第12話 分断
2章 第12話 分断
濃霧の森を進む間、俺は《看破》を絶えず発動していた。
赤い光点が浮かぶのは獣や鳥ばかりで、人の気配はない。だが油断はできない。
霧が深くなるにつれ、嫌な胸騒ぎが広がっていく。
――その時だった。
「……人間の気配だ」
看破に、新たな赤点が浮かんだ。しかも複数。
「止まれ」
俺が声を掛けると同時に、霧の奥から黒装束の影が飛び出してきた。
顔まで覆い、無言のまま刃を振りかざしてくる。
「なんだ……こいつら?」
思わず声が漏れる。
「まさか……こいつらが……」
――暁の環を……!!
「正体は不明だが……事件に関わっているのは確実だろう」
ラウガンの低い声が霧を裂いた。刀を抜き放つと、鋭い視線をこちらに寄越す。
「ユウタ、態勢を崩した敵をやれ! レオン、嬢ちゃんは敵を同時に攻め込ませないよう牽制しろ!」
「はい!」
「わかりました!」
短い指示に、全員が一斉に動いた。
ラウガンは迫る刃を受け流し、わずかに体勢を崩した敵へと重力の圧を走らせる。
「ぐっ……!」敵の足が沈み込み、隙を晒した。
「そこだ!」
俺は剣を突き込み、赤点を貫いた。瞬間、肉体が内側から爆ぜる。
【弱点特効】の光が敵を飲み込んだ。
だが、ラウガンの動きは止まらない。
二人、三人と黒装束の影が同時に襲いかかる。
ラウガンは一歩も退かず、刀の軌跡で刃をはじき、肩で受け止め、足払いを掛ける。
同時に【墜界】の重みが空気を歪め、敵の重心をわずかに狂わせた。
「次だ、ユウタ!」
声と同時に、俺の前へと崩れ込むように敵が転がってくる。
看破の赤点は心臓。俺はためらわずに突き立てた。爆ぜるように血が散る。
「ふん……」
ラウガン自身も一人を受け流しからの返しで喉を断ち切り、血飛沫を浴びても表情ひとつ変えない。
その間にも、残った敵は迷いなく迫るが、彼の間合いから一歩でも踏み込めば、受け流され、【墜界】で体勢を崩され、俺の前に差し出される。
まるで舞台の段取りが決まっているかのように。
ラウガンは自分がすべてを捌ききるのではなく、俺の力を前提に動いていた。
「ユウタ、仕留めろ!」
「応ッ!」
俺の剣は次々と赤点を穿ち、爆ぜるように敵を斃す。
ミリアは迅雷で走り回り、レオンの火球と合わせて敵の連携を寸断する。
ラウガンの刀と俺の剣が噛み合った瞬間、戦場は完全にこちらの掌の上にあった。
ミリアの迅雷が走り、レオンの火球が飛び、ラウガンの刀が唸る。俺の剣は看破の赤点を正確に突き、敵の体を次々と爆ぜさせた。
だが、敵は減るどころか次々と霧の中から現れる。黒装束の数は十や二十ではきかない。
「……ちっ、数が多いな」
ラウガンが低く吐き捨てる。だがその眼差しは鋭さを失わない。
「気を抜くな! 相手は引く気がねぇ……何か企んでるぞ!」
その言葉が落ちた瞬間だった。
「ユウタさん!」
ミリアの叫びと同時に、地面がぐらりと揺れた。足元の土が崩れ、裂け目が走る。
「なっ……!」
視界が一瞬にして白い霧に閉ざされる。地面に撒かれた粉か、それとも魔道具か。鼻を突く薬品の匂いと共に、視界はさらに濃く閉ざされた。
「ユウタ!」
ラウガンの声が聞こえる。だが距離が遠い。霧に混じった叫びは、確かに届いているのに輪郭が掴めない。
次の瞬間、影が俺とミリアの間に飛び込み、乱雑に斬り込んできた。
「くそっ……!」
剣を弾き返し、ミリアの手を取って飛び退く。だが、気づけばそこはもうさっきまでいた戦場ではない。
霧の帳の向こうに、ラウガンとレオンの姿が一瞬だけ見えた。
「レオンは任せろ、嬢ちゃんを守れ!」
ラウガンが刀を振るい、霧を裂く。だが、その声が完全に飲み込まれ、やがて見えなくなった。
残されたのは、俺とミリアだけ。
深い濃霧と、こちらにじり寄る黒装束の影。
「……分断されたのか」
握り締めた剣に力を込め、ミリアと背を合わせる。
霧の向こうから、じわりと殺気が迫ってきていた。
俺とミリアは背中を合わせ、次々と迫る黒装束の影に剣を振るう。
ラウガンと共に戦っていたときは、彼の受け流しと墜界に導かれて、俺の弱点特効が的確に決まった。
だが今は違う。ラウガンがいないだけで、戦場の様相は一変していた。
「くっ……速い……!」
一体の剣を弾き返した瞬間、別の影が横合いから斬り込んでくる。
その連携は粗雑ながら、数と勢いが俺たちを確実に削っていった。
「ユウタさん!」
ミリアの迅雷が迫る敵を薙ぎ払い、かろうじて体勢を立て直す。
だが彼女の肩は浅く切られ、血が滲んでいた。
――ラウガンがいたときは……あんなにも押せていたのに……。
戦いの技術の差に歯噛みしながらも剣を振るい、必死に敵を押し返す。
◆
じりじりと押されながらも移動を続け、気づけば視界の先に建物の影が浮かんでいた。
木々の間に現れたのは、黒塗りの木柵と粗雑に組まれた見張り台。
「こいつらの拠点か……?」
息を荒げながら呟いたその瞬間、霧の奥からひときわ濃い気配が迫ってきた。
黒装束の一団を割るように、ひとりの男が歩み出る。
顔まで覆い隠しながらも、その立ち姿は異様な威圧を放っていた。
俺は反射的に《看破》を発動する。
視界に浮かんだ名前を見て、全身が凍りついた。
――【カイル】
「……なっ……」
声にならない声が喉を裂く。あの《暁の環》の仲間が、なぜここに。
男はゆっくりと立ち止まり、手にした刃を持ち上げる。
覆面の下から、低い声が響いた。
「こいつらは俺が殺る。残りの二人をやれ」
その言葉と同時に、周囲の黒装束が一斉に動いた。
刃が霧を裂き、戦場の空気が凍りつく。
――カイル。
かつて肩を並べた仲間だったはずの男が、今は敵として刃を向けていた。
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