オルティエスヴァルト:彷徨う風

@SlownRain

第1話 プロローグ

一歩。さらに一歩。



森はしぶしぶ道を譲り、しかし確かに光の先を示していた。濃い木々の隙間から、かすかな陽光が地面ににじみ落ちる。空気は澄んでいる。だが──何かが違う。



彼は立ち止まった。



誰かがいる。



音でも動きでもない。ただの感覚。背筋をかすめる冷たい風、視界の端をよぎる影のような存在感。



ゆっくりと視線を横へ向ける。



樹々の間に、一つの影が立っていた。まるで森の一部であるかのように。顔は闇に隠され、動きはない。だが、その意識は確かに彼へと向けられていた。



声が響いた。外からではなく、頭の内側から。



言葉ではなく、感情。音ではなく、思念。



「長く歩いたな。求めていたものは見つかったか?」



世界が静止した。



森全体が答えを待つかのように、息をひそめる。




──答えはない。ただ、旅とは探すことそのものではないのか?




影は小さく首をかしげ、再び声を放った。先ほどよりも柔らかく、だが謎めいた響きを帯びて。



「見つけたのは真実か、それとも幻影か?」



彼は思わず笑みを浮かべた。己を明かすつもりはなかった。放浪者とは、世界を眺める者にすぎないのだから。だが、その言葉は奇妙に胸を揺さぶった。まるで、影の方が自分を知っているかのように。



風が強まり、道に埃を巻き上げる。答えを待たず、マントの影は一歩踏み出し、空気に溶けるように消えた。残されたのは、木々のざわめきと遠くに残る言葉の余韻。



彼は静かに前へと歩を進める。



胸の奥でかすかに何かが震えた。記憶なのか幻なのか。──あの影とは、かつてどこかで出会ったことがあるのだろうか?

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