私の彼女が忙しすぎる!
真嶋青
第1話
本作品は同著『私の先輩が優しすぎる!』の後日譚にあたります。
まだ本編をご覧になっていない方は、是非、以下のリンクから作品をご確認ください。
https://kakuyomu.jp/works/16818792439437493516
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「いや~、東雲さん、凄いねぇ! まだ入社して半年なのに、もう随分と一人で出来ることが増えたんじゃない?」
「先輩の教え方が上手だからですよ。いつも、ありがとうございます!」
昔の自分なら、こんな風に流暢な言葉が出てくることはなかっただろう。
口下手で、人づきあいが苦手だった私の性格が多少なりとも改善されたのは、間違いなく、明るい
「おっ、嬉しいこと言ってくれるねぇ。よ~し、今日の仕事終わり、美味しいお店に連れて行ってあげましょう!」
四年間通った白崎大学を卒業した私は、とある出版社に就職し、マーケティング部署へ配属されていた。
苦労して大きな企業に就職した甲斐あって、職場環境は非常に良好。就業規則はしっかり守られているし、先輩たちも優しくて、今のところ会社に不満なんてものはない。
私は社会人として、これ以上ない程に良好なスタートを切れたと自負している。
「あ~、先輩、すみません……私、今日はちょっと…………」
「ありゃ、用事あった?」
「はい……ちょっと、先約があるというか……」
家に恋人の手料理が待っていると言うか……。
つい最近、「彼氏に浮気されて別れた」とボヤいていた先輩に、そんなことを言うのは気が引けた私は、曖昧な言葉で誤魔化した。
「残念……じゃあ、また今度都合が良い日に」
誘いを断れたことに腹を立てた様子もなく、先輩はニコニコと笑みを浮かべながらそう言ってくれた。
私も、先輩との関係はこのまま良好に保ちたいと思っている。
一緒に食事へ行くことだって、予定がなければ否はない。
だから、返事は決まっていた。
「はい、是非!」
できるだけの笑顔で、私は先輩にそう答えた。
◇
定時で仕事を終えた私は、急ぎ足で家路に着いた。
「ただいま。――って、あれ?」
職場から片道40分の場所にある9階建てマンション。その703号室に、私と恋人は2人で暮らしている。
今日は私の恋人、
そのはずなのだが……家の中の灯は全て消えている。
玄関から向こう側は真っ暗になっていた。
「嘘……どういうこと?」
琴声は、今日は有休をとって一日家でゆっくり過ごしていると言っていた。
それから、夕飯は家で作って待っていると……。
その、はずなんだけど?
なんでか、家の灯は消えている。
いったい何事かと玄関に突っ立ったまま固まっていたのだけど、ある違和感に気づいた。
とても、良い匂いがするのだ。つまり、料理はある。
料理はあるけど、琴声はいない?
まあ、いいか。とりあえず玄関に居ても仕方ないし。リビングに入ろう。
そう思ってリビングのドアを開けると、私は再び驚かされた。
――パァーン!!
ドアを開けた先から大きな破裂音がする。遅れて、火薬の臭いが漂ってきた。
「な、何事っ!?」
「透、おかえりー!」
パッとリビングの灯がついて、クラッカーを手にした琴声が現れる。
「びっくりした~、何してるの琴声」
「いや~、まんねり化した日常から、ちょっとした刺激を楽しんでもらおうかと」
「普通に心臓に悪いよ。今日って、何かの記念日だっけ?」
「え……透、忘れちゃったの?」
途端に、悲しそうな顔になる琴声。
私は、何を忘れているのかと、一瞬真剣に考えそうになったが、直ぐに琴声が答えを教えてくれた。
「今日は、私と透が付き合い始めて4年と1カ月くらいの記念日だよ」
「それは平日だよ」
私のツッコミを聞いて、琴声は満足そうにカラカラと笑う。
「ところで今日の夕飯は?」
「この匂いを嗅いでわからないのかね? もちろん、琴声さんのお手製カレーだよ!」
「やっぱり。久しぶりだね」
「最近は、私が忙し過ぎてなかなか夕飯作ってあげられてなかったしねぇ」
琴声は苦笑いを浮かべる。
たしかに、ここ暫く、琴声とは一緒に食事をすることが出来ていなかった。
ほぼ毎日定時に帰れる私とは対称的に、琴声は、毎日残業続き。夜遅く帰って来ては、泥のように眠る毎日を過ごしていた。
「忙しいんだから仕方ないよ」
「三年目ともなると、任される仕事も増えてね……参った参った」
笑ってそう語る琴声だけど、ここ最近の彼女を見ていると、正直私は笑い事ではないと思っている。
本人にそんなことを気軽に言えるわけもないが、転職を考えた方が良いのではないかと……。
毎日、朝8時に出勤して、終電ギリギリに帰ってくる生活。私から見れば、十分すぎるほどブラックな仕事環境だ。
とはいえ、久しぶりに休日を過ごす琴声に、そんな暗くなる話題を振る気にはならない。
私は、笑って誤魔化して、彼女との食事を楽しむことにした。
「私、もうお腹ペコペコ。早く食べよ」
「うん。そうだね。でも、その前に……」
琴声は、優しく私の唇をついばんだ。
「ふふ……おかえり」
「うん。ただいま」
これが、今の私たちの日常だ。
甘く、穏やかな時間。でも、生きていれば、やはり時間ばかりではないことを、私は嫌と言うほど理解させられることになる。
この一週間後――琴声が、倒れた。
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