第30話 盲愛の騎士、セドリック
《※ミャーリオ視点》
ㅤ
ㅤダイニングテーブルに突っ伏していると、立ち上がったドリスの声が鳴った。
「私は、そろそろ帰るよ」
「んー」
ㅤ顔すら上げずに返事をすると、足元に何かが当たる感覚がした。
ㅤテーブルの下からスーが現れ、まるで――『撫でてくれないの?』と言いたげな顔で見つめてくる。
ㅤ軽く頭を撫でていると、それを見ていたドリスが息をついた。
「アンタ……ずっとこのままで居るのかい?」
「……なんの話?」
「この家にこだわらなくても……好きな場所で、好きなように生きたって良いんじゃないのかい……?」
ㅤ知り合いの孫だから、情もあって気にかけてくれるんだろう。
(俺は好きでここにいるだけなのに……)
ㅤ反抗期にも似た苛立ちが込み上げる。
気付いた時には、ドリスを冷たくあしらっていた。
「どうに生きようが……俺の勝手でしょ」
「……そうかい。出しゃばって悪かったね」
ㅤ素直に話せない、自分の悪い癖だ。
『全部……ばあちゃんのせいだ!』
(……あの時から、俺は何も変わってない)
ㅤ子供の頃、祖母に感情をぶつけたことを思い出したミャーリオは、奥歯を噛み締める。
(結局、最期までばーちゃんには謝れなかった。……伝えるタイミングは、いくらでもあったのに)
ㅤドリスに祖母の姿を重ね、顔を上げた時には──部屋には誰も居なくなっていた。
「はぁ……」
ㅤ眼鏡を外し、またテーブルに身を預ける。
(……ドリスさんには、あとで謝ろう。今日は朝から色々あったから、きっと疲れたんだ……)
ㅤ目を閉じて、意識を手放そうとした瞬間。ふと会ったばかりの彼らのことが、瞼に浮かぶ。
恐れや嫌悪を感じるどころか、自らスーと仲良くなりたいと口にした――冒険者、オリビア。
あそこまでの『変人』は、今まで出会ったことがない。
(俺の話も、ちゃんと最後まで聞いてくれた。こんなの……久し振りだったな。でも……)
「住む世界が、俺とは違う……」
陽光で微睡んだミャーリオは、そんなことを思いながら夢の中に落ちていった。
***
《※オリビア視点》
「魔法が使えない……?」
ㅤオリビアの言葉に、ナナは控えめに頷いた。
ㅤミャーリオは魔導師家系の生まれにも関わらず、子供の頃から魔法が使えなかったらしい。
ㅤ彼とナナの出会いは、数年前。ミャーリオの家に荷物を配達したことが、きっかけとなったようだ。
ㅤ話を聞いたオリビアは、ますます彼に対しての認識が変わっていく。
ㅤ魔法を使えないなら、町に張り巡らせた魔道具は全て手作業で作った、ということになる。
(――たった一人で。どれだけの時間を掛けたのだろう……?)
ㅤ
「……ミャオちゃんも、来れば良かったのに」
「うーん……まぁ、無理強いは出来ないよ」
「だって、ずっと閉じ籠もってるんだもん。……仲間だって、多いほうが良いでしょ?」
「……彼が仲間になってくれたら、私もすごく心強いよ」
冒険や戦いに対して、消極的な価値観があるのは仕方がない。それでも、知識や発想力はオリビアには持っていないものであり、唯一無二だ。
ㅤ──『彼がオリビア達の仲間になってくれる。そんな方法があるのか?』が、問題だった。
「……スーを誘拐する?」
「それは、さすがにダメでしょ……!」
ㅤ画策するナナに、戸惑うオリビア。そんな二人に自信たっぷりな表情で、セドリックが会話に加わった。
「あんなにヒョロヒョロな男じゃ、ナナさんには相応しくありません!ㅤもっと強くて……格好良い、僕みたいな──ゴフッ!!」
「……はーい、しつこい男は嫌いでーす」
ㅤセドリックの顔面に自身のナップサックを命中させたナナが、力強く森の中に入っていく。
ㅤそんな光景をオリビアは、ただ苦笑いして見つめる事しか出来なかった。
***
ㅤメガロス山の登頂を始めて、30分が経過した頃――前方を歩く、セドリックとナナの雲行きが怪しくなる。
「ナナさん、大丈夫ですか?ㅤ足は痛くないですか?」
「……大丈夫って、さっきから何回も――!」
「僕は鍛えてますので、ナナさんのことお姫様抱っこも出来ますよ! むしろ……僕は、そうしたいですけど……」
「ウッッッザ!!ㅤ私に触らないで!」
ㅤセドリックの求愛に、ナナの苛立ちが爆発。
ㅤ彼の過保護はエスカレートし、道端の小石でさえ注意を
「本当にしつこいッ!」
「おかしいですね。家柄も良いし、経歴も自信があります。……僕じゃダメですか?」
「……」
「僕、結構モテますよ?」
「……も゛う、限界! あんたなんて、パンセリノスに食われれば良いのよ」
ㅤ瞳を曇らせるナナを、何とかオリビアが
セドリックの経歴は確かにすごい。
17歳の若さで王都騎士団に所属していることから、将来有望なのは明らかだ。
しかし、ここは魔物の縄張り。
油断をすれば、命取りになってしまう。
ㅤ『……ほどほどにね?』と暴走気味なセドリックにも注意をし、山頂を目指して歩を進めた。
ㅤ少し
ㅤ町に近い場所ではホーンラビットや、二メートル級の熊の魔物──マグベアと遭遇していたのに。
(……おかしい)
ㅤ登るにつれて、静けさが深まっていく。
ㅤ森育ちのオリビアが聞いていたはずの獣の声や、虫の鳴き声も聞こえない。風に揺れる、葉擦れの音だけが囁いていた。
ㅤしばらく歩き続けたオリビア達は、
ㅤ土続きだった地面が、白い岩石に変わった。
雪原のようなその場所だけが広い平地で、経年で自然に削れたのか。
大きな洞穴が、奥に待ち構えている。
(……地面に広がるこの岩は、おそらく──)
「これは……結晶質のラーヴァ岩ですね」
ㅤしゃがみ込み、岩の塊を観察するセドリックが、オリビアよりも先に答えを提示する。
断面が陽光を反射して、虹色に輝いていた。
ㅤこの純白の岩は、主に火山活動によって作られる産物である。深く考えてはいなかったが、メガロス山は──元々、火山だったようだ。
──グルルルルッ……
ㅤ突然辺りに響き渡った、獣の低い唸りに空気が震える。
ㅤ反射的に剣を引き抜いたオリビアが辺りを見渡すと、白い洞穴の上に黒い体毛で覆われた魔物──パンセリノスが現れた。
鋭い眼光に、一気に緊張感が高まっていく。
ㅤ
「──パンセリノスです!」
ㅤ剣先を魔物に向け、オリビアが声を張る。それに続いて、剣を抜いたセドリックが、ナナを背に
「ついに現れたのね……。どうぞ、この人のことは食べちゃっていいから!」
ㅤ後ろから響いたナナの声にも振り返らず、彼は長剣を強く握りしめる。
「いや、……僕は! ナナさんを守り抜いて……結婚ルートに辿り着いてみせますッ!!」
「……パンセリノス様。この男、やっちゃってください」
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