第8話 新米冒険者
ギルドの掲示板には、羊皮紙の依頼がぎっしりと貼られていた。
武器を構えた冒険者たちが群れをなし、獲物を吟味する目は鋭い。
「まずは……これにしましょう!」
ミリアが指さしたのは、薬草採取の依頼だった。
「薬草……?」
思わず眉をひそめる。
「はい。初めての依頼なら、これが一番安全です!」
胸を張るミリアに、周囲の冒険者が冷笑を投げた。
「地味だな。あのハズレとお似合いじゃねえか」
「薬草取りで一日を潰すとか、子どものお使いか?」
俺は言い返す気もなく羊皮紙を手に取った。だが、その横でミリアが一歩前に出る。
「ユウタさんはハズレなんかじゃありません! 昨日だって私、ユウタさんのスキルに助けられました。魔物を倒せたのは、ユウタさんが弱点を見抜いてくれたからです!」
きっぱりと言い切る声に、冒険者たちが一瞬黙り込む。
その隙にミリアは胸を張ったまま俺を振り返り、にこりと笑った。
「だから大丈夫です。行きましょう、ユウタさん!」
……無邪気な言葉に、胸の奥が少し熱くなる。
◆
森に入ると、じめっとした土の匂いと湿った風が肌を撫でた。
木漏れ日の下には、似たような葉を持つ草が無数に生えている。どれも同じように見えるが――。
ミリアがしゃがみこみ、葉を一枚手に取った。
「これ……ですよね?」
俺は【看破】を発動する。視界が淡く揺れ、植物の芯に光が宿るのが見えた。
だがその草の茎には、赤黒い点が脈打っている。
「いや、それは毒草だ。根に毒素が溜まってる」
「えっ……!?」
ミリアは驚いて手を離し、思わず後ずさった。
俺はその隣に生えていた草に視線を移す。
こちらは茎の中に穏やかな緑の光が流れていた。「本物の薬草は、茎に緑の光が見える。……こっちだ」
摘み取った茎を差し出すと、ミリアは目を丸くし、やがて頬を緩ませた。
「見分けつかないのに……すごい。ユウタさん、本当に見えてるんですね」
俺は黙って頷いた。【看破】のおかげで、薬草と毒草を確実に選別できた。
人には分からない細かな違いも、この目にははっきりと見える。
これが、俺にできることか。
◆
束ねた薬草を袋に入れたとき、茂みがざわついた。
牙を剥いた小型の魔物が三匹、飛び出してくる。
「ユウタさん!」
ミリアが短剣を抜き、先頭の一匹に斬りかかる。だが群れは止まらない。
俺は反射的に【看破】を発動。弱点が光点となって浮かぶ。
「耳の付け根……」
剣を突き立てると、【弱点特効が発動しました】の声と同時に、魔物は内側から崩れ落ちた。
血肉が飛び散り、残るものはほとんどない。
「……また、無駄にした」
思わず落胆が漏れる。
その間にも残り二匹が迫る。
再び浮かぶ光点。二匹とも胸と後脚。
俺は息を整え、すぐに判断を変えた。
「ミリア! 胸か脚だ!それか、動きを止めるだけでもいい!」
「はい!」
ミリアは短剣を逆手に構え、素早く一匹の足を斬り払う。悲鳴を上げて動きが鈍ったところへ、俺が横から剣を叩き込む。肩口を深く裂くと、魔物は呻き声を上げて倒れ込んだ。
残りの一匹が背後に回り込もうとする。
「右から来る!」
俺の声に応じ、ミリアは跳躍して体をひねり、迅雷の速さで胸を突いた。小さな体が地面に転がり、息絶える。
倒れた魔物の体には、まだ剥ぎ取れる素材が残っていた。
「……できた」
小さく呟くと、ミリアがぱっと笑顔を見せる。
「やっぱりユウタさん、すごいです! 一緒だと、もっとやれる!」
達成感が胸に広がる。
弱点を狙わずとも戦える――しかも、二人で連携すれば確実に仕留められる。
それは、俺にとって大きな一歩だった。
◆
夕方、ギルドに戻り、薬草と魔物の素材を差し出す。
係員は淡々と確認し、報酬の袋を手渡してきた。
「お疲れさまです。依頼は完了ですね」
小さな袋の中で硬貨がじゃらりと鳴る。
大金ではない。けれど確かに、自分の力で稼いだ対価だった。
ふと周囲を見渡すと、逞しい武器を背負った冒険者たちが次々に依頼を受け、笑い合っていた。
彼らの成果に比べれば、俺の稼ぎは雀の涙だろう。
だが――追放され、孤独に沈むはずだった自分が、今こうして隣に仲間を得て、小さな報酬を手にしている。
それは胸を張れるほど大きくはなくとも、確かに俺の一歩だった。
「これで一歩、冒険者ですね!」
ミリアは満面の笑みを浮かべ、軽く拳を突き出す。
その仕草に思わず笑ってしまう。俺も拳を軽く合わせた。
「……ああ」
――地味でも、無駄じゃない。
そう思えたのは、この日が初めてだった。
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