第13話 それぞれの勇者

伐採を終えて、俺と村人たちは防壁の強化に精を出していた。昼を過ぎても、男衆は斧や槌を手にせっせと働き、柵の補強や新しい木材の組み込みに汗を流している。

俺もその中に混じり、【構造理解】で要所を見抜きながら木を組み合わせていった。


「勇者様ってのは、もっと剣を振るうだけのもんだと思ってたがな」

材木を担ぎながら、隣の大柄な男が笑った。


「剣ばっかりじゃ腹も膨れないし、柵も建たないだろ」

俺は肩を竦める。


「はは、確かにそうだな。俺はガランっていう。畑をやっててな、牛も二頭飼ってる。けど最近は魔物に狙われちまって、夜は気が気じゃねえんだ」

「牛まで……」

「村の命みたいなもんさ。家族を守るのに必死だよ」


彼は一息ついて、俺の顔を見た。

「勇者様……ユウタって言ったか? あんたはどうだ? 向こうの世界に家族は?」


一瞬だけ、遠い日の情景が浮かぶ。食卓を囲む両親、少し距離のある兄弟。

けれど、大人になってからはろくに連絡も取っていなかった。


行方不明だと知ったら、きっと悲しむのだろうか――。

だが、家族が悲しむ顔を想像しようとしても、うまく思い描けなかった。

そのことに、胸の奥がわずかにざらついた。


「……いるけど、もう会えないだろうな」

静かに答えながらも、どこか淡々としていた。

「だからこそ、目の前にいる人くらいは守りたいと思ってる」


「そうか」

ガランはしばし無言で木槌を打ち込み、やがて笑みを浮かべた。

「お前の斧さばきは、俺たちにとっちゃ十分勇者だよ」


思わず手を止める俺に、彼は続けた。

「あんたがハズレ勇者だってのは聞いてるよ。だがな、なにも世界全員の勇者でなきゃならないなんてことはないだろ。俺たちにとっての勇者。それでいいじゃねえか」


その言葉は、木材の軋む音の中で、不思議なほど真っ直ぐに胸へ届いた。

――俺にとってもしっくりくる言葉だった。まるでずっと探していた答えを、ようやく誰かに口にしてもらえたようで。



作業がひと段落した頃、広場の隅で子どもたちがこちらをじっと見ていた。

「ねぇねぇ、兄ちゃん勇者なんでしょ? どんなことができるの?」

無邪気な声に、思わず言葉が詰まる。


「いや、俺は……」と濁しかけたとき、ミリアがぱっと前に出た。

「ユウタさんはすごいんですよ! どこに隠れても、すぐに見破っちゃいます!」


子どもたちの目が一斉に輝いた。

「ほんと!? じゃあ、かくれんぼしよ!」


俺は半ば押されるように参加させられ、村の子どもたちが一斉に散っていく。

【看破】を発動すると、淡い光が視界を走り、小さな影が次々と浮かび上がった。


「……ここと……そこに居るな。あと、そこ、茂みの中」


指さす先から「えっ!?」「なんで!?」と子どもたちが驚きの声を上げ、次々に捕まっていく。

ほんのわずかな時間で全員を見つけてしまい、広場には歓声と笑い声が弾けた。


「次は私ですね」

ミリアが子どもたちにせがまれ、跳躍を披露する。軽やかに地面を蹴った瞬間、ふわりと宙に浮かび、屋根の端に着地。

「わぁー!」

子どもたちの拍手が響き、ミリアは少し照れくさそうに笑った。


束の間の遊びだったが、村の中に漂っていた重苦しい空気が、わずかに和らいだ気がした。



夜になると、村人たちは男女で席を分けて食卓を囲んだ。

俺は男衆に混じり、囲炉裏を囲んで煮物と黒パンを頬張る。素朴な料理だが、働いた体にじんわり染み渡る味だった。


「本当なら歓迎の祝い酒でも出したいところだがな」

隣に座ったガランが、盃を手にして小さく笑った。

「だが今夜は控えめだ。いつ魔物どもが来るか分からねえからな」


周囲の男たちも頷き、ほんの少し酒を口にして盃を置く。

それでも食卓の空気は暗くならなかった。互いに肩を叩き合い、冗談を飛ばして士気を保とうとしている。


「それにしても、お前さんとミリア嬢ちゃん」

ガランが俺を見やって、にやりと笑った。

「いい感じじゃねえか、付き合ってんのか?」


周りの男たちも頷き、肘で俺をつついてくる。


「そういうのじゃないな、魅力的な子だとは思うが……妹みたいなもんだよ。頼りになるし、俺よりずっとしっかりしてる」

そう答えると、どっと笑い声が上がった。


「しっかり者の妹か! そりゃ兄貴はだいぶ手のかかるやつだな」

「だがまあ、あの子に振り回されるくらいが丁度いいんじゃねえのか?」


「はは……そうかもな」

思わず肩をすくめると、また笑いが弾けた。


焚き火の赤い光と、男たちの笑い声。

一瞬だけでも、迫る影の存在を忘れさせてくれる温もりがそこにあった。



一方その頃、私は女性陣に囲まれていた。

「ミリアちゃん、あんたユウタさんのこと、どう思ってるんだい?」


問いかけられて、思わず言葉に詰まる。

頭の中でユウタさんの姿が浮かぶ――真剣な顔、ちょっと不器用なところ、でもいつも私を守ろうとしてくれる背中。


少し考えてから、私は答えを口にした。

「そうですね……手のかかるお兄ちゃんって感じです」


女性たちが顔を見合わせ、にやにやと笑った。


「へぇ、好きとかじゃないの?」

「好きですよ? ユウタさんは良い人ですから」


私がそう言うと、女性陣は一斉に吹き出した。

「こりゃまだ先は長いね」


「……?」

なぜ笑われたのか分からなかった。

“好き”っていうのは、頼りになる人や一緒にいたい人に使う言葉じゃないのだろうか。

もしかして、恋人とかに向ける“好き”のことを聞かれていたのだろうか。……でも、その違いは正直よく分からない。


ユウタさんのことは好き。けれど、それが恋人に向ける気持ちなのかどうか――今の私にはまだ答えられなかった。

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