第4話 着ボイス
昼休み。
校舎の隅、
二人とも階段に腰かけている。
ぼんやりと天井を見上げているのはヒロト。
一方、スマートフォンを操作しているのが、イツキである。
「なあ、イツキ」
ヒロトが声をかけると、イツキは画面から顔を上げた。
「なんだ?」
「さっき岡本先生が言ってたんだけどさ、ガラケーの頃は着ボイスってのがあったらしい」
イツキは天井を見上げる。
「あー、聞いたことあるわ。着信を声で知らせてくれるってやつだろ。『電話だよ』とか『メールだよ』みたいな感じで」
ヒロトはうなずく。
「そうそう。岡本先生、当時好きだったアイドルの声を着ボイスにしてたんだって」
「んで、それがどうしたんだ? 妹ちゃんの声、着ボイスにしたいとか言い出すんじゃないだろうな」
すると、イツキはヒロトに顔を近づける。
「そう、それなんだよ。妹の声録音して、着ボイスにしたい!」
ヒロトはイツキの顔を掴み、引き離す。
「好きにすればいいだろ。妹ちゃんなら、いくらでも録音させてくれるだろ」
「できないよ、そんなこと!」
「なんでだよ」
ヒロトはうつむき、もじもじと指先をからませる。
「だって……恥ずかしいじゃん。妹に声吹き込んでって頼むの。ってか、妹の声を着ボイスって、俺がシスコンみたいじゃん」
「シスコンだろ! お前は!」
イツキは面倒くさそうに息を吐く。
「じゃあ、俺が妹ちゃんに頼んどくよ。むこうの学校も今は昼休みだろ」
イツキはスマートフォンを操作してメッセージアプリを開くと、ヒロトの妹を選び、メッセージを打ち始める。
「ちょ、ちょっと待って。イツキ、なんで妹の連絡先知ってるの!」
ヒロトは慌てた様子でイツキを止めようとするが、
「前に会ったとき、『お兄ちゃんのことで困ったことがあったら、遠慮なく私に言ってね』って、妹ちゃんの方から教えてくれた」
イツキは送信ボタンを押した。
そして、3秒ほどで返信が来た。
「返信はっや。えっと、『なんのボイスがいいか訊いて』だってさ。ヒロト、何て言ってほしいんだ?」
ヒロトはもじもじとしながら、うつむき小さな声で言う。
「じゃ、じゃあ、えっと……『メールだよ』って」
イツキはそれを打ち込んで送信する。
すると、またしてもすぐに返信が来た。
「それだけでいいのか? 他にはないのか? だって」
「じゃ、じゃあ、『電話だよ』も」
「他には?」
「え、えっと……」
結局、昼休みが終わるまでヒロトはリクエストをし続けた。
次の日の昼休み。
イツキとヒロトはいつもの階段にいた。
今日のヒロトは朝から機嫌がよく、ずっとニコニコしている。
「ねえ、イツキ。俺に電話かけてみてよ」
ヒロトはそんなことを言った。
イツキは面倒くさそうにしつつも、スマートフォンを操作してヒロトに電話をかける。すると、
『お兄ちゃん、電話だよ。お兄ちゃん、電話だよ』
ヒロトのポケットから、声が聞こえはじめた。ヒロトの妹の声だ。
「はいはーい」
ヒロトはポケットからスマートフォンを取り出す。妹の声はそこから鳴っていた。ボタンを押して、音声を止める。
「録音させてもらえたのか。よかったじゃないか」
イツキが言うと、ヒロトははっきりとうなずいた。
ヒロトは自分のスマートフォンに目をむけた。そこには、ヒロトの妹からメッセージが届いていた。
『昨日は取り次いでくれてありがとう。お兄ちゃん、ちゃんと私の声使ってくれてるかな? 使ってくれてると、とっても嬉しいな。今度こっそり、お兄ちゃんの声録音して送ろうか?』
イツキは即座に『そんなのいらん』とメッセージを打ち込むが、送信ボタンを押す前に指が止まった。
「でさ、こんなのも録音させてもらえたんだ」
イツキの様子に気が付かないヒロトは、自身のスマートフォンを操作して音声を流す。
『お兄ちゃん、朝だよ、起きて』
それを聞いたイツキの眉が、ピクリと動いた。打ち込んだメッセージを送信しようとするが、再び直前で指が止まる。
「どうしたの? イツキ」
ヒロトはイツキの様子に気付いた。
「い、いや。なんでもない。ちょっと悩み事だ」
「大丈夫? 俺に出来ることある?」
ヒロトはイツキのすぐ横、腕が当たりそうな距離に移動してきた。
「だ、大丈夫。大丈夫だから」
イツキは慌ててスマートフォンを隠した。
「そう。ならいいけど、何かあったら何でも相談してよ」
「あ、ああ。そうするよ」
動揺するイツキを、ヒロトは不思議そうに見つめていた。
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