0-6.ならば、己のしでかしたことを反省しろ!

 次にミルウスが目を覚ましたのは――自分の部屋のベッドの中だった。


 専属メイドが看病していたが、彼女はミルウスの目覚めを確認すると、こちらが言葉を発する間もなく部屋を出ていき、すぐに父と母、そしてセイレスト家専属の医術師を伴って戻ってきた。


 父と医術師の説明をまとめると、ミルウスが宴会をこっそり抜け出してから数時間後――まだ誰ひとり彼の不在に気づいていなかった頃――突然、瑠璃色の野生竜が屋敷の結界を突き破って庭に降り立ち、そのまま飛び去っていったのだという。


 竜の侵入に気づいた者たちが何事かと庭に出てみると、気を失ったミルウスが庭のベンチの上に倒れていた。


 そのときの彼は竜の唾液にぐっしょり濡れ、高熱にうなされて呼びかけにも反応がなく、屋敷内は騒然となったらしい。


 それから十日間、ミルウスの熱は下がらず、昏々と眠り続けた。

 熱は喉から肺、そして心の臓へと広がり、かなり危険な状態にまで陥ったという。


 真冬の――しかも雨上がり直後の――川で溺れたせいで風邪をこじらせたことに加え、ミルウスは魔力暴走を起こしていた。


 溺れた幼竜を救うために限界まで魔力を使い、その直後、上位竜の魔力を帯びた咆哮を真正面から浴びてしまったのが原因だったらしい。


 薬も魔法も効かず、本人の回復力に頼るしかない状態だったと、目の下に濃いクマをつくった医術師が十日間の経過をわかりやすく説明してくれた。


 未熟な年齢での魔力暴走は死に直結することもあり、母はミルウスの回復を知ると涙を流して喜んだ。

 一方の父は、息子からその日の出来事を聞き出すと、浅慮な単独行動に烈火のごとく怒りまくったのである。


 父の説教がひととおり終わり、母がようやく泣き止んだ頃を見計らって、ミルウスは恐る恐る口を開いた。


「……あの……わたしが十日間も寝ていたということは……その、入学式は……?」

「欠席に決まっているだろうが!」


 父の声が雷のように響く。


「でしたら……コルトとメルナーは?」

「あのふたりは、ミルウスの学院内護衛として入学時期を調整したのだ! 護衛対象が入学式を欠席するのに、出席できるはずがないだろう!」


 ふたりはミルウスの回復まで自宅待機となっていた。


「コルトとメルナーには申し訳ないことをしてしまいました……」

「申し訳ないだと⁉」


 ミルウスの何気ない言葉に、父の怒りが再燃する。


「ミルウスと同年の子どもであっても、辺境伯子息の護衛任務についた者には責務と責任が発生する。怠慢によって護衛対象が生命の危機に陥ったとなれば、それなりの処罰があるのだ。だが今回は状況が不明瞭だったため、処分は保留にしていただけだ」

「保留……」

「そう、保留だ。ミルウスがひとりで屋敷を抜け出し、禁足地で単独行動を行った挙句に川で溺れかけ、そのために熱を出した……となれば、厳罰、それこそ上級学院への入学取り消しもありうる」


 父はそう告げ、厳しい眼差しで息子を見下ろした。


「そんな! 父上! これは、わたしが勝手にしたことです。コルトとメルナーは無関係です!」

「無関係なはずがなかろう! コルトとメルナーはおまえの専属護衛だ。おまえを守る義務があり、おまえから目を離してはならない者たちなのだ」

「そ、そんな……。父上、申し訳ございません! ふたりは……ふたりは関係ないのです。罰はわたしだけで!」

「ならば、己のしでかしたことを反省しろ!」


 父に叱られ、ミルウスは項垂れた。意識が戻ったとはいえ、まだ熱が完全に下がったわけではない。

 医術師の強い勧めもあり、弐ノ月にのつきいっぱいは体調の回復を観察する期間とし、帝立フォルティア上級学院への入学は参ノ月さんのつきまで見送られることとなった。

 当然、コルトとメルナーもミルウスに付き添い、入学は延期だ。


 後日、ミルウスはふたりを部屋に呼び寄せ、深く頭を下げて謝罪した。

 だが、コルトとメルナーは高らかに笑い飛ばしただけで、怒ることはなかった。


 帝立フォルティア上級学院の在籍可能年齢は十一歳以上二十二歳以下。試験に合格し在学資格を得た者であれば、年齢に関係なく入学・編入が可能な学び舎である。

 ミルウスは十二歳。彼の学院内護衛として選ばれたコルトは十四歳、メルナーは十一歳だ。


「ミルウス様がご無事でよかったです」

「入学が二か月、三か月遅れようが、上級学院の履修システムならそれほど心配はいりません。すぐに後れを取り戻せますよ」


 素直にミルウスの回復を喜ぶメルナー。

 それに続き、落ち着いた声で慰めを添えたのは、三人の中でいちばん年上のコルトだった。


「そうです。編入者も多いと聞いています」

「メルナーの言う通りです。入学時期も卒院時期も調整できますから、壱ノ月いちのつきからの開始にこだわる必要はありません。それよりも、今はお体を治すための大事な時期です。しっかり養生し、身体を整えてください。騎竜に乗るわたしたちは身体が資本なのですから。弱い乗り手は竜に嫌われてしまいますよ」

「そうです。そうです」


 ふたりの言葉がミルウスの心に染み入る。

 父に「厳罰を受けたのか?」と尋ねてみると、ふたりは首を横に振った。


 セイレスト辺境伯からの『お叱り』はなかったようだが、待機期間中、それぞれの家で「護衛としての自覚を持て」と家族から性根を叩き直されていたらしい。

 明るい口調で話すふたりに、ミルウスはもう一度深く頭を下げた。


「ミルウス様、セイレスト辺境伯のご子息が、そう簡単に頭を下げてはいけません」


 コルトの言葉に、ミルウスは「わかった」とうなずいた。


 * * *


 この年の初めに起こった出来事は、ミルウスにとって大きな学びとなった。


 今まで暮らしてきた辺境領を離れ、帝都の上級学院で竜騎士になるべく学び始めるということは、コルトとメルナーとの関係が変わるということでもある。


 これまでは同年の遊び仲間――幼馴染み――として接してきたが、これからは主従関係となる。

 少なくとも、コルトとメルナーのふたりはミルウスをそう扱うようになるだろう。


 寂しくなるが、それはセイレスト辺境伯の子息として生まれた以上、避けられないこと。

 ミルウスもまた辺境伯の子息として、己の責務と責任に忠実であらねばならない。


 だが……とミルウスは心の中でだけ反論する。


 自分だけでも、心の中だけでも、ふたりのことは大切な親友として――幼馴染みとして――呼びかけようと決めた。


 そして上級学院では、広い視野をもって多くのことを学ぼうと誓う。

 竜騎士になるために必要なことはもちろん、それ以外の知識もすべて。


 この年の参ノ月さんのつき

 セイレスト辺境伯の末子、ミルウス・セイレストは、ふたりの学院内護衛と共に帝立フォルティア上級学院へと入学した。


 * * *


 そして、十年の歳月が流れた――。

 ミルウス・セイレストは、二十二歳の若者へと成長したのである。

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