第3話 常山から来た男 3

 初平二年の秋も深まりつつある頃、公孫家は徐々に勢力を盛り返し、袁家に対して攻勢に転じていた。とは言え袁家もただ手をこまねいているわけではなかった。兵士を集め、公孫家との戦に備え、着々と力を蓄えていた。

 子龍は配下の兵士を失ってからというもの、その寡兵を補うために、玄徳たちと行動を共にすることが増えていた。どちらも寡兵の客将、伯珪にとっては似たようなものだったのだろう。

 しかしその所属する兵士の質はかなり異なっていた。

 玄徳配下の兵士たちは侠上がりの者が多かった。しかし子龍配下の兵士たちはほとんどが豪族や豪農の若者たちで、若さの常として型破りな侠の男たちに対して憧れのようなものがある。若者たちは侠の男たちの真似をしたがった。

 折しも練兵を終えた若い兵士たちが、玄徳の弟分たちと楽しげに酒家へと繰り出す話をしていた。配下の若者たちの侠への傾倒を眺め、子龍は思わず苦笑めいた笑みを見せる。

「……どうしたんだ、子龍兄貴?」と歩み寄ってきた子実が尋ねる。

 空は黄昏て辺りは薄暗く、風は冬が遠くないことを思い起こさせる。

「いや…… 若い連中は玄徳殿の兵士とうまくやっているようだな」と彼は応じた。

「ああ、親分は別け隔てをしない人だからな」と子実。

 二人は肩を並べて夕刻の調練場を後にした。玄徳の隊との共闘のための合同調練は直近の課題だった。比較的裕福な騎馬兵がほとんどの子龍配下と、寄せ集め感のある騎馬と歩兵混成の玄徳の隊、その協調は兵士間ではうまく行っているものの、しかし戦力としての協調は万全とはいえない。

 子龍としては兵士を減じてしまった今、客将の玄徳と行動を共にするよりも、むしろ伯珪の直属隊への統合を望んでいた。

「……兄貴……」

「うん?」

 何か思うことがあったのか、子実は少し声を低めた。

「……公孫家への正式な仕官を考えているんじゃないか?」

 子龍は考えを読まれたような気がして、少し視線を惑わせた。

「……その方が皆、安心出来るだろうし……」

 それはある意味嘘と言えた、安心したいのは彼自身だ。子実はあたかもそれを読み取ったかのように、

「俺達が望んだのは自分の安寧じゃなくて、領民の安全だぜ?」と言った。「袁家と戦うために兵士を集めたわけじゃない」

「……」

 子龍には返す言葉がなかった。

 子実は静かに続けた。

「契約はとりあえずは年末までだ。それまでは皆には頑張って働いてもらうつもりだが、それ以降、袁家相手の戦が続くようなら……」

 子実の言葉に子龍は従弟の表情を見やった。

「……これは俺達だけでは決められないと思う。皆とも話し合うべきだろう。だから、兄貴、勝手に仕官の話なんて、決めないで欲しいんだ」

「また自警団に戻ると……?」と子龍の言葉に俄に険が篭もる。

「いや、だからさ、それは俺たちだけで決めるべきじゃないと思うってことだよ……」

 子龍は子実が自分の配下を失い、弱気になっているのではあるまいかと思った。だが、だからといってそれを指摘すれば角が立つ。兄弟同然とは言え、彼らの関係は上下で語れるものではないと彼は常々思っていた。

 兵士たちも決して彼らを慕って、あるいは敬って付随っているわけではなかった、単なる契約関係だ。忠、孝などという儒家の教えで語れるものではない。誰であれ、自分の身は可愛い。

「話し合えと……?」

「そうさ、そうするべきだろう?」

 若い兵士たちに今後のことを諮れと言う。やはり子実は弱気になっているのではあるまいか?

「わかった、他の者達と相談するまで、主公には仕官の話はしないでおく」と彼は少々面倒になって従弟に答えた。

 子実は頷いて、

「まあ、俺も皆にそれとなく聞いておくからさ…… 先走らないでくれよ、兄貴?」

「ああ」と子龍は頷いて見せた。

「じゃあ、俺、憲和さんに誘われてるんで、ちょっと顔出してくるよ」

「わかった、憲和殿によろしくな……」

 憲和とは玄徳配下の兵士のまとめ役だ、最近、彼は頻繁に憲和と会っているようだ。去って行く子実の後ろ姿を見るともなく見送り、子龍はふと、心許なさを感じた。

 子実を始めとして、若い兵士たちはすっかり侠たちと馴染んでいた。酒食を共にして、共に騒ぎ、共に戦う。それは確かに良好な関係と言えたが……

 彼は歩きながらふと、自分が考え違いをしていたのかもしれないと悟った。

「……あいつ……」と彼は思わず舌打った。

 子実は弱気になっているのではなくて、公孫家ではなく、玄徳たちについて行くことを望んでいるのかもしれない。しかし組織だっているとは言え、彼らは一地方の弱小勢力に過ぎない、しかも侠上がりの。

 確かに若い兵士たちには魅力的に目に映ることだろう。雄々しく、刺激的で、波乱に満ちた人生。しかし……

 所詮は浮草稼業ではないか。

 金を介し、契約したとは言え、若い兵士たちは常山の人々から預かった大切な人材だ。それをむざむざと侠の仲間入りなどさせるのは正しいことなのだろうか? 生真面目な子龍は無意識に眉根を寄せ、溜息を吐いた。

 子実はおそらく侠集団に心を奪われてしまっているのだろう。

 となれば、子実を唆したのは簡憲和だろうか? もしかしたら、玄徳かも知れない。子龍はまだ玄徳の人と成がわかってはいない。飄々として表情を読ませない、不可思議な人物。

 だが、時に心を揺さ振る。そこが困りものだ、瞬間、この男を信じてみようか、などと思わせてしまう。まるで彼のその考えに呼応したかのように、前方に玄徳の姿を見つけた。

 彼は公孫サンと立ち話をしていた。学友と言われているだけあって、二人の立ち位置は近しく、彼らの表情には時々笑みが見える。

 子龍はその姿を見て、自分の配下を唆したのだろうか、などと疑った。いや、より正確に言うのならば、子実を唆したのか、だ。

 伯珪がにこやかに、

「どうだ、これから一杯?」と盃を傾ける仕草をすると、

「いや、悪いな、お客人だ」と玄徳は応じた。

「うん?」

 伯珪は振り向いて子龍の姿を認めた。子龍にはそのつもりはなかったのだが……

「ああ、わかった」と伯珪は軽く応じる。そこに主従の重さはない。「まあ、明日にでも」

 そう言って伯珪はさっさと背を向け、去って行く。子龍は戸惑った。

「よお」と玄徳がすかさず彼に声をかけてきた。

「あ、その、申し訳ありません、そんなつもりはなかったのですが……」

「いいってことよ、なんか、アンタ、俺に何か言いたそうにしていたから……」

「……」

 子龍は口ごもってしまった。言いたかった、と言えば言いたかったし、言いたくなかったと言えば……

 嘘になる、か。

 子龍は純だ、思ったことを鬱々と心に秘めておくことが出来る男ではなかった。

 玄徳はちらりと笑むと顎をしゃくり、ついて来るように促した。子龍は玄徳の背を見ながら、この男について行くとどこに連れて行かれるのだろうか、などと考えた。酒家ならまだしも、妖しげなところかも知れない。……いや、まさか。

 練兵の後ともあって、その背は僅かに汗ばみ、戦袍は皺になっている。いつもの派手な女物の衣は肩に掛けてはいない。彼は予想に反し、人気のない土塁へと上がっていった。子龍もそれに続く。土塁は雑草が立ち枯れて妙に埃臭い、それを両手でかき分けつつ、登っていく。

 土塁を登りきると眼下には収穫の終わった畑が見えた。その畑と農民たちを守った、それは子龍の誇りでもある。

「やれやれ、今年も無事に終わりそうだ……」と玄徳が呟くように言った。そしてゆっくりと子龍に向き直ると、

「俺は斉の田楷の援軍に回されることになった」と告げた。

「……」子龍は目を瞬いた。玄徳は俺、と言った。俺たち、ではなかった。「……配下の方々は……?」

 配下、という言葉に違和感を覚えた玄徳は薄笑いを返す。

「あいつらは配下ってわけじゃねえよ、そうさな、共に戦う盟友ってところかな」と玄徳。

 子龍は目を瞬いている。

「配下ではないのですか?」と尋ねた。

「ああ。だから連中が望めば易京に残ってもいい。……ま、大抵はついて来るだろうがな。伯珪がいくらか兵士をつけてくれるが、斉は結構な激戦区らしいからな、苦労することになるかもなぁ……」

 袁家の治領であった青州の平原地方を奪取し、公孫サンは各地に配下の将兵を駐屯させ、要衝を守らせていた。斉は袁家との激戦区であり、重要な要衝だ。斉に駐屯していた田楷が糧食を求める要請を寄越してきたため、伯珪は糧食とともに援軍を出すことにしたのだ。

「数日のうちには発つ、今生の別れになるかもな?」

「そ、そんな縁起でもない……」

 子龍の反応に玄徳は軽く笑って見せた。

「はっはっは、冗談だ、子龍さんにゃ、冗談が通じねえ。で、なんだ? 今言っておかねえと、もう言えねえかも知れねえよ?」

 言いたいことははっきりと形作られていたわけではなかった。ただ、自分の配下の兵士たちを唆さないで欲しいと。しかし彼らが去っていくことを知った今、それを今更言う気にもなれなかった。

「その……」と子龍はまた口篭ってしまった。

 玄徳はにっこりと笑った。

「アンタは、そう、配下、と言ったよな。若ぇ連中は血の気が多い、俺たちに感化されていると思ってるんだろう?」

 図星だ、子龍は反応に窮した、こうも簡単に読まれてしまうなど、余程、顔に出ているのだろう。子龍を見て玄徳はまた軽く笑う。

「あはは、アンタ、本当に嘘の吐けねぇ男だ。兵士として預かった郷里の若ぇ連中を心配するのはわかる、だが、連中も一端の大人だ。連中の考えることも少しは尊重してやんなよ」

 子龍は小さく俯いた。

「私は…… 彼らを尊重してはいないと……?」

「少なくとも、大人としては扱ってねぇかな?」

 子龍の配下の兵士たちは十代の若者が多い、自分たちとそう大差はないのに、隊長などと慕われていると、いつの間にか自分がすっかり出来上がった人間のように思えてくる。そうして話している玄徳も自分自身と似たような歳だ。

「……」

 土塁の上から望む、夕暮れ時の畑は冬枯れて物寂しい。玄徳は手近にあった木の切り株に無造作に腰を下ろした。その肩の力の抜けた背を見ていると、自分の緊張感が馬鹿らしく思えてきた。

「……正直、悩んでいたのです」いつの間にか、子龍の口から言葉が漏れていた。「我々の契約は年末までです、その後、主公に正式にお仕えするか、それとも郷里に帰るべきか。私が兵を募ったのは領民を守るためでした。でも、その……」

 子実の言うように彼らが兵を率いてきたのは領民を守るためという大義名分があった。決して袁家と戦うためではなかった。しかし……

 しかし戦いの中でもっと戦功を上げたい、名を挙げたいという、渇望が湧き上がっていた。子実は子龍の中のその欲望を見抜き、先走らないようにと留めたのだろうか?

 若い兵士の存在を脇において考えるとする。その時に彼自身はどうしたいのだろうか? 彼自身は何を求めてここまで来たのだろうか?

「……郷里に帰る前に戦果が欲しい」と彼は自然、吐き出していた。

 それには正式な仕官が最も早道だと思っていた。確かに領民を守ることは大切なことだ、それ一つでも十分な戦果と言える。しかし、まだ若い彼はもっと華々しい活躍を誰かに語りたかった、それは郷里の父親なのか、あるいは兄なのか、わからなかったが。

 自分の功のために兵を募り、自分の不策で兵士を死なせてしまった。子実隊の兵士たちを喪ってしまったことは、思いの外、彼の心に深く刺さっていた、まるで棘のように。それでも華々しい戦功を手に入れたいという欲求は彼の中に燻り続け、それを自ら戒めつつも兵士たちを出汁に仕官を求めていた。

 士官すれば公孫家の兵士として、彼らはそれなりの戦果を上げることだろう。しかしそれは危険を意味する。若い兵士を守り続けるのは難しいかもしれない。

 郷里に戻って賊討伐をしていれば、戦慣れした袁家の兵士を相手にするよりも危険は少ないかもしれない。だが、望む戦功は得られまい。

 彼の心の中に葛藤ばかりが成長していく。

 侠の生き方を危険視しつつも、その雄々しさ、自由さに憧れを感じていたのは、誰よりも子龍自身だったのかもしれない。しかし若い兵士を導く役割を自認するばかりに、それを否定し、自分の中に飼った矛盾は日に日に大きく膨れ上がり……

 それでも。

「言えたじゃねえか?」と玄徳が言葉を挟んだ。物思いに耽っていた子龍は一瞬目を上げ、すぐに不貞腐れたような仕草で視線を反らす。

 玄徳は切り株に座ったまま、低く笑い声を漏らした。

「いいじゃねえか。戦功を欲しがったってよぉ。それはアンタも、若ぇ連中も同じだ。それにゃあ危険もある。連中だってそのくらいは理解してるさ。それでも…… その先にある何かを、見てみてぇ」

 言いながら玄徳は軽く顎をしゃくって、収穫を終えた枯れた畑を示す。

「……」

 少々様にならない、これが収穫間近の畑ならば、随分と心を揺さ振る光景だったに違いないのだが。子龍は目を瞬き、ついで小さく笑った。

 この男、少々ずれている、それが妙に可笑しかった。確かに枯れ草をかき分けつつ、登った土塁のその向こうに畑があったのはいいのだが……

 自分の笑い声が耳に届いたせいか、少し心が軽くなった気がする。

「アンタは少々危なっかしいよ。俺が言えた義理じゃねえが。もう少し、自分の兵隊を信じてやんな、あいつらだって、きちんと物事考えてるよ」

「……はい」

 子龍の返事に安堵したのか、更に玄徳が言葉を続ける。

「実はさぁ、子実が相談してきたんだよ。アンタがどうやら仕官したがってるんじゃねえかって。それはそれで悪くぁねえが、子実はアンタが使い捨ての駒にされちまうのが厭だってさ。アンタ、突っ走る性格だろう?」

「……」

 子龍はその言葉に俄に視線を惑わす。自分では気付いていなかったのだが、確かにそんな面もあるかも知れない。そんな自分に若い兵士を付き合わせてしまうことに、どこか罪悪感があったのだろうか。

「まったく…… 危なっかしいったら、ありゃしねぇよなあ!」と言って玄徳は軽く笑う。

 戦功を欲し、仕官を望んでいたが、配下の若く未熟な兵士たちはついて来れまい。それをどこかで察知していた。有り体に言えば足手纏だと思っていた。

 たった一人で戦い抜けるわけでもないのに。

 それに気付くと彼は素直に反省した。

「……私は指揮官として未熟でした」と彼は静かに言った。

「まあ、そう言うなよ。アンタはよくやってるさ」と玄徳は返す。「だが、もうちょっとだけ、若ぇ連中のことも振り返ってみる余裕を持ちなよ」

 この侠の血気盛んな男たちを率いている相手に言われてしまうと、自分の指揮官としての質が至らなかったことに思い当たる。気が逸り、仕官を急いでいたが、配下の兵士の練成も含め、自分自身の修練も必要なのだ。公孫家への正式な仕官の話はそれからでも遅くはないだろうと思った。

 一刻も早く名を挙げたかった、気が急いていたのだ。だが、指揮官として未熟な彼が慌てて突き進んだところで、待っているのは挫折、ならばまだ良い、最悪全滅だ。

「……あなたと話していなかったら、おそらく、私が一方的に決めて、彼らを引き摺って行くことになったでしょう。そうすれば、いずれは不満も出る」

「ああ」

「私自身も…… おそらくは未熟な兵士たちに不満を感じた……」

「……だな」

 おそらくは不満だけでは済まなかっただろう。若い兵士の命を徒に落とさせてしまっていたかも知れない。子実は自分の隊の兵士を喪ったがゆえに、それを子龍に対して警戒していたのだ。未熟な兵士たちをそのまま公孫家の正規軍に編成させてしまうのは危険だと。

 最も未熟なのは子龍自身だ…… それに気付いて彼は恥じ入った、子実にさえ、それを看破されていたのだから。

「……これからのことを若い者たちと話し合えそうです」と彼は告げた。

「ああ、そうしなよ。そこで決まった物事は、連中の意志だ、誰かに愚痴を言う筋合いはねえからなあ」

「はい」と頷いてから、「……あなたはどうやって元侠の兵士を従えているのですか?」と尋ねた。

 玄徳はきょとんとして、

「へ?」

「その…… いずれ、ご教授願えませんか?」

 大真面目な子龍の言葉に玄徳は笑みを見せて、

「従えてるわけじゃねぇよ。連中が俺を持ち上げてくれてるだけだよ」と応じた。

 どうやらこの男は人を従える天賦の才でも持っているようだ。それは子龍の父が口癖にしていた士大夫たる者云々、などという古びた黴の生えた知識などではないのだろう。

「……」

 子龍はようやく顔を上げ、辺りを見晴かした。目を下にばかり向けていたから気付かなかったが、空はすっかり夜の色を帯びて、西空には宵の明星が輝いていた。星辰の世界は途轍もなく遠い、それはまさに空の向こうなのだが、玄徳はもしかしたら眼下の収穫の終わった畑ではなく、明星を示していたのではあるまいか。懐手に切り株に座る玄徳の後ろ姿は飄々として掴みどころがない。

「……玄徳殿」

「うん? そんな畏まった呼び方はやめてくれよ」

「いえ……」と子龍は流し、「あなたは不思議な御仁だ」と続けた。

「はぁ?」

「……人を読むのに長けている」

 子実が相談しなくとも、この男は子龍が陥っていた泥濘を理解していたに違いなかった。

 玄徳は鼻先で笑った。

「まあ、根っからの博打打ちなのさ、俺は……」


 その数日後、彼らは田楷軍への援軍として劉備隊と共に行軍していた。

 伯珪に呼び出された子龍は直々に玄徳の護衛を命じられたのだ。斉は袁家との戦いでの激戦区だ、無論、断ることも出来た、が。

 若い兵士たちの多くは玄徳たちとの行動を望んだ。それはただ単に侠への憧ればかりでもない。調練を共にすることで知った玄徳の指揮官としての才、その人の心を引きつける力のようなもの、そして戦功を上げることへの欲求。

 玄徳に付随うことによって望みが叶えられる、彼らはそう考えていたのだろう。それには隊長である子龍も納得せざるを得なかった。ごく一部の、老いた家族を郷里に残した者たちを除き、子龍の兵士たちは意気揚々と行軍に参加した。

 そして子龍自身も。彼は指揮官としての師を玄徳に見出した。天賦の才を持つ玄徳と同じことは出来なくとも、目標に据えることは出来るのではあるまいかと思ったのだ。

 その行軍の中程、冬の陽光の中にすら鮮やかな光を放つ姿があった。子龍はその姿を見つけると、馬を寄せていった。その男の周囲には多くの者が集っていた。侠の若者もいれば、子龍の兵士たちの姿もある。劉備、この妙な男は人の心を引き寄せて已まない。

 玄徳は子龍の姿を見つけると、

「よお!」と声を掛けてきた。

「……そのお姿は?」と彼は目を見張りつつ尋ねた。

「ああ、これか?」

 玄徳は陽光の下、きらきらと輝く自分の装飾品を示す。彼は体が重くなるのではあるまいかと言うほど着飾っていた。かなり派手な冠を頂き、錦の袍を肩に掛け、その耳には耳朶が垂れるほどの耳飾り、首飾りは勿論、腕輪まで。

「禄を換金したのさ!」と彼は軽く応じた。「昔付き合った遊牧民の話じゃあ、連中、家がねえから財産は身につけて持ち歩くんだとさ! 賢いねえ」

 とは言え、その姿はあまりにも珍妙に見えた。しかも侠の仲間たちの多くも似たり寄ったりの不思議な出で立ちだ。

「盗人に狙われませんか?」と子龍は尋ねた。

「はっはっは、そいつはアンタがやっつけてくれるだろう、子龍さんよぉ? 何しろ、不肖劉玄徳の生まれて初めての主騎だからなあ!」

 まったく、この男劉備、困ったことに可愛げがある。そんなことを言われてしまえば、態度を軟化させずにはいられまい。


 子龍は伯珪に玄徳の護衛を命じられたとき、正直迷った。斉に行けば激戦は日の目を見るより明らかだったからだ。

 しかし……

「玄徳は知っての通り、無茶をしでかす奴だ。だが、俺の親友だ。お前のような堅実な男が手綱を引いていてくれれば、きっと生きて帰ってくるだろうからな」などと伯珪に説得されてしまえば、返す言葉に困る。

 むしろ、手綱が必要なのは子龍自身かも知れないというのに。

 真逆に見えて、実は似た者同士なのだろうか?

 そんな疑念を確かめてみたくなった。見極めたい、そう思ったのだ。だからすぐに伯珪に断らず、子実や兵士たちと諮った。結果、彼らは劉備隊と共に行軍している……

 この侠の親玉はどうやら生真面目な子龍さえも籠絡してしまったようだ。子龍は堪えていた笑いを顔に載せた。

「はい、殿、この趙子龍、殿を必ずお守り致しますゆえ」


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