第3話 謎の死

冬の朝の冷気が町外れの古い蔵に吹き付ける。渡辺拓也は電話のベルに叩き起こされ、息を整えながら現場に向かった。研究者の榊原慶一がこの蔵で死んだという連絡が入ったのだ。蔵の扉を押し開けると、木の古い香り、埃の匂い、そして微かに鉄の匂いが鼻を刺す。冷たい空気は死の匂いと混ざり、場内には異様な緊張が漂っていた。


床には散乱する藁、巻物、道具類、そして血痕が微細な軌跡を描いていた。中央には榊原の遺体が横たわる。胸部は無惨にも抉られ、心臓は完全に消失している。腕や脚には外傷はなく、首も無傷だ。死因は明確に心臓の喪失による急死。目は虚空を見据え、口元には恐怖の残像が刻まれていた。手袋越しに指先を触れると、微細な痕跡が残り、床の埃や血の混ざり具合に、死の直前に何かに触れ抵抗した痕が見える。


蔵の外では、榊原を案内した老人も死体で発見されていた。顔は硬直し、凍える表情を浮かべ、衣服にはわずかな土の跡が残る。手には巻物の破片を握りしめており、血痕はなかった。死因は自然死か外傷か判別困難であるが、恐怖に起因する異常な死であることを示唆していた。


渡辺は警察鑑識班に同行し、現場の詳細な計測と撮影を行う。床板の歪み、巻物の位置、血痕の飛び方、遺体の角度、照明の条件、温度、湿度、空気の微細な流れまですべて記録する。鑑識担当者は公式に検死報告書の内容を読み上げる。


「被害者:榊原慶一、五十四歳。死因:心臓の欠損による急死。外傷なし。現場には異常な力の作用が疑われる痕跡あり。蔵内の異常は現段階で特定できず。」


報告書に目を凝らす渡辺。心臓だけが消失し、他に外傷はなし。常識では説明不能な死因である。さらに、蔵外の老人も不可解な死を遂げており、二人の死の関連性は明白だった。


渡辺は蔵内を歩き、床の軋み、巻物の揺れ、古木の隙間からの冷気を五感で確認する。木の香り、鉄の匂い、血の臭い、埃の刺激が混ざり合い、密閉空間の緊張感を増幅させる。心の奥で恐怖が膨れ上がるが、理性を保ちつつ観察と分析を続ける。


遺体傍の巻物破片には手書きの文字や奇妙な図形が残されていた。渡辺はこれを注意深く観察し、榊原が何を見たのか、死の直前に何を記録したのかを推測する。指先の微細な痕跡、巻物のずれ、血痕の軌跡から、榊原が何かに触れ抵抗していたことが分かる。


蔵外の老人も同様に不可解な状況で倒れていた。姿勢、手の位置、表情の硬直、衣服の微細な乱れは自然死では説明できず、外傷もない。二人の死は、目に見えぬ力が作用したかのように思えた。


渡辺は映像、写真、測定データを精査する。光の入り方、影の伸び方、巻物の折れ方、床板の微妙な傾き。科学的に解釈可能な要素と不可能な要素をすべて洗い出す。しかし心臓が消えた理由も、老人の死因も説明できない。


日が傾き、蔵内は薄暗くなる。渡辺は足を止め、深呼吸して冷静さを取り戻す。異様に静かな空間、微細に揺れる空気層、血と埃。静寂の中でかすかな軋みが響く。誰もいないはずの空間で、微細な金属音が繰り返し耳に届く。


「誰も知らない何かが、この蔵に潜んでいる……」渡辺は小声で呟く。理性では説明できない未知の存在。榊原と老人の死は、この異常現象の前触れのように思えた。主人公は現場の観察と分析を続け、次の行動を考える。


蔵を後にする渡辺の背筋には、冷たい風が通る。外は静寂に包まれているが、心臓の奥には恐怖の予感が刻まれる。誰も知らない力、説明不能な死、すべてが彼を引き寄せ、この事件は深まっていくのであった。

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