第四話 「今日はボクのモノ」

とある日、まだ夜は続く。


あの「自称、強い魔女」から襲われた翌日……

珍しく双子の片方…ストレート髪の弟、樂(がく)が一人で起きていて、窓の景色を見ていた。


珍しい事もあるもんだなぁと思ってワタシも起き上がり、ベッドから降りると、樂はワタシに気づいて、コソコソと忍び足で、ワタシに近寄って、耳を貸してほしいジェスチャーをされたので、耳を貸そうと樂に近寄った瞬間…………


「んぐっっ!?」

「よし、捕まえたっ」


いきなり樂に手で口を塞がれ、

そのまま身体を姫抱きで持ち上げられて、

部屋の外へ連れ去られた。


急な事に驚くワタシを見て、

まるで「これから悪い事をする子供」のような笑顔で「ハハハッ」笑い、ワタシを持ち上げたまま、廃墟のアパートの外から出た。


そこでワタシはやっと、口元にあった手を離され、喋れるようになったから、突然の行動をした樂に訳を聞いた。


「もぉっ!?急に何するのっ!?」

「ふぅ…楽(らく)兄さんって少しの小さな音でも気づくから、こっそり抜け出すの大変だったなぁ〜」

「いやっ、そうじゃなくてっ!」

「………マリア。」


姫抱きしていたワタシを下ろし、両手を握る樂。

そして、樂は嬉しそうにワタシの事を見つめる。


「…な、何?」


なんだろう……と思って樂の目を見る。

そうすると、目が合ったのが更に嬉しかったのか、手を握ったまま、ワタシの目を合わせたまま、

無邪気な子供のように笑顔になる。


「……今日はボクのモノだよ、マリア♡」


そう言われた瞬間、すぐに樂はワタシの手を引っ張り、走って廃墟のアパートを離れる。


そして走って駆けていく森の中。

樂は嬉しそうにワタシの手を強く握り、

「マリアとデ〜ト!デ〜トっ!」と言いながら、

嬉しそうに街へ向かう。


ワタシはその力に引っ張られ、

着いて行く事しか出来なかった。


「えっ!ちょっっ!どこに行くのっ!?」

「スイートタウンでデート!美味しいもの食べよ?」

「でも今ってお店が閉まってるんじゃ……」

「ううん、空いてるお店はまだある。そこに行こ?」


樂は嬉しそうにワタシの事を見ながら、微笑む。


その笑顔は無邪気な子供のようにも見えるが、

成人した優しい笑顔をする大人のようにも見える。


ワタシはその笑顔に少し釣られ、微笑んでしまう。


「う、うん。」

「あっ!最初はここに行きたいの、えっとお店のチラシ、チラシ……」

「ちょっ、街に着いてからね?」

「は〜い」


今日は「樂の日」なのだろう。

たまにはこういう日も悪くないのかもしれない。


ワタシはそのまま樂に大人しく着いて行った……




街に着くと、前より人はもっと少なくなっていた。

ここまで来ると、ここも廃墟みたいに人が居なくなりそう……


この街はいつも賑やかで愉快だったから、

少しというか、かなり寂しさを感じる。


ワタシは街をキョロキョロと見渡していると、

樂は嬉しそうに「とあるお店」に指を向ける。


それは……


「マリア!あれ食べよっ!」

「……アイスクリーム屋さん?」


あれ、アイスって他のお店では食材的に売るのが難しくて、閉めてるお店があったような……ここは開いてるのか。


「そっか、ジェラートとか、フルーツ系じゃなければ売れるのか…!」

「ん?何の話〜?」

「……樂はあんまり気にしないもんね。」


そんな珍しい事もあるんだと思った、

あれっ?でも、ここはお金での取り引きのお店だ…

ワタシ…今、お金なんて持ってないよ……???


「あのさ、こ、ここっ…お金での取り引きするお店だからやめとこう?」

「えっ……マリアはお金ないの?」

「ないよ、全部…教会に置いてったからね。」


ついでに燃やされたらしいから、本当に全部無い。

しかし、それを聞いても樂は普通の顔で、

関係なしにお店の扉に手をかける。


「ふ〜ん、じゃ入ろ?」

「いやっ!?話聞いてた?ワタシ、お金ないって言ったよねっ???」

「ボクはあるよ。」


いやっ、どこでお金なんて手に入れてるの!?

この双子はお金なんてないように見える……だってあんなボロッッボロッの廃墟のアパートに住んでるんだもの!!そんな場所に住んでるのに、お、お金はあるのか!?


樂の言葉の意図が掴めず、

ワタシは慌てて「やめる」ように説得する。


「どこで!?ダメダメ!!別のお店に行っ……


……くぅっ!?」

「ねぇねぇマリア〜、あのアイスが食べたいなぁ…ダメ?ダメなの?マリア〜?いいよね?いいでしょ〜?」


出たっ!!この双子特有のキラキラうるうるおめめ上目使い攻撃っ!!これに弱いワタシもワタシだ。


……そっ、そこまで言うなら…っ


「はぁっっ!!!くぅぅっ…ほ…本当にお金はあるの??」

「あるよ、楽兄さんと稼いでるからね。」

「えっ?」

「じゃ入ろ〜」

「ちょっ、待ってっ!


……本当にあるのかなぁ?」


稼いでるって、どこで、何をして、どうやって?

分からなすぎる状況になりつつ、

ワタシは樂に「怪しい…」という目をしつつ、

アイスクリームのお店に入る。


中はアイスクリームの甘い匂いと、豪華な店飾り。

うん…高いお店だ、ここ…お金持ちが来るお店だ…。


ワタシは(どうしよう…)と困っていると、

樂はそんな事も、何も気にせず、

アイスを無邪気に嬉しそうに見ていた。


「…樂、本当にお金はあっ……」

「マリア、ボク、これがいい!」


それは高級なチョコレートアイス。

やっぱり樂はチョコレートが好きなのだと思ったが、値段を見てワタシはびっくりして動けなくなる。


「っ!?こ、これっ、一個数十万円以上しない?」

「これがいい!」

「いやっ…え、えっ?」

「マリアは何にする?」


本当にお金あるんでしょうね……??

まぁ、来たからには美味しいアイスは食べたいよね…ワタシは香りの強いバニラクリームのアイスを選ぶ。


「えっ…ワ、ワタシは……これ。」

「お、マリアのも美味しそうだね、じゃこれで。」

「はい」

「ひぇっ!?札束っ!?ほ、ほっ、本当にお金あるんだ…っ!?」

「うん、あるって言ったもん。」


てかどこから出たの?その札束??

いつ持ってた?どこに隠してた??

あのボロボロ廃墟の部屋のどこに隠してた??

わ、分からない…本当にっ…本当に理解出来ないっ!!!


けどっ、ア、アイスは食べたいっ…

くぅっ…しょうがない、後で聞いてみよう…。


ワタシと樂はアイスを買い、

お店の中で食べれるスペースがあるとの事で、

そこに入ると、人は居なかった。

そりゃそうか、今は人間も怪物たちも家の中で大人しく残ってるお菓子を食べるしかないもんね。


こんな高いアイスを食べるのは初めてだ。

数十万円するアイスなんて存在してたのか…???


ワタシが「どうしよう…」と食べないでいると、

樂はそんなワタシを見て、クスッと笑う。


「マリアってこういうの慣れてない?」

「えっ、ま、まぁ…こんな高いお店、連れってもらった事も、ワタシからも行った事ないし……」

「……じゃ、ボクとが初めて?」

「うーん、かもね?」

「ふぅ〜ん…」


樂は満更でもない顔で、

でも嬉しそうな顔をして、

チョコレートアイスをもぐもぐと食べていた。


「な、何?」

「ううん、マリアって可愛いなぁって……」

「ん?何故急にそんな事をっ……あぁっ!?」

「隙ありっ!


……うん、バニラも美味しい。」


樂は悪い事をした子供のような顔をする。

ほんと、油断の隙もない子だなぁ。


「もぉ…樂ったら…。」

「っ!!!」


ん?樂がビクッて凄い反応をした。

ワタシは気にせずバニラクリームアイス食べようとするが、樂はその手を止めようと、ワタシの手を握った。


なんならワタシの両手を樂の両手で包み込み、何事かと思って樂の方を見ると、樂は目をキラキラ輝かせ、無邪気に喜んで、ワタシの目を見て、ギュッと力を更に力を入れて、顔を近づけてきた。


本当になんだ……っ?


「ど、どうしっ……」

「ねぇっ!今…マリア、ボクの名前呼んだ?」

「えっっ?」

「樂って、呼んだ?」


そういえば、双子の事……

……名前で呼んであげた事、ないかも。


「…………うん、呼んだかも。」

「っ!!もう一回、呼んで?マリア?」

「が、樂?」

「うんっ、もう一回!」

「樂??」

「わぁっ…!マリア!もう一回!」

「が、樂……っ」

「わぁっ…嬉しいぃ…っ!!」


樂は本当に熱く甘く輝いて、

嬉しそうにワタシの手に顔をスリスリしてきた。


その熱でアイスが溶けそうなぐらい、

今の樂の体温は熱かった。

そ、そんなに体温が上がるぐらい、嬉しいのかな?


……これはこれで可愛いかも。


「樂?」

「うんっ?」

「樂、いつもありがとう。」

「わぁっ……!?」

「樂と楽のお陰で、ワタシは生きてるから…本当にありがとう。そうだ、今度…楽にもお礼を言わないとね。」

「……えへへっ、そうだね…。んふっ、嬉しい…っ!マリアもありがとう……


………………ここまで生きてくれて。」

「…うん、どういたしまして。」


樂の言葉の含み、なんか感情の深さを感じた…

…気のせいだろうか?


ワタシは樂のチョコレートのアイスも気になったから、隙をついてパクッと食べてみた。

あ、意外と苦くて美味しい…


樂はそれを見て「あっ…」と驚く。


それを見て、ワタシは悪い顔でニコッと笑う。


「隙ありっ!ふふっ、なんてね。」

「っ!!」


そんなワタシを見た樂は顔を真っ赤にして、

チョコレートアイスを食べ進める。


ふふっ、樂ってこんな反応するんだ……可愛い。


けど、ワタシにやり返されたのが気に入ったのか、

樂は「ふふんっ」と子供のように嬉しそうに笑う。


「マリアもそういう事するの?お互い様だねぇ〜。」

「ふふっ、だね。あ、樂のアイス美味しかった…チョコレートってこんなに味がお店によって変わるんだ……」

「ここは良いカカオを使ってるもん、


まぁ……楽兄さんは好きじゃないらしいけど。」

「えっ、そうなの?」

「楽兄さん、そもそも高いお店好きじゃないから…。」

「へ、へぇ…っ!?知らなかった…!」

「あと、楽兄さんはお金が好きじゃないから…でもボクが欲しいから稼ぐの手伝ってもらってる。ボクはお金があればこういう美味しいものが食べれるから好きだけどね。」


……それは、意外かも。

この双子は全くもって全部が似ているから…つい、好きな物も嫌いな物も考え方の傾向も、全部一緒かと思った。


「……意外だなぁ」

「そうかな?ボクたちは当たり前だけど……」

「…それは、他の人から見たら違うよ。」

「そっか、確かにお姉さんとお兄さんにもそう言われたかも。「二人はいつも選ぶチョコレートの味の系統が違うね」って言ってた。」

「え、例えば?」

「えっと……ボクはほろ苦いとか、凄くカカオの強くて苦い方が好きで…そこにまろやかさがあったら、好んで食べるけど……


……楽兄さんは甘かったりあまじょっぱいとか、てか、とにかく砂糖とかクリーム感のある甘いやつじゃないと食べないかなぁ…だから、ここのチョコレートアイスはカカオが強くて苦いから好きじゃないって言ってたよ。」

「へ、へぇ〜。」


それも意外すぎる、

でも確かにここのチョコレートアイスは苦かった。


…双子だからって、全部が同じ訳じゃないんだ。

この双子はそれぞれ、ちゃんと生きてるのを感じる。


楽はまだ分からないけど……


……樂は苦いのが好きで、甘え上手で、ちょっと悪戯っ子で、マイペースで…まるで「双子の弟」って感じがする。

これが弟かぁ…本当に楽と仲良く生きてたんだなぁ。


こうして見ると、樂は弟として上の子として兄の楽をよく見て、その分、のんびりマイペースに生きてるのを感じる。楽の気持ちとか、考え方を尊重した上で、自分の考えもしっかり持ってる…


意外と樂はしっかりしてるんだなぁ……と思った。


楽はまだ分からない事が多いけど、

今は「樂の日」だから、樂との時間を楽しもう。


「……ねぇ、マリア?」

「ん?」

「もう一口食べたいな〜?ダメっ?」

「…………ふふっ、ほんと、甘え上手だね…いいよ。」


ワタシはアイスが乗っている皿を樂の方に寄せてあげた、がっ……


「どうぞ……って、えっ?」

「あ〜んっ」


樂は口を開けて、ワタシの目を見ていた。

え、なんだなんだ??


「えっ?ええっ?」

「…マリア、あ〜んっして!」

「はぁっ!!そ、そういう事っ…!?」


これは本当の「甘え上手」って感じはする…っ!


あーんしてっ!なんて初めて言われたよ…。

どうしたものか…どうしたらいいんだ……???


「マリア〜〜っ」

「あっ!?えっとっ…は、はーいっ!どうぞっ!」

「んぐっ!?」


ワタシは分からないまま咄嗟に、

大量にスプーンで掬ったバニラアイスを、

樂の口からはみ出るぐらいの量を口に入れた。


樂は驚きながらも口から垂れるバニラアイスを自身の舌で掬って舐めながら、食べた。


その姿にワタシは(大丈夫だったかなぁ……)と、

思いながらボーッと見ていると、

樂はそんなワタシを見て、ニヤッと笑った。


「マリアのえっち♡」

「えっ!?はぁっ!?何がっ!?」

「マリアったら、えっちえっち〜♡」


樂は一体、何を言い出すのだ……???

何が、何をもってそう言うのか、

ワタシは理解出来なかった。


だからこそニヤニヤと笑う樂を見て、

ワタシは少しムッとした。


「ちょっ!樂っ!説明しっ……」

「はい、マリア?」

「えっ?」

「あ〜んっ」


樂はスプーンに大量に乗ったチョコレートアイスをワタシに向けてきた。

ワ、ワタシもあーんされるって事?


いやっ、量が凄いなっ!?

そんな量、食べれるかな…と思いながら頑張って大きな口でパクッと食べてみた。


うん、やっぱり口の周りにこぼれてしまった。

ワタシは近くに拭き物がないか探していた。


そうすると、樂はワタシに近寄り……


「んっ、美味しい。」

「っ!!??」


ガタッとワタシは席を立った。

何故か?と言うと、

樂がワタシの口の周りをペロッと舐めてきたのだ。


突然の事にびっくりして動けないワタシに、

樂はワタシの手を掴み、その手を樂の頬に当てた。


「そんな慣れてないような、初々しい反応して……


……マリアは本当に可愛いね♡」


樂の表情は嬉しそうな恍惚な笑みをする。

その瞳にはワタシしか映ってないのが見えた。


樂を可愛いなんて思うんじゃなかった、

これは可愛いとは言えない……っ!


「っっ!!もうっ!やめなさいっ!」

「ちぇっ…はーい。」


ワタシがそう言うと、

樂は素直にチョコレートアイスを口に含む。


本当に…この双子には敵わないなぁ。


ワタシと樂はそのままアイスを無言で食べ進めた。


そういえば、楽はお金とか苦いのが嫌いって、

知らなかったなぁ…

そもそも、この双子の事をよく分かってなかった。


のに、数日間は一緒に居られた……


……それも不思議だと感じる。

樂はお金も苦いのも好き…何か理由はあるのだろうか?いや、味は本人の好みだろうけど…お金が好き、かぁ……ワタシはお金が無くてもあっても、特に気にした事はないが、樂は何か事情があるのだろうか?


ワタシは樂の事をじーーっと見つめていると、

樂はその視線に気づき、クスッと笑う。


「なぁに?マリア?」

「ううん…いや、樂ってなんでお金が好きなの?」

「ん?うーん…なんでも手に入るから、とか?」


ふむ?あー、それは…確かに、当たり前な事か。

納得はするけど、樂はそんなお金を何処から手に入れてるのか……気になるっ!


「そのお金って何処で手に入れてるの?」

「楽兄さんと大道芸で稼いでる。」

「えっ!?そんな事してたの!?」

「昔、お姉さんに「お金が欲しい」ってボクが相談したら……


……「樂は器用だから大道芸で稼げるよ」って言われて……ボク一人でやるのは嫌だったから、楽兄さんを誘ってさ?で、楽兄さんは最初は嫌がってたけど、大道芸をやる内に楽しくなったみたいで、

今はボクの為に一緒にやってくれてるよ。」


そ、そんな経由があったんだ……っ!?

楽はそれも嫌がったのかぁ…何か理由はありそう。


それにしても樂は器用なんだ…楽は不器用なのかな?あんなに双子一緒に仲良く器用に一つのチェーンソー振り回してるのに、意外だなぁ。


その意外性にワタシは驚き、納得した。


「そ、そうなんだ……!」

「うん、あとは聞きたい事ある?」

「うーん、じゃ、楽の事を聞きたいかな……」


樂なら弟だし色々知ってそう、と思ったワタシはそう言うと、樂は不思議そうな顔をした。


「ん?それは楽兄さん本人に聞いたら?楽兄さんもきっと、マリアとデートしたいって言うだろうし。」


あっ、確かにそうかも…っ

楽もデートしたいって思うのか…そりゃそうか…

ワタシはこの双子に執着されてるし…

…樂がデートしたいなら、楽もしたいよね。

それは考えてなかったなぁ。


「えっ、そっ……そっかぁっ…!分かった、そうするね、ありがとう、樂。」

「うん。」


樂はそう言うと、チョコレートアイスを食べ終えてた。ワ、ワタシも食べ終えないと……っ!


ワタシは冷たいバニラアイスを口の中へ早く早くと大量に含むと、キーーーーーーンッと頭が痛む。


「いっっ!!」

「ハハハッ、マリアったら急がなくていいよ。」

「う、うぅっ……」

「マリアは本当に可愛いなぁ……よしよししちゃお♡」


樂は嬉しそうにワタシの頭を撫でる。

こんな事で撫でられるなんて思わなかった、は、恥ずかしいっ!!!


「そっ、そこまでしなくてもっ!」

「いいからゆっくり食べなよ〜」

「うっ…うぅっ…ありがとう…。」

「んふふっ…」


樂は嬉しそうにワタシの事を見つめる。

そんなに見つめられたら、し、視線が気になって食べれない…っ!


けど、樂が幸せそうにしているから、

まぁ…いいのかなぁ、とも思い、諦める事にした。


けど、その視線は段々、寂しい感情を向けられているのを感じた。


「マリア……………ちゃん……」

「んっ?樂??」

「はっ!……なっ、なんでもない。」

「???」

「…………。」


樂は視線を逸らし、

アイスのない空っぽの容器を見つめる。


ワタシ、何かしたかな……?


樂の言った言葉は聞こえなかった。

が、樂は何を伝えたかったのかな?


……まだ、お互いの事は分からないままだなぁ。


そう思いながらワタシは静かに溶けていくバニラアイスを食べる。


アイス、美味しいなぁ…


樂、急に元気なくなっちゃった。

けど、樂はワタシがアイスの皿を持っている手を指でなぞるように触ってきた。


手首から手の甲、

そこから親指、人差し指、中指、薬指、小指、

そして手の横を触り、そのまま、また手首を触る。


ちょっとくすぐったいな……


ワタシはチラッと樂を見ると、凄く驚いた。

一瞬、アイスが溶けるんじゃないかってぐらい、

ワタシの感情が熱くなる。


樂は、ワタシの事を、真っ直ぐ見ていた。

いつもみたいな無邪気な子供な目だったり、

うるうるしてる訳でもない、光のない目じゃない。


樂はワタシの事を、

ワタシ自身をしっかり見ていた。


その目を見て動けなくなり、アイスを落としそうになる瞬間、樂は器用にワタシの手首からサラッと指を動かして落ちそうなアイスの皿を持つ。


固まるワタシ見て、樂はいつもの笑顔をする。


「ごめんね、怖かった?」

「……こ、怖くないよ。」


あまりの真っ直ぐな目をされたワタシは、今も動けないでいた。それを見ていた樂は片方に持っていたアイスのスプーンを手に取り、アイスを食べ始めた。


「えっ、が、樂っ?」

「次のお店、早く行きたいから。」

「あ、うん……ごめん、ありがとう。」

「ん。」


キーンってしないのか?というぐらい早いスピードでバニラアイスを平らげる樂。


「ごちそうさまです」

「ごちそうさま………じゃ行こっ……かっ……?」

「ん?マリア??」


樂が食べている間に少しだけ動けるようになった、と思い、食べ終えたから歩こうとしたが、足は力が入らない。そ、そんなにワタシ……感情を動かされた?


「どうしたの?力入んない?」

「か、かもっ…」

「そっか、じゃマリアは皿持ってて。」

「え、え……っ!?が、樂っ!?」


ワタシはお皿を持つと、

樂はそのままワタシをお姫様抱っこする。


いや、これ普通に恥ずかしいっっっ!!!!!


けど動けないのはしょうがない……

……ここはワタシが腹を括らねば…。


「…んふふっ、マリアが動けないなら、今日は帰ろっか?」

「え、でも…樂は食べたいのあったんじゃ……?」

「楽兄さんのお土産も買っていこうと思ったけど、今はマリアの方が大切だもん、帰ろっか。


…マリア?ボクから離れないでね?」


まるでワタシを女性として接しているような感覚になるぐらい、紳士的に優しく微笑む樂を見て、ワタシはまた動けなくなる。いや、抱っこされてるから動けないけど、尚更動けなくなる。


なんだろう、この感覚っ……?


「っ!!!う、うんっ!」

「ふふっ、いい子だね…マリア。」

「っ!!!???」


樂はワタシのおでこにちゅっ、とキスをする。

ちょっ!?何してます!?店員さんも見て……っない事を祈ろう。ここはあえてワタシは大人しくしておこう……動けないし……。


ワタシと樂はアイスクリーム屋さんを出た。

そうすると、樂はキョロキョロと周りを見渡す。


「でも楽兄さん、怒ってるだろうなぁ……甘いお菓子でも買っていこうかな。」

「え、で、でもお金……」

「まだあるから大丈夫だよ。」


まだあるの??お金が???あんなに高いの食べたのに!?樂、恐ろしい子すぎる……。


「そ、そうですか……」

「あ!あそこ行こ?わたがし屋さん。」


子供の行列が出来ていた屋台のお店。

なんか、クルクルしてふわふわしてる……なんだあれ?


「何あれ?」

「えっ、知らないの?」

「う、うん………」

「じゃあれ食べよっか。」

「あっ、ちょっ、待って!!」

「ん?なぁに?」


「……流石に降ろして。」


子供の前でお姫様抱っこされたまま買いに行くのは恥ずかしすぎて嫌すぎるっ!!!

流石にもう動けるはず!と思ったワタシは動こうとした時、樂は抱っこしている手をギュッと握って、なんなら樂に引き寄せられ、顔や身体が近づく。


ワタシと顔が近くなると、樂は嬉しそうに微笑む。


「だーめっ、マリア?今日はボクのモノだから、マリアはボクのモノなの。だから、今は大人しくボクの近くにいるの、いいね?」

「なぁっ!!!!う……う…は、はい……。」


ワタシは大人しく樂に捕まる事にした。

どうやら本当に離す気はないのを察したからだ。


そのままお店に並ぶと、

子供たちは嬉しそうにワタシたちの事を見る。


「わぁっ!お姉ちゃん、お姫様抱っこされてる!」

「お姉ちゃんお姫様だーっ!」

「大道芸のお兄ちゃん、なんでお姉ちゃん抱っこしてるの?」

「ん〜?それはね……」


…………ぐうぅぅっ!!!!


「……樂!本当に降ろしてっ!!!ほ、本当にっ…は、恥ずかしいっ!!」

「んふふっ、ダメだってば〜。このお姉ちゃんはボクのお姫様だから抱っこしてるんだよ?分かった〜?」

「へー!そうなんだっ!」

「良かったねっ!お姉ちゃん!」

「すごーいっ!大道芸のお兄ちゃん、力持ち!!」


子供たちは嬉しそうにはしゃぐ。

もう……本当にやめて…降ろして……っ!!!


と願っても樂は絶対に離す気はない。


「なんで……なん……でっ……!!」

「あ、わたがし二つください。一つは持ち帰りで。」

「はーい!」

「マリア?わたがし持てそう?」

「…………うん。」


本当に諦めたワタシは大人しく袋に入ったわたがしと、そのまんまのわたがしを手に持つ。


なんかわたがしってクルクルでふわふわ…可愛いかも。でも何味なのだろう?楽が好きなら甘いんだろうなぁ……


「マリア、食べていいよ。」

「え、樂は?」

「一口でいいや。」

「そ、そっかぁ……じゃ食べるね?ありがとう、樂。」


あーんっとワタシが食べようとした時、樂は何かを思いつき、ワタシが食べる直前に話しかけてきた。


「うん……あ、そうだ。」

「ん?何?樂?」

「一口ちょうだい」

「はい、どうぞ。」

「んっ…マリア、こっち向いて。」

「ん?何っ…んぐっ!?」

「……ん…甘っ…」

「????」


今何された???

樂にキスされた?なんか口の中甘いんだけど??

え???何が起きたって言うの??本当に???


混乱しているワタシを見て、樂はクスッと笑う。


「なぁに?マリア、びっくりしちゃった?」

「え……樂、何をしたの?」

「キスして口移しした」

「え?はっ?なるほどっ?」

「もう一回しようか?」

「だっ!大丈夫ですっ!!」


あまりの恥ずかしさにワタシはそっぽ向き、樂の顔と反対方向でわたがしを食べていると、樂は「ハハハッ」と笑い、ワタシを更に引き寄せ、ワタシの顔にスリスリしたと思えば、頬にちゅっとキスをする。


「んふふっ…意地悪しすぎちゃった?」

「……ん!!」

「あ〜あ、マリアが怒っちゃった…可愛い。」

「んぐぐっっ!!」


ワタシは威嚇するように樂から離れようとするが、

樂はそんなワタシの様子を見て、嬉しそうに笑いながら更に更にと引き寄せる。


「可愛いなぁ…ほらほら、帰ろっ?」

「……もう知らないもんっ。」

「ふふっ…マリアは本当に愛おしいなぁ…早く食べちゃいたい。」

「だからワタシはお菓子じゃない!」

「マリアはお菓子よりも美味しいよ、絶対に。」

「その確信いらないっ!」

「んふふっ…本当に怒って拗ねてるの可愛い…可愛いなぁ…。」


さっきから樂に凄い感情を向けられてる気がする…

あと、頬に沢山ちゅっちゅっしてくるから、くすぐったくてしょうがない。これに関しては動けない(動けなくさせている)ワタシが悪いと思っておこう。


……あ、そうだ。


樂の感情の隙間……今なら見れるかな?


「……マリア?」

「…………やっぱり、見えないか。」

「なぁに?マリア?」

「なんでもないよ。」


やっぱり、隙間は見えなかった。

なんで見えないのだろうか……これに関しては謎が深い。ワタシは必ず人間や怪物の「感情の隙間」が見えるはずなのに……不思議だなぁ。


「……マリア、今日はデート、楽しかったね。」

「そうだね。」

「また行こっ?」

「………ふふっ、うん。また、行こっか、樂。」

「んふふっ……嬉しいっ…!」


樂は無邪気に嬉しそうに家まで歩く。

こんなに嬉しそうなら、気分は悪いものではないな。


ワタシは樂と楽しくお話しながら家に帰った。


今日は「樂の日」だったが、いい思い出になった。

樂の事、少しでも知れたのは嬉しかった。

……少しづつ、この双子の事を知ろうと思えたのも、今日がきっかけになった。


この双子は何故、ワタシの事が好きなのか……

それは、樂には聞けなかったが、楽に聞いてみようかなぁ……?


「マリア」

「ん?何?樂?」

「…………愛してるよ、マリア。」

「っ!!!あ、ありがとう……っ」


そんな事をサラッと言うなっ!!と思うワタシは、またそっぽ向く。今、ワタシの顔が熱いのを感じているからである。


それを見てクスッと嬉しそうに笑う樂。


その笑い声を聞いて、ワタシも笑ってしまう。

樂ってそんな嬉しそうに笑うんだ…なんかワタシも嬉しい。


そんな事を思いながら、その日は家に帰った。

そして、家に帰って楽にめちゃくちゃ怒られたのも、これも、いい思い出だった。


なんて思いながら、

その日の夜は三人で過ごしたのであった。




その日の夜。

ワタシは一人で寝ていると、

こっそり双子の会話が聞こえた。


なんだろう……?


でも眠たくてあんまり聞こえない……


「マリアちゃん、どうだった?」

「……やっぱり、覚えてない…感じはした。」

「わたがし見ても思い出せないなんてなぁ……くっっ、むしろ忘れてるの、本当に許せない……っ」

「……しょうがないよ、これは…………っのせいだから。」


…今、誰のせいって言った?


「だよねぇ…時間はかかりそうだね。」

「ボクたちは思い出せたのに…ね。」


何を……思い出したの?


「とりあえず、オレたちも寝よっ!

明日はオレがマリアちゃんとデートするもんっ!」

「は〜いはい、そのつもりでいたからいいよ。」


……二人とも…?


「あれ、マリアちゃん起きてた?」

「……どうせ、この会話は聞こえてないよ。」

「そりゃそうか、じゃ……」


「「おやすみなさい、マリアちゃん/マリア。」」




五話に続く。

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