第2話 キス

 昼休み。

 校舎の隅、人気ひとけの無い階段に二人の男子生徒がいた。

 二人とも階段に腰かけている。

 母親が作った弁当を膝の上に乗せて、ゆっくりと食べているのがヒロト。

 一方、スマートフォンを操作しながら、コンビニで買ったサンドイッチを頬張っているのが、イツキである。

「なあ、イツキ」

「ん?」

 ヒロトが呼びかけると、イツキはスマートフォンの画面を見たまま返事をする。

「俺、さっき見ちゃったんだよ」

「何を?」

「いや、二時間と三時間目の間にちょっとトイレ行ってたの。そしたら教室に戻る途中、見ちゃったんだよ」

 イツキは画面から顔を上げ「は?」と声を上げた。

 ヒロトは詳しく説明をはじめる。

「いや、トイレから戻る途中の空き教室でさ、同じクラスの吉岡と、三組の藤本さんがキスしてたんだよ」

 イツキは興味を失ったように、スマートフォンの画面に視線を戻した。

「その二人って付き合ってるんだろ。別にいいんじゃね」

 すると、ヒロトはイツキに顔を近づけた。

「いや、キスすること自体は別にいいんだけど、キスって何かなって、ふと思って」

「何かとは?」

「冷静に考えてみたら、ただ単に唇くっつけてるだけじゃん。何であんな特別なことみたいになってるんだろって」

 ヒロトは膝の上に置いていた弁当を横によけると、おもむろにイツキの肩に手を回した。

「なあ、イツキ。俺とこうやって肩組むの嫌か?」

「いや、別に……」

「じゃあ、嫌いな奴と肩組むのは?」

「それは……あんまりやりたくないな」

 ヒロトは得意げにうなずく。

「だろ。じゃあ、俺とキスできるか?」

 その途端、ヒロトはイツキを突き飛ばした。

「お、おまっ、何を言い出して……」

 ヒロトは大勢を立て直しながら話を続ける。

「だろ? 肩組むよりキスの方が接触面積は小さいはずなのに、肩組める相手とでもキスはできないんだ。不思議じゃね?」

「まあ、男同士だから……」

 イツキが言うと、ヒロトはブンブンと首を横に振った。

「いやいやいや。仲のいい女の子とだって、必ずしもキスしたいわかじゃないって。俺だって、妹とは絶対に嫌だもん」

 その途端、イツキは驚きの表情を浮かべた。

「お、お前、妹と嫌なのか?」

 ヒロトはしごく当然のように、真顔でうなずく。

「何言ってるんだ。妹は家族だぞ。絶対無理。イツキだって、母親ガチなキスは嫌だろ」

 イツキは「まあ、そうだけど」とつぶやいてから、考え込むように、天井を見上げた。

「なあ、ヒロト。答えたくなかったらそれでいいんだけど、妹ちゃんと何歳まで一緒にお風呂入ってた?」

「今でも時間が合えば一緒に入ってるぞ。それがどうした?」

「じゃあさ、妹ちゃんの肌着、頼まれたら洗えるか?」

「うん。部活のユニフォーム洗濯機に入れるとき『一緒に洗って』って、下着渡してくるから、洗って干してるぞ」

「じゃあ、妹ちゃんとキスは?」

「絶対無理。お前、勘違いしてないか? 妹は妹であって、恋人じゃないんだぞ」

 イツキの脳裏に、数日前の光景が浮かぶ。

 ヒロトの妹が作ったというお弁当。そこには、桜でんぶで大きなハートマークが描かれていた。

「おれ、一人っ子だからわかんないんだけど、兄妹って複雑なんだな」

 イツキはぽつりとつぶやいた。

「どこにでもいる、普通の兄弟だぞ」

 ヒロトは得意げにそう言った。

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