これって、あれだ。

蓮村 遼

ああ、今日もあの方の元へ…

夏の夜。


わたくしはまた、あの方の元へ参るのです。

使者は不要。わたくしは直接参ります。そう、直に参じねばならぬのです。


ああ、ここだ。ここにあの方が居られる。

あの方のお側へ、う。少しでも近くに。



はて…。おかしい。

あの方がそこにいる。すぐそばにいる。見えている。

なのに…、近寄れませぬ。

どうして…。どうしてどうしてどうして!!



忌々しい。何人なにびとかが、あの方に呪をかけたのか。

わたくしを近づけまいとし、結界を張ったのか!!!



ああ、おいたわしや。そのようなものが無ければ、すぐにでもあなたの胸元に顔をうずめ、いかにわたくしが寄る辺なき心を押し殺し、この時を待っていたかをとくと説きますれば…。



ああ、なんと。なんと間抜けな術師であろうな!!

ここに、耳が。耳だけ結界から外れておるわ。



本当は耳だけでなく、そのお体に触れたい。

その首筋に、腕に、手に触れたい…。

しかし、今かように考えては贅沢というもの。

致し方ない、今は耳だけで我慢するといたそう…。



ささ…。では、いただきま…





バチンッ!!!





「…耳元でうるせぇと思ったらやっぱり蚊だ。ああ!吸われてる!!くそ!今日は虫よけ全身に吹いたのに…。…あ、耳やってねえや」




耳なし芳一かよ。

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