第5話 路地裏の花
翌朝。
まだ夜の冷気がわずかに残る街路を並んで歩きながら、俺は腰の鞘に差したロングソードをちらりと見下ろした。
刃こぼれが目立ち、柄の革も擦り切れている。
蒼雷の守護なんて大層な名前を名乗る以上、これじゃ格好がつかない。
「ユウタさん、今日はまず武器屋に行くんですよね?」
横を歩くミリアが、ぱちぱちと瞬きをしながら見上げてくる。
「ああ。剣くらいはちゃんとしたのを持たないとな」
「ふふっ。なんだか本当に“冒険者”って感じです!」
◆
武器屋に入ると、壁一面に大小さまざまな剣が吊るされていた。
鋼の鈍い光が並ぶ中、店主が俺たちに気づいて声を掛けてくる。
「お、いらっしゃい。何をお探しかな?」
「ロングソードだ。実戦向きで、扱いやすいものを」
古びた剣を差し出すと、店主は「こりゃ随分使い込んだな」と苦笑しながら奥へ下がった。
戻ってきた彼の腕には三振りの剣。
一本は細身で軽く、剣速を重視した造り。
一本は刃が厚く、耐久力に優れる重量型。
そして一本は、無駄を省いた標準型――扱いやすさと実戦性の両立。
「どれにする?」
店主の問いに、俺は一本ずつ手に取って確かめた。
細身の剣は確かに振りやすく、弱点を狙う《弱点特効》との相性もいい。
だが、もしゴブリンリーダー戦のように武器そのものを破壊する必要があったとき、強度が足りず折れる危険がある。
重量型は威力こそあるが、俺の腕力では振りが鈍って逆に隙を作るだろう。
最後に標準型。重さと強度のバランスが取れていて、構えた瞬間、掌にぴたりと馴染む感覚があった。
「……これだな」
「うんっ、ユウタさんに似合ってます!」
横でミリアが笑顔を弾けさせる。
支払いを済ませ、古びた剣を受け取った店主が「よく働いたな」と呟いたのを背に、俺たちは武器屋を後にした。
◆
市場は今日も賑わっていた。
露店には串焼きや菓子、布や装飾品が並び、行き交う人々の声で溢れている。
ミリアはあれもこれもと目を輝かせ、時折立ち止まっては「かわいい!」と声を上げていた。
「ユウタさん見てください、銀色のうさぎのペンダントです!」
小さな露店に吊るされたアクセサリーを、彼女はうっとりと眺めている。
「……欲しいなら買ってやろうか?」
「えっ……!」
ミリアの頬が一瞬赤く染まるが、すぐにぶんぶんと首を振った。
「い、いいです! 無駄遣いはいけません!」
「そうか」
「はいっ! それより装備にちゃんとお金を使いましょう!」
ブラッドウルフ討伐の報酬とミラナ村からの謝礼で、今の俺たちはそれなりに潤沢な資金を持っている。
だが彼女の真面目な言葉に押され、俺は「今はやめておくか」と心に留めた。
その後は食べ歩きだ。
串焼きの屋台に立ち寄れば、ミリアは香ばしい匂いに目を輝かせ、受け取った熱々の肉をふうふうと必死に冷ましながら頬張った。
「んっ……熱いっ……でも、おいしい……」
口いっぱいに肉を詰め込んで、もぐもぐと頬を膨らませる。その姿に思わず笑いがこみ上げる。
次は甘い焼き菓子。粉砂糖がかかったそれを一口かじった瞬間、白い頬にぱらりと砂糖が落ちる。
「……あ」
慌てて指で拭おうとするが、指先にも粉がついて余計に広げてしまい、きょとんとした顔で俺を見る。
「ユウタさん、笑ってません?」
「いや、別に」
言いつつ、自然と口元が緩んでしまうのを抑えられなかった。
「もう…… ユウタさんにはあげませんからね!」
ぷいっと顔をそらすが、その頬にはまだ白い砂糖が残っていて、余計に可笑しい。
戦場で剣を振るうときの真剣な眼差しとはまるで違う。
串を両手に抱え、菓子を幸せそうに味わう彼女の表情は、年相応の少女そのものだった。
◆
買い物を終え、宿へ戻ろうとした帰り道。
表通りから外れて、人気の薄い路地へと足を踏み入れてしまった。
「おいおい、嬢ちゃんたち、いいもん持ってるじゃねぇか」
薄汚れた革鎧に粗末な剣を下げたチンピラ風の男が二人、道を塞ぐように立ちはだかる。
「……面倒だな」
剣の柄に手をかけた俺を制して、ミリアが一歩前に出た。
「ユウタさん、ここは私が――」
そのときだった。
ひゅん、と風を裂く音が響き、二人のチンピラが目にも留まらぬ速さで弾き飛ばされた。
何が起きたのか理解する間もなく、路地の奥からひとりの男が歩み出る。
渋い髭を蓄えた中年の剣士。
黒い外套の下からのぞく体は細身ながら無駄な肉のない鍛えられた筋肉で覆われていた。
腰には反りのある一本の刀――この大陸では珍しい、日本刀に酷似した武器を佩いている。
その刃を納める仕草は、長年の修練を積んだ者だけが持つ自然な流麗さを帯びていた。
「ったく……あんたみたいに可愛い嬢ちゃんが、こんなとこいたら危ねぇよ」
軽口を叩くその男に、ミリアの肩がわずかに震えた。
理由は分からない。だが彼女は、目の前の男に説明できない恐怖を感じていた。
「助かった、ありがとう」
俺が短く礼を言うと、男は肩をすくめて笑った。
「礼なんざいらねぇよ。たまたま通りかかっただけだ」
落ち着いた声。場数を踏んだ者特有の余裕が滲む。
「アンタら、見ねぇ顔だな。新顔の冒険者か?」
「……まぁな」
「ふぅん。で、その嬢ちゃんが相棒ってわけか。なるほど、そりゃ目立つ」
からかうような視線に、ミリアは気まずそうに身じろぎした。
普段なら「はい!」と元気に答えるはずなのに、今は声を出せない。
俺が訝しむより早く、男はにやりと笑って続けた。
「気をつけな。最近この街じゃ、妙な事件が多い。腕に覚えがあっても、不意打ちされりゃ終わりだ」
「……事件?」
「さぁな。酒場で耳にしただけだ。ま、あんたらみたいな若い連中には関わって欲しくねぇ話さ」
そう言って背を向け、ひらひらと手を振る。
「じゃあな、新米。嬢ちゃんを泣かせんなよ」
◆
その背中を見送る間、ミリアの表情は強張ったままだった。
「……どうした?」
声を掛けると、彼女は小さく首を振る。
「わかりません……でも、あの人……怖いんです」
「怖い?」
「はい。笑っているのに……胸がざわざわして……」
俺にはただの実力ある冒険者にしか見えなかった。
だがミリアだけは、言葉にできない“何か”を感じ取っていた。
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