ep.17 嘘と真実


 国境近くの宿場町に着いたのは、それから二日後のことだ。


「よーし、一旦此処で休むよ!」


 既に陽が落ちて藍色に染まった空の下で、女主人はそう言った。宿場町は安価な宿が多く、馬を休めるのにも丁度いいのだそうだ。荷物を下ろしている隊商のメンバーの間をすり抜けて、トワは女主人に声を掛けた。


「ここまで一緒に旅をしてくれてありがとう。お礼にご馳走させて欲しい」

「何言ってんだい。お互い様だろ? その金はアンタの旅費として使っとくれ」


 バンッと背中を叩かれる。それじゃあ、と金貨の入った巾着を差し出したのに、女主人は絶対に受け取らない、と言いたげに首を横に振った。


「アンタには感謝してるんだ。アンタを馬車に乗せてから獣害がめっきりなかった。まるでアンタを避けてるみたいにね」


 内心ギクリとしたトワに、気付かなかったのか、それとも気付かないふりをしてくれたのか、女主人はにんまりと笑って言った。


「だからお互い様ってことさ。あそこに見える山道をアタシらは右に行くが、左に行くとカーナリヤ国に近い。アタシらは馬の調子を見て出発するが、先を急ぐなら明朝出ると良い」

「いや、僕は今日出ようと思ってるんだ」

「はぁ!? アンタ正気かい!? 山を舐めちゃいけないよ。出るのなら絶対に朝にしな!」


 勢いよく両肩を掴まれて、体を揺さぶられる。屈強な体を持つ女主人の揺さぶりは、肯定の言葉を返すまで続けられそうな勢いだったので、頷くしかなかったのは余談である。


 せっかくなら宿場町を楽しんどいで、と背中を押されるまま、トワは出店が並ぶ通りへと足を運んでいた。もちろんフードは深く被ったままだ。

 月が出ていたら一目散に宿に引き篭もっていたところだが、幸いにも今日は新月。

 出店が建ち並ぶ通りは、大層賑わっていた。

 金銭を受け取ってもらえないのなら、せめて何か役に立ちそうなものを出店で買うのはどうだろう。唐突にそう思って、トワは色んな出店へと視線を巡らせる。

 何が良いだろうか。使えるものが良い。持ちの良いタオルだったら、男女問わず贈り物に適しているだろうか。そんなことを思いながら、人数分のタオルを買い、包んでもらった。

 買ったものをトランクに入れながら帰路についたトワは、出店の品物に何気なく視線を走らせる。

 目に留まったのは、しなやかな獣が描かれた小さなメモ用紙の束。

 見た瞬間に、アルという青年が浮かぶ。そういえば彼が使っていたメモ帳は本当に雑紙のようなものだった。これならもう少し書きやすいだろうし、持ち運びも便利だ。彼の言葉は胸に良く沁みたから、そのお礼もしたかったのもある。同じように包んでもらって、ポケットに入れた。お節介だったかもしれない、という気持ちを打ち消して、今度こそ宿につま先を向ける。

 すれ違う人たちは、みな楽しそうだ。

 ふと、ノアが隣にいたら、と思った。

 ノアはきっと色んなものに目を輝かせただろう。あれは何、これは何、とひっきりなしに質問してきたに違いない。楽しそうに出店の間を行ったり来たりするノアを容易に想像できて、ふっと笑いが漏れる。

 きっとこの先、こうしてノアの影を見ながら過ごすのだろう。それは時々ノアールだったりするのかもしれない。でもたったそれだけでも胸の奥が温かくなるから。その温もりだけで十分だ。温かさとともに、少しの苦しさが襲ってきても、耐えることが出来る。


「いやっ……! 離して!」


 そんなトワの思考を遮ったのは、聞き覚えのある女の声だった。

 視線を素早く巡らせて、声が発せられた場所を探す。出店の向こう。建物と建物の間の路地に、彼女はいた。

 大の男三人に囲まれているのは、隊商の一人である小柄な受付嬢。

 腕を掴まれて退路を断たれている彼女を、三人の男がニヤニヤとした下卑た笑みで見下ろしている。自然とトワの足はその路地へと向かった。


「嫌がっているだろう? 離してあげたらどうかな」


 声を掛ければ、男たちが一斉にトワを見た。なんだテメェ、と言いたげな瞳。構わず進んで、男と受付嬢の間に割って入る。


「あぁ? 何勝手な事してんだテメェは」

「それはこっちのセリフだよ。嫌がっている女性に何をしているのかな、君たちは」


 柄が悪そうなところを見るに、人攫いか性欲を制御できない愚か者であることは分かる。いつまでも彼女の腕を掴んでいる手。はぁ、と溜息を吐いて手首を掴んで、肘の方向へ軽く捻ってやる。


「痛ぇっ! ッ何しやがる!」

「いつまでも君が彼女を離さなかったからね」


 受付嬢を背中に庇いながら教えてやった。

 人体のことは散々カイに聞かされたから、ある程度の護身術は知っている。こんなときに彼のウンチクが役に立つとは思っていなかった。心の中で感謝しながら彼らを見る。

 冷静に観察すると、男たちは酔っぱらって絡んでいるわけではなさそうだ。人攫いをして金儲けを考えている可能性が濃厚。それならば、と唇に笑みを乗せた。


「彼女よりも、もっと金になるもの、知りたくないかい?」

「ああ? 女よりも金になるものがあるわけねェだろ! カスが!」

「そうかな? 僕の方が、彼女よりよっぽど稀少なんだよ? なんたって僕はある国に売れば、一生遊んで暮らせる金が手に入るんだから」


 男たちは目を見開いている。当然だ。眉唾物だろう。いや、自分に懸賞金が掛けられているのは本当だ。ユリャナが教えてくれた。

 トワを監禁していたバベル家は医学を司っていた。医学は色んな所とのパイプを作りやすい。無論、国家の重役からも重宝されていた。万病を治し、致命傷すら治してしまうことは、ある意味、不死の軍隊を作ることと同義だ。それを利用して、かつて強大な軍事力を有していたダーマ国。彼らにこの身を売れば、きっと相応の大金を貰うことは出来るだろう。果たして、ダーマ国にまだリシャール時代の自分を知っている人間がいるかどうかは不明だが。


「彼女を見逃してくれるなら、僕が代わりに君たちについていこう。悪い話じゃないと思うけれど?」

「……へえ? 嘘だったらどうする?」

「そうだな……、これでどうかな?」


 そう言いながらフードを外せば、ヒューっと下品な口笛が男たちから送られてきた。クソはやっぱりクソだな、と思いはするがおくびにも出さずに、にこりと笑みを浮かべる。


「綺麗な顔が好きな物好きにでも売り飛ばせばいい。世の中にはそういう変態もいるって聞くからね」

「ハハッ、言ったな? いいぜ。アンタで妥協してやるよ。ついてきな」


 わかった、と頷いてから、受付嬢に向き直る。トワさん、と名前を呼ぶ声は震えている。青い顔をしている彼女に笑いかけて、そっとその肩を撫でた。


「心配しないで。君は今すぐ皆のところに戻るんだ。嗚呼、このトランクを持って行ってくれるかい? それから皆にありがとう、と伝えて欲しい」

「おい! いつまで喋ってる! さっさとしろ!」


 せっかちな連中だな、と思いはするが、逆らえばろくな事にならないのは知っている。彼女がトランクの持ち手をしっかりと握り締めたのを見届けてから、もう一度微笑んで、彼女に背を向けた。

 男たちの数歩後ろを歩きながら、トワは頭を回転させる。

 彼らは丁度、トワが行きたい方向に向かっている。これなら、そのまま隙を見て夜道に逃げられそうだ。それには山の中の獣に手を貸してもらう必要があるけれど。あとは彼らが飛び具を持っていないと良いな、と思いながらトワは好機を待つために足を動かし続けることにした。



 ***



 宿の食堂でゆったりと食事をしていたところに、受付嬢が駆け込んできて、女主人を始めとする隊商のメンバーは目を丸くした。


「一体どうしたんだい、そんなに急いで」

「ッ、リシャール様がッ!」


 彼女がそう言った途端に、音を立てて立ち上がったのはアルだった。そのまま忙しない足音も隠さずに外に飛び出した彼を見送ってから、女主人は受付嬢に問いかける。


かい?」


 彼女は首を激しく横に振る。人攫いなんです、という彼女の瞳には涙がいっぱいに溜まっている。それだけで何があったのかは容易に想像できた。

 トワが彼女を庇い、その代わりに人攫いにトワが連れて行かれたのだろう。彼女の背を撫でてから、顔を上げる。屈強な体を持つ男と女に目配せをすると、二人は頷いてその場を後にした。ごめんなさいごめんなさい、と繰り返す彼女に、大丈夫だよ、と言ってやる。


「アンタの所為じゃないよ。私らが何とかする。心配することない」


 トワはこの隊商が本物だと思っているようだったが、本当は違うのだ。アダルの部下であり、リシャールに恩義がある者たちによって構成された特殊部隊。それが隊商のメンバーの本当の顔だ。

 受付嬢の役を振られた女は、特別な訓練をしているわけではなかった。でも彼女が、リシャール様の役に立ちたい、と言った。アダルも彼女の意思を尊重した。それに彼女がいることによって、よりカモフラージュ出来るだろう、とも言っていた。

 実際、トワに気付かれなかったのだから、その判断は正しかったと言える。

 顔を上げて、その場に唯一残っていたヒョロい体つきをした男に声を掛ける。


「アダル様に知らせてくれるかい?」

「御意。……アル、いや、ノア、でしたっけ? 彼は追わなくても?」

「彼のことはアダル様が承知している。だから放っておいておやり」


 頭を下げて男は姿を消す。

 そうなのだ。アルという男の正体は、ノアだった。

 気配に聡いトワを騙すだけのトリックがあるのか、トワはやはり彼だと気付いてはいなかった。意思疎通を筆談にしたのも、容姿を隠すような恰好をしていたのも、その効果を倍増させていたように思う。

 ノアを隊商に入れると聞いた時、当然女主人も驚いた。トワは彼を置いていく、と聞いていたからだ。

 何故ですか、と問うた女主人に、アダルは言った。


――私は、リシャール様を長年見てきた。あの御方は心を殺すのが果てしなく上手いが故に、己の心すら欺く。その結果、一等大切なものを自ら手放してしまった。それを見て見ぬフリをして、何が恩返しだというのか。


 アダルの言う事は尤もで、納得させるだけの説得力があった。だからここまで、トワを欺いてきた。当然トワを傷付ける意図はない。ただ、自分たちに幸せをくれたように、トワにも恩返しがしたい。そのために、皆集まったのだ。

 未だに泣いている受付嬢を宥めながら、部屋へと運ぶ。彼女が落ち着いたのを見計らって、女主人もまた宿を出た。

 トワとノアを見つけて、無事に連れて帰る。

 そんな決意を胸に、女主人は駆け出したのだった。


 

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