第7話 冒険者登録

朝の食堂はパンとスープの香りに包まれていた。

木製のテーブルに腰を下ろすと、焼きたてのパンと温かな野菜スープが運ばれてくる。

ひと息ついたところで、俺は向かいに座るミリアに問いかけた。


「なぁ……この大陸には、他にどんな国があるんだ?」


スープを掬っていた彼女は一瞬きょとんとした後、嬉しそうに頷いた。

「えっと……私が知ってる範囲ですけど」


ミリアは指を一本立てて、まずは自分たちの国を口にする。

「今いるのはカーディア王国。この国は特別で、神託に従って異世界から勇者様を召喚できるんです。勇者様は“強い魔物が現れたときに人類を守る存在”って、ずっと伝えられてきました」


次にもう一本指を立てる。

「西にあるのがグラディオス帝国。力を一番大事にする国です。強い戦士はすごく尊敬されるけど、弱い人は切り捨てられるって噂も……」

彼女の声に、ほんの少しの陰が落ちた。


さらに三本目の指。

「南にはセラフィア神聖国。光の神様を信じていて、神官様や聖騎士様がたくさんいます。とても信仰深くて、呪いや闇の力をすごく嫌うんです」


最後に四本目の指を立てる。

「北はアルケイン連邦。いくつもの都市が集まってできた国で、学者さんや職人さんが多いです。魔道具や薬、それから……えっと、難しい研究もいっぱいしてるみたいで。私はよくわかりませんけど」

照れくさそうに笑う姿は、なんだか安心する。


俺はパンを口に運びながら、その話を頭に刻んだ。

勇者を抱える王国、力を尊ぶ帝国、神を信じる神聖国、知を重んじる連邦――。

世界の広さを、少しだけ実感した気がした。


――人類の守護者、ね。

こんなハズレでも、いないよりはマシなのかもしれない。

けれど……やはりスキルが弱すぎるのか。

胸の奥に、じわりと苦いものが広がる。


しばし黙ってスープを口に運び、俺は意を決して口を開いた。

「……他の勇者って、どんな力を持ってるんだ? 有名なやつとか」


ミリアは驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに身を乗り出した。


「テルヤ・アマギ様です! 数年前に召喚された勇者様で、今でも王国の人たちから“テルヤ様”って呼ばれて慕われてるんですよ」


「テルヤ……」

日本人の名前に似た響きが、妙に耳に残った。


「テルヤ様のスキルは《聖剣顕現》って言って、手にしたものを聖なる武器に変えられるんです。木の枝だって、握った瞬間に光の剣になるんですよ!」

ミリアはスプーンを掲げて、剣を振る真似をする。


「前に、大群の魔物が村を襲ったとき……テルヤ様は道端に落ちてた木の枝を手に取って、それを聖剣に変えて戦ったんですって。村人を一人も傷つけさせずに、群れを退けたって話が広まって……王国の誰もが知ってる英雄なんです!」


彼女の金色の瞳は憧れで輝いていた。


俺は思わず手の中のパンを見下ろす。

――木の枝ですら、勇者の手にかかれば聖剣になるのか。

俺の《看破》や《弱点特効》とは比べ物にならない。

その落差に、胸の苦みはさらに深まった。



 食後、俺たちは宿を出て大通りへ足を踏み出した。

朝の街は活気に溢れている。行商人が威勢よく声を上げ、荷馬車の音が石畳に響く。露店の香ばしい匂いが風に乗り、目を覚ました街が大きな息をしているようだった。


「まずは……冒険者登録ですね!」

ミリアが胸を張る。

「依頼を受けるにも、素材を売るにも、冒険者ギルドに登録しないと始まりませんから」


歩いて十分ほどで、石造りの大きな建物にたどり着いた。扉の上には二本の剣を交差させた紋章。中に入ると、ざわめきと熱気が押し寄せる。

武装した男や女が談笑し、掲示板には羊皮紙の依頼書がずらりと貼られていた。


「ここが……冒険者ギルドか」

思わず呟く。人々の活気に圧倒されながらも、胸の奥に小さな高揚が芽生える。


受付には制服姿の女性が並び、冒険者たちとやり取りをしていた。俺とミリアは列に並び、順番を待つ。


やがて俺たちの番が来る。

「お二人、登録ですね?」

応対に出た若い女性が柔らかく笑みを浮かべる。


ミリアが元気よく頷いた。

「はい! 私、ミリア・エレクトです!」


差し出された羊皮紙に名前を書き、スキルを記入する。

続いて俺にも用紙が渡された。手にしたペン先が一瞬止まる。


――ただのハズレ。

そんな言葉が頭をよぎる。


それでも、震える手で書き込んだ。

ユウタ・タカシナ/スキル:《看破》《弱点特効》《構造理解》


受付の女性が目を通す。笑みは崩れないが、眉がわずかに動いたのを俺は見逃さなかった。


「ありがとうございます。では、簡単な能力測定を行いますので、奥の部屋へどうぞ」


案内される廊下を進みながら、背中に人々の視線を感じる。

その中にあったのは期待でも憧れでもなく――好奇の色だった。


俺は唇を噛み、拳を握りしめた。

「……見返してやる」

心の奥底で、そう呟かずにはいられなかった。


奥の部屋に入ると、中央に水晶玉のようなものが鎮座していた。

淡い光を放ち、近づくと皮膚がじりじりと熱を帯びる。


「この測定器に手を置いてください」

係員の男が淡々と告げる。


ミリアが先に進み出て、両手をそっと水晶に当てた。

瞬間、鮮やかな雷光が玉の中を走り抜ける。


「スキル:《迅雷》《跳躍》。数値……平均を大きく上回っている。素早さ特化型だな」

係員が読み上げると、部屋の隅で控えていた冒険者たちから小さなどよめきが上がった。


「おお、あの子なかなかやるな」

「若いのにもう実戦級か」


ミリアは頬を赤らめながらも、得意げにこちらを振り返った。


「次はあなたです」


俺は無言で前に出る。水晶に手を置くと、淡い光がふっと広がり、やや頼りなげに揺らめいた。


係員が眉をひそめ、冷ややかな声を放った。

「スキル:《看破》《弱点特効》《構造理解》。……数値は平均よりやや下。勇者召喚で多少底上げはされているようだが、実戦では……苦しいだろうな」


背後で誰かが鼻で笑った。

「おいあいつ噂のハズレ勇者かよ」

「勇者召喚でその程度か」

「派手さもねぇし、相方がかわいそうだな」


言葉は刃物のように突き刺さる。

俺は唇を噛みしめ、水晶に置いた手を握りしめた。


「……はい、登録は完了です」

係員の事務的な声が響く。だがその目には、もう興味すら残っていなかった。


ミリアが小さく拳を握り、俺の腕を引いた。

「ユウタさん……数値なんて全てじゃありません。私は知ってますよ。ユウタさんの力が、すごく役に立つって」


その声に救われるように、俺はうなずいた。

だが胸の奥では、静かな炎が燃え始めていた。


――ハズレ? なら証明してやる。

この力が、ただの無駄じゃないってことを。

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