第5話 渡橋
翌日、森を抜けて細い山道を進むと、やがて小川が行く手を遮った。せせらぎは穏やかだが、幅は大人が数歩で渡れるほどあり、水量も多い。掛けられているのは一本の木橋。黒ずんだ板が並び、ところどころに苔が生えている。
「ここを渡れば、街道はもうすぐです!」
ミリアが嬉しそうに声を上げ、一歩踏み出そうとする。
「待て」
俺は思わず彼女の腕を掴んだ。近づいてみれば、板の一部はひび割れて沈み、釘も錆びて浮き上がっている。足をかけるたびに、ぎしりと不吉な音が響き、下を覗けば川は想像以上に速く流れていた。落ちればただでは済まない。
「走れば大丈夫ですよ、きっと!」
ミリアは軽い調子で笑ったが、俺の目には危険しか映らなかった。
無意識に視界の端に意識を寄せる。世界がかすかに軋み、橋の輪郭が歪んで見えた。木目の流れ、腐食の具合、力の逃げる方向。情報が糸のようにつながり、答えを導き出す。
【構造理解が発動しました】。
「……ここだ。この板は踏むな。手すりに体重を預けて、こっちの板を伝って進め」
俺は指で順路を示した。
ミリアはきょとんとした顔をし、やがて頷いた。軽い体を弾ませ、指示された板だけを選んで進む。ショートマントがひらひらと揺れ、軽剣士らしい身のこなしであっという間に向こう岸へ。
「すごいです! 本当に崩れなかった!」
振り返る瞳が輝いている。
俺も慎重に足を運び、橋を渡り切った。背中に冷たい汗が流れる。
「戦う以外でも……少しは役に立つらしい」
自嘲混じりに言うと、ミリアは真っ直ぐに首を振った。
「役立つどころじゃありません。ユウタさんがいなかったら、私はきっと落ちてました」
普段は柔らかな雰囲気の彼女が、この時ばかりは真剣な表情だった。胸の奥に小さな熱が宿る。
◆
昼を過ぎ、丘を越えると、灰色の城壁が視界に入った。遠くに見える街は、日の光を浴びて輪郭を浮かび上がらせている。
「見えました! あれが街です!」
振り返ったミリアの銀髪が光に輝き、金色の瞳が嬉しそうに細められる。
「……やっと、か」
思わず呟いた。
城壁の向こうからは鐘の音がかすかに響き、煙突から細い煙が立ち上っている。人の声や家畜の鳴き声までが風に乗って届き、胸の奥にあたたかな安堵が広がった。
孤独に押し潰されかけていた俺の旅路。けれど今は、隣に一人の少女がいる。
その事実が、思っていた以上に大きかった。
「ミリア」
俺は言葉を探し、少し迷ってから口を開いた。
「……ありがとう。お前がいてくれて、本当に助かった」
彼女は一瞬目を瞬かせ、頬にほんのり赤みを差す。
「そ、そんな……! 私こそユウタさんに守ってもらって……」
言いながら、照れくさそうに視線を逸らし、小さくはにかんだ笑みを浮かべる。
その仕草に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
「……でも!」
ミリアは慌てて胸を張り、照れ隠しのように声を上げた。
「まだ着いてませんよ! 油断禁物です!」
その言葉に、思わず口元が緩む。
俺たちは並んで歩き出した。丘の向こうに広がる街へ、一歩ずつ。
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