銃騎士物語 Ⅲ

 三日後、『勇者のあかし』大会当日。

「いやぁ、今年も数々の参加者だね。さて次は、格式高い騎士パラディンの家系、マーベリック家の長男、ガデット・マーベリック! とそのお供の方ぁー!」

 町の広場、大会の開始セレモニー会場には、右手を首から包帯で吊ったガデットとディージェイがいた。

「今回、ガデット君は右手の負傷にも関わらず大会に参加! これぞ騎士パラディン、これこそ勇者というものです! 皆さん、拍手!」

 周囲から歓声が沸きあがる。

「では、ガデット君、一言どうぞ」

 司会の八百屋のおやじがガデットをうながした。

「我がマーベリック家の騎士パラディンは、ドラゴンなんぞ片手で倒せるのです! 銃などなくとも、マーベリック流剣技で、ひとひねりだぁー!」

 ひときわ大きく歓声が上がった。主に中年や老人で、皆、騎士パラディンに誇りを持ち、また、銃化の勢いに乗り遅れた者たちだった。

 再び司会のおやじ。

「なお、今回ガデット君には、怪我の心配から看護婦さんが付き添います」

 ディージェイがにこやかに周囲に手を振る

「さて、そろそろ時間です。ルールは前回と同じです。登録してある個人、パーティーで行動して下さい。武器は自由です、といっても皆さん、銃のようですね。今年も銃の性能が勝敗を左右しそうです。時間は明日の日没までです。なお、怪我をしたり、或いは万が一、死亡するようなことがあっても大会委員会は一切関係ありませんので、あしからず。では、出発してください!」

 司会の声と共に五十名ほどの勇者候補が森へ向かって駆けていった。

 その殆どは大小さまざまな銃を持っている。中には大きなハンマーやボウガン、槍などを持つ者もいたが、彼らは「勇者」の肩書きを狙っているのではなく「特別賞」や「努力賞」(いずれも程ほどの賞金が出る)などを目指しての参加だった。

 ちなみに昨年の勇者はこの町で二番目の金持ちの貴族、一番の貴族は一昨年の勇者である。当然、とても性能のよい銃を持っていた。

「いっとくけど、賞金の半分と称号は俺がいただくぜ? ディージェイ」

「判ってるわよ、ガキのくせにタメ口はよしてよ。ディージェイさんと呼びなさい」

 右手の折れた剣士ナイト見習いと、看護婦の剣士ナイトが、走りながら言い合っていた。

「まかしときなさい、ドラゴンの十匹や百匹!」


 少々戻り、大会前日の夜、ガデットの部屋。

「――そういうこと。とりあえずあんたは登録してるんでしょ? だから二人で森へ行って、あたしがドラゴンを倒す。で、あんたが倒したってことにするの」

 いつの間にかガデットの部屋を宿代わりにしているディージェイ。

「その見返りが賞金の半分、か」

「お互い銃が欲しいってのは一緒なわけでしょ? 二万五千もあればいくらかマシな銃が手に入るでしょ。あたしは剣士ナイトの称号持ってっからね、銃闘士ガンファイターなんてすぐなわけ、銃さえあれば」

「で、俺が勇者か」

「そうすりゃ、そのリッシュとかって彼女にもいいかっこ出来るでしょ?」

「べ! べ! 別に! いいかっこがしたいんじゃねえぞ!」

 からかい口調のディージェイにガデットが怒鳴る。

「まあまあ、そうかっかしなさんなって。でね、あんたが一人で登録してるから……」

「看護婦、ねぇ」

 そんなに上品には見えない、と言おうと思ったが口には出さない。自信たっぷりに言うディージェイ。しかしガデットには、彼女がドラゴンを倒せるとはとても思えなかった。

「ま、何もしないよりはましか……。上手くいけば参加賞くらいはもらえるかもしれないしな」


 大会一日目、帰らずの森、昼過ぎ。

 その名に似合わずとてものどかな風景の森だった。

 ドラゴンどころか鳥以外の動物は殆ど見当たらない。時々銃声が聞こえるので何かがいるのだろうが、やる気一杯のディージェイの前には、まだ何も現れていない。

「何よこれ? 「帰らずの森」なんてゲサな名前付けちゃってるわりに」

「近頃はドラゴンも随分と減ったからな。さっきの銃声だって熊か何かだろうな。こりゃ、先にドラゴン見付けた奴が勇者って事になりかねんな」

 ガサッ。

 そばの草むらから音がして、二人共足を止めた。

「よーし、ディージェイ、見てな。片手とはいえ俺はマーベリック家の次期の騎士パラディンだってところ、見せてやっから」

「は?」

 音のした草むらにガデットが飛び込んでいった。

「覚悟ぉー!」

「なんのこっちゃ……」

 何やら争っている音が数分。音がやみ、ガデットが土だらけで出てきた。

「アースドラゴン、一丁あがりだ!」

「アース、ドラゴン? ……それ?」

 満面の笑みのガデットの左手には、一メートルほどの「トカゲ」が握られていた。

「ああ、こいつの牙はとても鋭くてな。子供の足くらい軽く引きちぎる、恐ろしい奴さ。ま、俺様にかかりゃざっと――」

 言い終わらないうちにディージェイはそばの切り株に腰掛け、昼食の準備を始めた。

「お、おい! なんだよディージェイ! どうしたんだ?」

「はぁーーーっ」

 とても長い溜息。

「ねえガデット、参考までに聞くけどさ、去年の勇者が倒したドラゴンってどんくらいの奴?」

「え?」

 アースドラゴンをそばに置き、ガデットもディージェイの横に座った。

「去年? 去年のは凄かったぜ。銃の性能が良かったとはいえ、あれは凄いと思ったよ。二メートル近くのレッドドラゴンだった。全身を硬いうろこで覆われていて剣では倒せない奴さ。強力な尻尾を持っててな、子供なら三メートルは軽く吹き飛ぶって恐ろしく強いドラゴンだ」

「二メートルって、高さが?」

「え? ははは! 何言ってんの。そんなでかいドラゴンがいるかよ。長さだよ、頭から尻尾の先までだ。ん? どうしたんだ?」

 ディージェイは頭を抱えてうつむいていた。

「何? どこか具合でも悪いのか?」

「さ、魚釣ってんじゃないんだから、なんて平和ぼけした町なの、ここは……」

「え?」

「アースドラゴン? ただのトカゲじゃないの……あほくさ」

 小さくぶつぶつとつぶやくディージェイの声は、ガデットには届いていないようだった。

「あたし昼寝する」

 返事も聞かずに地面に転がるディージェイ。

「昼寝? き、危険だぜ! こんなところで! レッドドラゴンは昼でも出るぞ!」

「あっそ。そんときはあんたが何とかしなさいよ。じゃ、おやすみ」

「ディージェイ!」

 その後、何度か叫んだガデットだったがディージェイは完全に寝てしまった。

「いくら俺が強いったって、そんなに頼られちゃなあ。ま、いいさ。ディージェイ、俺が守ってやるぜ!」

 ぽかぽかと暖かな日差しが心地良い午後だった。


 目覚めたディージェイと共に森の奥へと進んだガデット、何度かドラゴンに出会った。

「マッドドラゴンだ!」

「またトカゲじゃん」

「グラスドラゴンか、こんな奴が今時いるなんて!」

「緑色のヤモリ……」

「うわっ! ブ、ブルードラゴンだ!」

「ははは、変な顔ー」

 ガデットの言う○○ドラゴン、その全てが一メートルくらいのトカゲやヤモリだった。それはディージェイの知っているドラゴンとはかなり違ったものらしい。

「なあディージェイ。もう少し真面目にやってくれよ。こんなことじゃ賞金、他の奴に取られちまうぜ」

 死闘の末に倒したブルードラゴンを抱えて、ガデットがぼやく。

「あんたなら一人で大丈夫よ。なんたってブルードラゴンを片手で倒しちゃうんだもん。あたしなら無理だよ、そんなに凄いこと」

 かなりの皮肉のつもりで言ったのだが……。

「まあな。マーベリック家の騎士パラディンの手にかかりゃ、あのくらいのこと、どーってことないさ」

 当人は一向に気付かない様子。

「はぁー。賞金はすっごく欲しいんだけど、あたしにも剣士ナイトとしてのプライドってもんがあんのよね。トカゲ狩って銃を手に入れたなんて、恥ずかしくて言えないし……」

 ぼやくディージェイの目の前に、突然巨大なトカゲ、いや、イエロードラゴンが現れた。

「あ! 危ないディージェイ! 逃げろ!」

 ガデットが叫んだ。一方ディージェイは、

「ぎゃーぎゃーやかましくしないでよ」

 飛び掛ってきたイエロードラゴンを素手でぶん殴った。吹き飛んだイエロードラゴンは太い木に背中をぶつけ、地面で気絶した。

「……す、すげぇ、こ、これが、剣士ナイト、ナイトの力……なのか?」

 呆けてディージェイの方を見るガデット。

「あんた、寝ぼけてんじゃないの……ったく」

「あのイエロードラゴンを! それもあんなでかい奴を一撃で!」

「あんたさぁ、町から出た事ないでしょ?」

「へ?」

 ガデットへのディージェイの口調は、出来の悪い息子に対する母親のようだった。

「何で知ってんだ?」

「別に。世の中はさ、まだまだあんたの知らない事でいーーーっぱい、ってことよ」

「は?」

 辺りはそろそろ暗くなりかけている。

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