第13話 それぞれの勇者
伐採を終えて、俺と村人たちは防壁の強化に精を出していた。昼を過ぎても、男衆は斧や槌を手にせっせと働き、柵の補強や新しい木材の組み込みに汗を流している。
俺もその中に混じり、【構造理解】で要所を見抜きながら木を組み合わせていった。
「勇者様ってのは、もっと剣を振るうだけのもんだと思ってたがな」
材木を担ぎながら、隣の大柄な男が笑った。
「剣ばっかりじゃ腹も膨れないし、柵も建たないだろ」
俺は肩を竦める。
「はは、確かにそうだな。俺はガランっていう。畑をやっててな、牛も二頭飼ってる。けど最近は魔物に狙われちまって、夜は気が気じゃねえんだ」
「牛まで……」
「村の命みたいなもんさ。家族を守るのに必死だよ」
彼は一息ついて、俺の顔を見た。
「勇者様……ユウタって言ったか? あんたはどうだ? 向こうの世界に家族は?」
一瞬だけ、遠い日の情景が浮かぶ。食卓を囲む両親、少し距離のある兄弟。
けれど、大人になってからはろくに連絡も取っていなかった。
行方不明だと知ったら、きっと悲しむのだろうか――。
だが、家族が悲しむ顔を想像しようとしても、うまく思い描けなかった。
そのことに、胸の奥がわずかにざらついた。
「……いるけど、もう会えないだろうな」
静かに答えながらも、どこか淡々としていた。
「だからこそ、目の前にいる人くらいは守りたいと思ってる」
「そうか」
ガランはしばし無言で木槌を打ち込み、やがて笑みを浮かべた。
「お前の斧さばきは、俺たちにとっちゃ十分勇者だよ」
思わず手を止める俺に、彼は続けた。
「あんたがハズレ勇者だってのは聞いてるよ。だがな、なにも世界全員の勇者でなきゃならないなんてことはないだろ。俺たちにとっての勇者。それでいいじゃねえか」
その言葉は、木材の軋む音の中で、不思議なほど真っ直ぐに胸へ届いた。
――俺にとってもしっくりくる言葉だった。まるでずっと探していた答えを、ようやく誰かに口にしてもらえたようで。
◆
作業がひと段落した頃、広場の隅で子どもたちがこちらをじっと見ていた。
「ねぇねぇ、兄ちゃん勇者なんでしょ? どんなことができるの?」
無邪気な声に、思わず言葉が詰まる。
「いや、俺は……」と濁しかけたとき、ミリアがぱっと前に出た。
「ユウタさんはすごいんですよ! どこに隠れても、すぐに見破っちゃいます!」
子どもたちの目が一斉に輝いた。
「ほんと!? じゃあ、かくれんぼしよ!」
俺は半ば押されるように参加させられ、村の子どもたちが一斉に散っていく。
【看破】を発動すると、淡い光が視界を走り、小さな影が次々と浮かび上がった。
「……ここと……そこに居るな。あと、そこ、茂みの中」
指さす先から「えっ!?」「なんで!?」と子どもたちが驚きの声を上げ、次々に捕まっていく。
ほんのわずかな時間で全員を見つけてしまい、広場には歓声と笑い声が弾けた。
「次は私ですね」
ミリアが子どもたちにせがまれ、跳躍を披露する。軽やかに地面を蹴った瞬間、ふわりと宙に浮かび、屋根の端に着地。
「わぁー!」
子どもたちの拍手が響き、ミリアは少し照れくさそうに笑った。
束の間の遊びだったが、村の中に漂っていた重苦しい空気が、わずかに和らいだ気がした。
◆
夜になると、村人たちは男女で席を分けて食卓を囲んだ。
俺は男衆に混じり、囲炉裏を囲んで煮物と黒パンを頬張る。素朴な料理だが、働いた体にじんわり染み渡る味だった。
「本当なら歓迎の祝い酒でも出したいところだがな」
隣に座ったガランが、盃を手にして小さく笑った。
「だが今夜は控えめだ。いつ魔物どもが来るか分からねえからな」
周囲の男たちも頷き、ほんの少し酒を口にして盃を置く。
それでも食卓の空気は暗くならなかった。互いに肩を叩き合い、冗談を飛ばして士気を保とうとしている。
「それにしても、お前さんとミリア嬢ちゃん」
ガランが俺を見やって、にやりと笑った。
「いい感じじゃねえか、付き合ってんのか?」
周りの男たちも頷き、肘で俺をつついてくる。
「そういうのじゃないな、魅力的な子だとは思うが……妹みたいなもんだよ。頼りになるし、俺よりずっとしっかりしてる」
そう答えると、どっと笑い声が上がった。
「しっかり者の妹か! そりゃ兄貴はだいぶ手のかかるやつだな」
「だがまあ、あの子に振り回されるくらいが丁度いいんじゃねえのか?」
「はは……そうかもな」
思わず肩をすくめると、また笑いが弾けた。
焚き火の赤い光と、男たちの笑い声。
一瞬だけでも、迫る影の存在を忘れさせてくれる温もりがそこにあった。
◆
一方その頃、私は女性陣に囲まれていた。
「ミリアちゃん、あんたユウタさんのこと、どう思ってるんだい?」
問いかけられて、思わず言葉に詰まる。
頭の中でユウタさんの姿が浮かぶ――真剣な顔、ちょっと不器用なところ、でもいつも私を守ろうとしてくれる背中。
少し考えてから、私は答えを口にした。
「そうですね……手のかかるお兄ちゃんって感じです」
女性たちが顔を見合わせ、にやにやと笑った。
「へぇ、好きとかじゃないの?」
「好きですよ? ユウタさんは良い人ですから」
私がそう言うと、女性陣は一斉に吹き出した。
「こりゃまだ先は長いね」
「……?」
なぜ笑われたのか分からなかった。
“好き”っていうのは、頼りになる人や一緒にいたい人に使う言葉じゃないのだろうか。
もしかして、恋人とかに向ける“好き”のことを聞かれていたのだろうか。……でも、その違いは正直よく分からない。
ユウタさんのことは好き。けれど、それが恋人に向ける気持ちなのかどうか――今の私にはまだ答えられなかった。
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