第33話 君の命を守るためなら
――その盾は、まるで海の一部を切り取ったようだった。
「……護身用に作って、正解だった。人間ほど、身勝手な生き物はいないから」
静かに言葉が落ちていく。
ㅤミャーリオの周囲に浮かぶ、青い触手のような盾。
ㅤ短剣を受け止めたその物体は、窓から差した陽の光で透けて輝いていた。
一瞬、驚愕に染まったグレイソンの顔が、すぐに口角を吊り上げる。
「君の発明は、独創的で素晴らしいね。だけどさぁ……!」
「!?」
「スライムと似ているなら、斬れないことはないんだろうッ!?」
ㅤ力任せに動かした短剣が、弾力のある盾を両断する。
ㅤグレイソンの推察通り。ミャーリオの発明した腕輪で防げるのは、主に打撃攻撃のみ。
ㅤスーの特性と同じく『刺す』攻撃は受け止められても『斬る』攻撃までは防ぐことが出来なかった。
(まずいッ……!)
ㅤ彼の殺意が、ミャーリオに迫る寸前。
──グレイソンの脇腹に向かって、友達を庇うように
ㅤ押された勢いでまたバランスを崩した彼の体は、空の硝子ケースに激突。
ケースに亀裂が入るほどの衝撃に、後頭部からぶつかったグレイソンは顔を歪めて倒れた。
「……スー、逃げるよ」
ㅤ盾を腕輪に格納すると、ミャーリオは外へ繋がる扉に向かうが──
ㅤ
ㅤ扉の前では、スキンヘッドの男が
ㅤ彼の鋭い瞳に捉えられ、背筋が寒くなる。
「油断したな゛ぁ……お前ら、許さね゛!」
ㅤ男は丸太のように太い腕を振りかぶる。それに対して、もう一度大きく盾を展開したミャーリオは、拳を受け止めようとした。
ㅤ
「くッ……!!」
(……重いッ!)
ㅤ振り下ろされた拳は、鉄球の如く。
その豪腕から繰り出された一撃は、ミャーリオの盾ごと体を吹き飛ばす。
ㅤ体がふわっとした時には後方に飛ばされ、背中に熱さと痛みが貫いた。
ㅤ店の奥の扉は跡形もなくバキバキに壊れ、突き抜けた体は木の破片とともに厨房の床へと投げ出される。
「……ッ……」
ㅤ口の中に、血の味が広がる。意識が
(もっと、俺に力があったら……)
(もしも、俺に魔法が使えたら……)
ㅤどんなに願っても叶わない。
死を前に脳裏に浮かぶのは、そんな後悔ばかりだった。
(どうして、……こうなったんだろう)
ただ毎日研究をして、好きな事をしながら生きていたかっただけだった。
「……今日は、……散々な日だ……」
ㅤ
ㅤ体を起こすと、全身に鈍い痛みが走る。熱くなった頭から流れ出した血が、床を赤く染めていく。
しかし、今動かなければ――
おそらく、自分たちは殺される。
(……何とかして、逃げないと)
ㅤ硝子ケースのある部屋では、ボールのように体を弾ませたスーが、用心棒の男に
ㅤしかし、戦闘経験もない。倒せるほどの力もないミャーリオ達が、劣勢になるのは時間の問題だ。
(俺たちには勝つための決定打がないんだ。何か、ないのか……?)
ㅤ小さな厨房にあるのは、煉瓦で造られたドーム型の
数本残された薪と、火打石が目に入る。
ㅤ壁に小さな窓が一つ。さらに奥には、備蓄庫に繋がる扉しかない。
ㅤ案を思い付いたミャーリオは、呻きを上げて立ち上がる。
使い古された包丁と火打石。そして薪を一本掴んで、備蓄庫の扉を開けた。
「……」
ㅤ中は厨房の半分程度の広さしかなく、出口はない。
ㅤ人が通れないサイズの換気用の窓と、備蓄を積んだ木製の棚。焼却炉に繋がる鉄扉があるだけだった。
ㅤそこでミャーリオは探し物を見つけ、口角を少しだけ上げた。
「……今度は、俺たちの番だ」
***
ㅤ子供の頃に何度も祖母の手伝いをしていたミャーリオは、慣れた手付きであっという間に薪に火を付けた。
ㅤそれを床に置き、急いで触手の盾を出現させると──包丁を使って、掌に乗る大きさで切り離す。
それを粘土のように
(……ここからは、スピード勝負)
ㅤ備蓄庫の棚に積まれていた、大きな布袋を包丁で裂き、普段出さないような大声でスーの名前を呼ぶ。
ㅤ慌てて床を弾み、勢い良く備蓄庫に飛び込んでくるスー。
ワンテンポ遅れながらも、後を追ってくる大柄の男。
ㅤ
ㅤ布袋の中身を備蓄庫にぶち撒け、扉を閉めると――焼却炉の鉄扉の中へ、スーとその細い体を滑り込ませていく。
ㅤ備蓄庫に辿り着いた男は、白い粉で視界を
「目眩ましのつもり゛か!?」
手を何度も振り、大きく舞い上がった粉。
しかし、足元にある青い物体が急速に溶けていき──火の付いた薪が現れた。
「……んお゛?」
ㅤ男が気付いた時には、もう遅かった。
ㅤ小窓が粉々に吹き飛び、熱波で家が揺れるほどの激しい爆発が起こる。男の巨躯は、あっという間に炎に飲み込まれていった。
ㅤ火に弱いスライムの特性を生かした、粒子の細かいプソミー粉による粉塵爆発。
ㅤ
ㅤ爆発で、体が大きく揺れる。
しかし、耐炎煉瓦で作られた焼却炉は、古くから伝わる魔導構造で圧を逃がし、二人を火の手から守り抜いたのだった。
ㅤ狭い空間で、
黒焦げの
ㅤお互いの健闘を称え、控えめにハイタッチをすると──命ある今に、二人は感謝したのだった。
***
《※オリビア視点》
一方その頃。メガロス山にいたオリビアたちは、パンセリノスの亡骸から素材を採取しているところだった。
「オリビアさん、これをどうぞ」
ㅤセドリックから魔石を受け取ったオリビアは、その美しさに目を奪われた。
手に収まるほどの大きさで、金色に輝いた魔石の中で光の波が揺らめいて見える。
「もう倒せたのーッ!?」
ㅤナナが合流すると、セドリックは王都に献上する牙を片手に手を振り、態度を
「ナナさん!ㅤ僕の勇姿、見てくれました!?ㅤ少しは見直してくれましたか!?」
「……食べられちゃえば良かったのに」
「え、えっと! みんな無事で良かったですよね!」
ㅤボソッと呟いた彼女の発言を、大きな声で掻き消そうとするオリビア。
(……どうしたら、仲良くしてくれるんだろう)
ㅤそんな事を考えていた時──
ㅤ
ㅤメガロス山まで轟くほどの爆発音が、響き渡る。
ㅤその場に緊迫した空気が流れ、三人の顔が瞬時に強張った。
「……町から、煙が!」
音の
ㅤ空まで立ち上がる黒煙。状況は分からないが、ヘレネスで何かが起きたようだ。
「すぐに戻りましょう!」
ㅤ急いでオリビアは二人を呼び寄せると、転移石を出すように彼にお願いをした。
ㅤ街から街へ移動出来る
「集まって!」
ㅤセドリックの声を合図に、三人は青い閃光に包まれていく。
ㅤヘレネスの町の境界へ転移したオリビアは、すぐに煙が立つ方向へ走り出した。
ㅤ
「オリビアさん!ㅤちょっと待ってッ……って、あれ?ㅤナナさん、これ……」
「……これ、誰がこんなこと……」
ㅤセドリックとナナが見つめる先にあったもの。
それは、真っ二つに折られて打ち捨てられた――ミャーリオの魔物避けの魔道具だった。
ㅤ
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