。

 曲がりなりにも彼は管理職だ。

 体調に差し障るような業務をさせるわけにはいかない。

 藤島の判断で仕事を切り上げて帰ることにした。

「いいんですか?」

「いいよ。こっちが帰りたくてしょうがなかったんだからさ」

 業務のことを心配する悟の前で、藤島はあっけらかんとした態度で答えた。

「さっきはあんなことを言ってしまったが、いくつになっても新しいことを試す、それ自体はとてもいいことなのだ!」

「課長」

「そして、最近俺はプラセンタを肌に試しているのだ!」

(まーた課長の美容トークが始まっちまった……)

 そして藤島がいつものように美容の話をし始めた。

 一度こうなってしまうと藤島は話が長くなってしまう。

 これは話に付き合わされるなと思いながら、悟は藤島と事務所を後にするのだった。



「ただいまー」

「お帰りさとる。こっちも遅くなったから晩御飯は作ってないよー」

 悟が帰ってくると、くがっちがぐったりとした表情で横たわっていた。

 くがっちも仕事の疲れがたまっているのだろう。

 悟も疲れがたまっているのか、帰って来てすぐに電子レンジの前へ向かった。

 そしておもむろに買ってきたコンビニ弁当を温め始める。

「悪いなくがっち。中々ネタ作りの時間作れてなくてさ。正直新ネタがまだ出来てないんだよな」

「ぼくもだよさとるー」

 悟が現状を正直にくがっちに話した。

 くがっちもくがっちで中々新ネタに手が出せていないようだ。

 事務所ライブが終わって間もないので仕方がないのかもしれないが、もっとたくさんネタを作って劇場で試していかないことには始まらない。

「くがっち、仕事の方忙しそうだな」

「さとるのほうが絶対忙しいよー。今日も結構残業してるみたいだしさ」

 悟とくがっちがお互いのことを心配していた。

 ちょっとしたことで生活のバランスが崩れると、コンビの活動にも支障が出てしまうというものだ。


 弁当が温め終わったので、悟が電子レンジから取り出し、無心になって食べ始めた。

 弁当を食べている時の悟は、何となくだが話しかけづらい雰囲気を出していた。

 くがっちはくがっちで何やらスマホをいじり始めていた。

 何となく気を紛らわしているのだろう。

 そうしているうちに、悟が弁当を早々に食べ終えてしまった。

 悟が弁当を食べ終えたところで、くがっちが話を振り始めた。

「ねえねえさとる」

「どうしたんだよ」

「何となくなんだけどさ、周りの人と話が合わないなって思うことってない?」

「なくはないな」

 くがっちの質問に悟が答えた。

 悟も思いあたる場面があるようだ。

「ぼくらは芸人なんだ、っていばるつもりとかは一切ないんだけどね」

「そりゃそうだ。そんな気持ちになっちまったら笑いなんて取れねえだろうからな」

 くがっちが心のもやを吐き出すようにしているのを、悟が受け止めようとしている。

 分かり合えなかったらこんな風にはならないだろう。

「だが、ネタ作りは何とかしないといけないな」

「だよねー。今までのネタだけで勝負できるわけじゃないしねー」

 二人の悩みは中々尽きることはなさそうだ。

 それでも彼らは、シタミデミタシとして邁進まいしんしていくことに変わりはなかった。

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