反撃
森の魔物を討伐したのもつかの間、アーヴァンスの突然の凶弾により絶体絶命に追い詰められたメルト。
ルノの安全の保証を条件に、死を覚悟したが、ルノの叫びによって再起したのだった。
「おおう! いい、いいなァ!」
「黙って戦えハゲロン毛!」
「ハゲでロン毛は意味がわかんねぇよォ!」
戦いは熾烈を極めていた。アーヴァンスが銃弾を一発撃ち込むと、メルトはそれを鎌で両断、続く炎を回避し、翼を生やし空へと飛ぶ。そして、小さな分身を適度に生成し、アーヴァンスを挟み込む形で鎌を縦横に振り下ろす。
アーヴァンスは分身体を銃弾一発で崩壊させると、銃弾をもう一発放ち、鎌の軌道をそらしつつ、メルト本体への攻撃を狙っていた。
彼の銃の装填数は六。現在残り三発。メルトは吸血鬼の視力により、そのシリンダーを目視していた。
「!」
そして、また分身。今度は分身体を森へと潜ませる。
「分身したら弱くなるってのに、そんなバンバンしちまっていいのかァ!」
「さっき血を吸ったからね! パワーが段違いなんだよ!」
メルトは血で更に武器を作り出す。
作り出したのは大量の小さな球だった。
「シュート!」
掛け声と共に球は血の弾丸となってアーヴァンスに降り注ぐ。
「てめェ!」
アーヴァンスは木々を壁に利用し、さらに炎の壁で回避、そして、ギリギリ避け切れそうになかったものに弾丸を一発放つ。
「まだまだー!」
メルトはその隙を逃さず、急降下する。アーヴァンスはまた弾丸を一発放つ。
メルトは血の鎌を回転させることで、盾を作り銃弾を防ぐ。
そして、後ろから森に潜ませていた分身をけしかける。
「小賢しいなァてめェ!」
アーヴァンスが分身に銃弾を一発放つ。分身は破裂し、血が弾ける。
アーヴァンスはそれを被っても気にすることがない。だが、これで六発。
「おらー! それで六だー!」
「なッ!」
メルトは六発の銃弾、それを全て撃ちきったことを確認し、そのまま鎌を振りかぶる。
「くそがァ…………!」
アーヴァンスはそのまま血の鎌で切られる。はずだった。
「銃が一つなら、上手くいったなァ!」
「ッ!」
アーヴァンスが懐からもう一つの銃をとりだす。先程まで使っていたものと同じもののようだ。
つまり、また六発。
メルトは咄嗟に防御の姿勢をとり、血の鎌を平たい壁のように広げる。
アーヴァンスはそれに六発を一気に撃ち込む。その凄みは早業だけではない。全てが同じところに撃ち込まれている。
銃弾一発ごとが別の場所に打ち込まれたなら無傷であったろう血の盾が、すぐにパリンと音をたてて割れた。
「ずっと隠してたなんて、性格悪っ!」
「勝つためにやることに性格もくそもあるかよォ!」
驚くべきことに、アーヴァンスは六発を片手で撃ち込みながら、一丁目に弾丸を込めていた。
そして、血の盾が割れたのを見計らって弾をさらに撃ち込む。
「おらァ! 『
「――あァ!?」
だが、弾は撃ち込まれなかった。否、撃てなかった。
「ジャムったァ……!?」
原因はいくつかある。ひとつは、こちらの銃は雷の導線として弾丸を放った時、微量の魔力と電気に当てられていたこと、もう一つは……
「血が固まっていやがるゥ……!」
そう、分身を撃ち、その時に跳ねた血。アーヴァンスが避けることなく被ったものだ。
それが銃口の奥に入り込み、発射を阻害していたのだ。
「血を操る種族なんだからさー! もっと血を警戒しろっての!」
「ッ!!!」
そして、そのままアーヴァンスは鎌の振り下ろしを食らう。
真っ二つにはならなかったが、体の右肩から左下にかけて、大きく、斜めに深く切り込まれた。
「ぐはッ!」
「カスロン毛! ダウン!」
そのままアーヴァンスは仰向けに倒れる。血が溢れ、そのままでいれば失血死することは誰でもわかった。
「……あァ、負けだ。負け。完敗だァ」
力なく倒れるアーヴァンスに、メルトが近づく。そして、最後の慈悲か、鎌を振り下ろそうとした時だった。
「……待ってメルトさん!」
ルノが血だまりに横たわるアーヴァンスの前に立ち、大量の血を見て悪くなった気分を押し殺すほどに大きな声を出す。
「なんで? 命をかけた戦いに負けたんだから、死んで当然でしょ?」
メルトのこの、冷酷で命の価値感が人とは異なる感覚、しかしそれが無意識でなく、おそらくそうなる背景があったであろう感覚、それをまた見ることとなったことに心臓を冷水につけられたかのような感覚になりながら、ルノは続けた。
「ぼく、まだアーヴァンスさんの生きる目的を聞いてない」
それを聞いたメルトはあっけにとられる。思わず鎌を握る手の力が抜けるほどに。
「こんな奴のも聞くっていうの?」
「うん。だって生きてるもん」
「悪い人でも、そこは変わらないよ」
ルノは濃紺の瞳を見開き、メルトとアーヴァンスを交互に見詰めた。
メルトはその瞳を見て、説得できるほどにルノの覚悟は揺らぐものではない、大岩のように思え、仕方なくアーヴァンスを会話できる程度まで止血した。
アーヴァンスにとって、その瞳はまるで、なにもかも見透かしたある種の神に近い一瞥にも思えた。天から降り注ぐ平等なその視線。
――吐き気がする。
自分のつかめなかった未来を見ているような、後ろを気にして現在地にとらわれた自分とはまるで違う瞳だ。
「あァ、生きる目的な、教えてやるよォ」
だからこそ、これは善意ではない。これは複雑で解きようのない悪意だ。
「俺はな、ヒトの命を終わらせることが快感なんだよ」
「……」
ルノもメルトも口をつぐんでいる。
アーヴァンスは天を仰ぎながら、そんな二人には目もくれない。
「どうして?」
静寂の中、ルノがアーヴァンスをまた見つめる。
「なんでころすことがアーヴァンスさんにとっていいことなの」
アーヴァンスはそれを聞くとどこか嬉しそうに首をルノに傾け、ルノと目を合わせる。
「それは言えねぇなァ。誰もかれもがよォ。人にやさしいわけじゃねぇんだよォ」
アーヴァンスはこれきり、一切の口を開かなかった。
◆
現在は体力切れしたアーヴァンスをメルトの血で縛りつつ、洞窟が満潮で通れないため、夜を越す準備をしていた。
「もう、あのままでいいんだよね」
「そうだね。眷属化、とはちょっと違うけど、うちの血を多めに輸血したから、うちらに関しての口外はできないし、敵対行動も本能的にできないよ」
「そっか……」
アーヴァンスの生きる目的、それは他者の命を奪うという残虐なものだった。
その結論だけを語り、過去について語らなかったことにより、ルノはこれまで得た「生きる目的」とは違う異質さに正面から、何もわからないヒントもない状態で向かい合うこととなってしまった。
「ルノくん」
「どうしたの? メルトさん」
メルトは湖の横で、焚火用の枯れ枝に火をつけながら、俯いている。
「うち、いろいろ隠してたでしょ? まだ、まだ全部は話せないけど、話さなきゃって」
「うん」
ルノは持ってきていた布を敷くと、そこにちょこんと座った。メルトもその横に座る。夜空の星が二人を照らしている。
「これは、なんとなくわかってたかもしれないけど、うちはね、吸血鬼狩りにずっと追われてるの」
「うん。吸血鬼だもんね」
「そう、それで、カヴァロの洞窟であったときも、ちょっと失敗して吸血鬼狩りに追われてたところからなんとか逃げ切ったところだったんだ」
「うん」
メルトはゆっくりと、呼吸音が聞こえるほどに静かな夜の中で、それに溶けてしまいそうなくらいの落ち着いた声で話している。
「きみにあったときも、なにかピンときたのもあったんだけど、最初は興味とか、血が目的だったの」
「血を吸わせてって言ってきたもんね」
ルノが返すと、メルトは軽く微笑む。
「それで、きみに生きる目的を探しなよなんて言って連れ出して、アーカスとかはなんだか二人旅って楽しくて、追われてることも忘れちゃうくらいはしゃいじゃって」
「アーカスを出たときにレクスから吸血鬼狩りが動いてるって聞いたり、トレビオでユミアちゃんにあったりして、あいつらが思ったよりも組織として動いてるって気づいた」
ハンスの言っていた通り、ユミアは吸血鬼狩りだ。アーヴァンスが吸血鬼狩りと自身を明言したわけではないが、聞いた通りの十字を象るアイテムに、銀を使う武器。ルノの疑念が確信へと変わっていた。
メルトはまだ続ける。
「不安にさせたくなくて、離れたくなくて、ひとまず安全に近いユンデネに行こうっていったんだ」
ルノは、ユンデネに行こうとしていたメルトの行動がいつもの奔放からくるものではないと知り、服のすそを強く握った。
「お金使いすぎちゃってフラレスに来ることになって……しかもうちじゃなくて、ルノくんを一人にするところで」
「でも、うちは、生きていたい。ルノくんと旅がしたい」
メルトは目元から涙を流していた。
まだすべてを語る覚悟がない、その中でも見せた弱み、それはメルトにとって重要な秘密のひとつだった。
「まだ、これくらいしか、話す勇気はないの。ごめんね。でも、ちょっとずつ、頑張るから」
「……うん、待ってる」
ルノはその秘密については、メルトが話すのを待つことにした。
しかし、それ以外の問題については、考えなくてはならない。
「じゃあ、お金がもらえたら、ユンデネに行くの?」
「うん……あそこにはうちが知りたいことがあるはずから、それも逃げるのに役立つかもしれないの」
メルトはそう言って、焚火に枝をくべた。
「わかった。じゃあとりあえず、エルネさんのとこに行かないとね」
「そうだね……!」
メルトはだんだんといつも通りの彼女へと戻っていく。
「あと、ひとつ言わなきゃいけないことがあって」
ルノは気まずそうに指をいじりながら、メルトに言った。
「んー? なーに?」
「あの、さっきは怒鳴っちゃってごめんなさい」
あまりにルノがもじもじするので、メルトはどんな言葉が出るのかと身構えていたが、予想外の言葉に思わず噴き出した。
「なんでわらうの!」
「いや、いいんだって、それに、うちもごめんなさい。隠し事ばかりだし、頼りないとこもあるけどよろしくね」
「旅に連れ出した責任はとったげるから!」
メルトはルノの手をぎゅっと握った。
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