私の彼女が忙しすぎる!

真嶋青

第1話

本作品は同著『私の先輩が優しすぎる!』の後日譚にあたります。

まだ本編をご覧になっていない方は、是非、以下のリンクから作品をご確認ください。


https://kakuyomu.jp/works/16818792439437493516


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「いや~、東雲さん、凄いねぇ! まだ入社して半年なのに、もう随分と一人で出来ることが増えたんじゃない?」

「先輩の教え方が上手だからですよ。いつも、ありがとうございます!」


 昔の自分なら、こんな風に流暢な言葉が出てくることはなかっただろう。

 口下手で、人づきあいが苦手だった私の性格が多少なりとも改善されたのは、間違いなく、明るいの影響だと思う。

 

「おっ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。よ~し、今日の仕事終わり、美味しいお店に連れて行ってあげましょう!」


 東雲しののめとおる、22歳。

 四年間通った白崎大学を卒業した私は、とある出版社に就職し、マーケティング部署へ配属されていた。

 苦労して大きな企業に就職した甲斐あって、職場環境は非常に良好。就業規則はしっかり守られているし、先輩たちも優しくて、今のところ会社に不満なんてものはない。

 私は社会人として、これ以上ない程に良好なスタートを切れたと自負している。


「あ~、先輩、すみません……私、今日はちょっと…………」

「ありゃ、用事あった?」

「はい……ちょっと、先約があるというか……」


 家に恋人の手料理が待っていると言うか……。


 つい最近、「彼氏に浮気されて別れた」とボヤいていた先輩に、そんなことを言うのは気が引けた私は、曖昧な言葉で誤魔化した。

 

「残念……じゃあ、また今度都合が良い日に」


 誘いを断れたことに腹を立てた様子もなく、先輩はニコニコと笑みを浮かべながらそう言ってくれた。

 私も、先輩との関係はこのまま良好に保ちたいと思っている。

 一緒に食事へ行くことだって、予定がなければ否はない。

 だから、返事は決まっていた。


「はい、是非!」


 できるだけの笑顔で、私は先輩にそう答えた。


 

 定時で仕事を終えた私は、急ぎ足で家路に着いた。

 

「ただいま。――って、あれ?」


 職場から片道40分の場所にある9階建てマンション。その703号室に、私と恋人は2人で暮らしている。

 今日は私の恋人、結城ゆうき琴声ことこと2人で夕飯を食べる約束だった。

 そのはずなのだが……家の中の灯は全て消えている。

 玄関から向こう側は真っ暗になっていた。


「嘘……どういうこと?」


 琴声は、今日は有休をとって一日家でゆっくり過ごしていると言っていた。

 それから、夕飯は家で作って待っていると……。


 その、はずなんだけど?

 なんでか、家の灯は消えている。

 いったい何事かと玄関に突っ立ったまま固まっていたのだけど、ある違和感に気づいた。

 とても、良い匂いがするのだ。つまり、料理はある。

 

 料理はあるけど、琴声はいない?

 まあ、いいか。とりあえず玄関に居ても仕方ないし。リビングに入ろう。


 そう思ってリビングのドアを開けると、私は再び驚かされた。


 ――パァーン!!


 ドアを開けた先から大きな破裂音がする。遅れて、火薬の臭いが漂ってきた。


「な、何事っ!?」

「透、おかえりー!」


 パッとリビングの灯がついて、クラッカーを手にした琴声が現れる。


「びっくりした~、何してるの琴声」

「いや~、まんねり化した日常から、ちょっとした刺激を楽しんでもらおうかと」

「普通に心臓に悪いよ。今日って、何かの記念日だっけ?」

「え……透、忘れちゃったの?」


 途端に、悲しそうな顔になる琴声。

 私は、何を忘れているのかと、一瞬真剣に考えそうになったが、直ぐに琴声が答えを教えてくれた。


「今日は、私と透が付き合い始めて4年と1カ月くらいの記念日だよ」

「それは平日だよ」


 私のツッコミを聞いて、琴声は満足そうにカラカラと笑う。


「ところで今日の夕飯は?」

「この匂いを嗅いでわからないのかね? もちろん、琴声さんのお手製カレーだよ!」

「やっぱり。久しぶりだね」

「最近は、私が忙し過ぎてなかなか夕飯作ってあげられてなかったしねぇ」


 琴声は苦笑いを浮かべる。

 たしかに、ここ暫く、琴声とは一緒に食事をすることが出来ていなかった。

 ほぼ毎日定時に帰れる私とは対称的に、琴声は、毎日残業続き。夜遅く帰って来ては、泥のように眠る毎日を過ごしていた。


「忙しいんだから仕方ないよ」

「三年目ともなると、任される仕事も増えてね……参った参った」


 笑ってそう語る琴声だけど、ここ最近の彼女を見ていると、正直私は笑い事ではないと思っている。

 本人にそんなことを気軽に言えるわけもないが、転職を考えた方が良いのではないかと……。

 毎日、朝8時に出勤して、終電ギリギリに帰ってくる生活。私から見れば、十分すぎるほどブラックな仕事環境だ。

 とはいえ、久しぶりに休日を過ごす琴声に、そんな暗くなる話題を振る気にはならない。

 私は、笑って誤魔化して、彼女との食事を楽しむことにした。


「私、もうお腹ペコペコ。早く食べよ」

「うん。そうだね。でも、その前に……」


 琴声は、優しく私の唇をついばんだ。


「ふふ……おかえり」

「うん。ただいま」


 これが、今の私たちの日常だ。

 甘く、穏やかな時間。でも、生きていれば、やはり時間ばかりではないことを、私は嫌と言うほど理解させられることになる。

 この一週間後――琴声が、倒れた。

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