第8話 新米冒険者

ギルドの掲示板には、羊皮紙の依頼がぎっしりと貼られていた。

武器を構えた冒険者たちが群れをなし、獲物を吟味する目は鋭い。


「まずは……これにしましょう!」

ミリアが指さしたのは、薬草採取の依頼だった。


「薬草……?」

思わず眉をひそめる。


「はい。初めての依頼なら、これが一番安全です!」

胸を張るミリアに、周囲の冒険者が冷笑を投げた。


「地味だな。あのハズレとお似合いじゃねえか」

「薬草取りで一日を潰すとか、子どものお使いか?」


俺は言い返す気もなく羊皮紙を手に取った。だが、その横でミリアが一歩前に出る。

「ユウタさんはハズレなんかじゃありません! 昨日だって私、ユウタさんのスキルに助けられました。魔物を倒せたのは、ユウタさんが弱点を見抜いてくれたからです!」


きっぱりと言い切る声に、冒険者たちが一瞬黙り込む。

その隙にミリアは胸を張ったまま俺を振り返り、にこりと笑った。

「だから大丈夫です。行きましょう、ユウタさん!」


……無邪気な言葉に、胸の奥が少し熱くなる。



森に入ると、じめっとした土の匂いと湿った風が肌を撫でた。

木漏れ日の下には、似たような葉を持つ草が無数に生えている。どれも同じように見えるが――。


ミリアがしゃがみこみ、葉を一枚手に取った。

「これ……ですよね?」


俺は【看破】を発動する。視界が淡く揺れ、植物の芯に光が宿るのが見えた。

だがその草の茎には、赤黒い点が脈打っている。


「いや、それは毒草だ。根に毒素が溜まってる」


「えっ……!?」

ミリアは驚いて手を離し、思わず後ずさった。


俺はその隣に生えていた草に視線を移す。

こちらは茎の中に穏やかな緑の光が流れていた。「本物の薬草は、茎に緑の光が見える。……こっちだ」


摘み取った茎を差し出すと、ミリアは目を丸くし、やがて頬を緩ませた。

「見分けつかないのに……すごい。ユウタさん、本当に見えてるんですね」


俺は黙って頷いた。【看破】のおかげで、薬草と毒草を確実に選別できた。

人には分からない細かな違いも、この目にははっきりと見える。


これが、俺にできることか。


 

束ねた薬草を袋に入れたとき、茂みがざわついた。

牙を剥いた小型の魔物が三匹、飛び出してくる。


「ユウタさん!」

ミリアが短剣を抜き、先頭の一匹に斬りかかる。だが群れは止まらない。


俺は反射的に【看破】を発動。弱点が光点となって浮かぶ。

「耳の付け根……」

剣を突き立てると、【弱点特効が発動しました】の声と同時に、魔物は内側から崩れ落ちた。


血肉が飛び散り、残るものはほとんどない。

「……また、無駄にした」

思わず落胆が漏れる。


その間にも残り二匹が迫る。

再び浮かぶ光点。二匹とも胸と後脚。

俺は息を整え、すぐに判断を変えた。


「ミリア! 胸か脚だ!それか、動きを止めるだけでもいい!」

「はい!」


ミリアは短剣を逆手に構え、素早く一匹の足を斬り払う。悲鳴を上げて動きが鈍ったところへ、俺が横から剣を叩き込む。肩口を深く裂くと、魔物は呻き声を上げて倒れ込んだ。


残りの一匹が背後に回り込もうとする。

「右から来る!」

俺の声に応じ、ミリアは跳躍して体をひねり、迅雷の速さで胸を突いた。小さな体が地面に転がり、息絶える。


倒れた魔物の体には、まだ剥ぎ取れる素材が残っていた。


「……できた」

小さく呟くと、ミリアがぱっと笑顔を見せる。

「やっぱりユウタさん、すごいです! 一緒だと、もっとやれる!」


達成感が胸に広がる。

弱点を狙わずとも戦える――しかも、二人で連携すれば確実に仕留められる。

それは、俺にとって大きな一歩だった。



夕方、ギルドに戻り、薬草と魔物の素材を差し出す。

係員は淡々と確認し、報酬の袋を手渡してきた。


「お疲れさまです。依頼は完了ですね」


小さな袋の中で硬貨がじゃらりと鳴る。

大金ではない。けれど確かに、自分の力で稼いだ対価だった。


ふと周囲を見渡すと、逞しい武器を背負った冒険者たちが次々に依頼を受け、笑い合っていた。

彼らの成果に比べれば、俺の稼ぎは雀の涙だろう。

だが――追放され、孤独に沈むはずだった自分が、今こうして隣に仲間を得て、小さな報酬を手にしている。

それは胸を張れるほど大きくはなくとも、確かに俺の一歩だった。


「これで一歩、冒険者ですね!」

ミリアは満面の笑みを浮かべ、軽く拳を突き出す。


その仕草に思わず笑ってしまう。俺も拳を軽く合わせた。

「……ああ」


――地味でも、無駄じゃない。

そう思えたのは、この日が初めてだった。

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