第4話 再びクイーンルームと先客

 俺は今柄にもなくそばかす女というモブキャラを背負っていた。


 それは、これまでの恵まれた人生を否定する様な行為であり、ある意味新鮮で屈辱的な経験だった。

 だが、そばかす女が空腹になってくれたおかげで、余計なお喋りがなくなり、スムーズにダンジョンの階層を駆け上がることが出来ていた。


 しかしまぁ、余計なお喋りってのは毒だ。


 思い返せばギルドマスターになり、パーティメンバーに囲まれるようになってからは、無駄な事が増えて物事が進まなかったことも多かったものだ。


 今後は、より一層ギルドとして鋭く尖った方針を取り、他のギルドの追随を絶対に許さねぇ様に、徹底的な方針に切り替えるのも必要かもしれねぇな。


 ・・・・・・いや絶対にそうすべきだ。


 今までは俺を慕ってくれるからって、妙に緩くやってたのから今回の様な事になっちまったんだ。絶対に、あんな雑用係一人のせいなんかじゃねぇ。


 そんな未来の展望を思い描いていると、クイーンルームの存在を知らせる魔法の青い炎が見えた。

 この先に先客がいれば、そばかす女の腹を満たしてやれるが、いないなら泉の水で腹を満たしてもらう他は無い。


 クイーンルームの扉を開くと、そこには結構な人数の先客が休憩をしている姿が見えた。ちょうどいい、あいつらが気前のいい奴なら食力確保ができるし、ろくでもねぇ奴らなら遠慮なく強奪ができるってものだ。


 そうして、俺は一番近くにいた眼鏡をかけた男の冒険者に声を掛けた。


「おい、悪いがここは何階層かわかるか?」

「え、あぁ、20階層ですよ」


 どうやら、俺の予想はあたっていたらしい。これならすぐに地上に戻れるだろう。


「そうか、それから悪いんだが、できれば食料を譲ってくれねぇか」

「・・・・・・そうですね、等価交換は可能ですか?」


 まぁ、ダンジョンなら当然のやり取りだ。仕方がないが金ならある。どうせダンジョンじゃ人相手でしか金なんて使えねぇからな。


「金でどうだ?」

「取引成立ですね」


 そうして、俺は眼鏡の冒険者からありったけの食料を買い付けた後、すぐにそばかす女に飯を食わせてやることにした。

 ぐったりとした様子のそばかす女に食べ物を渡してやると、女はそれをすぐさま口に放り込み、嬉しそうに笑った。


「お、おいしいですぅ」

「それは良かったな、ところでお前が今食ってるものは俺の自腹で調達したもんだ」


「そうなんですね、本当にありがとうございます」

「あぁ、それで返済について話してぇんだが」

「むぐっ!!」


 俺の言葉に、そばかす女はわずかに食べ物をのどに詰まらせる様子を見せながら慌てた様子でにらみつけてきた。


「も、もうそんな話ですかっ!?私は今おいしくご飯を食べているところなんですよ?」

「金の話はしっかりと解決しねぇとな、後々厄介はごめんだ。当前だが絶対に逃がさねぇからな」


「ぜ、全部返しますからゆっくり食べさせてくださいよ」

「よし」


 いじけた様子のそばかす女はそんな事を言いながら買ってきた食べ物を夢中でむさぼり始めた。

 そうしていると、ふと、そばかす女はまるで独り言でも喋るかのように口を開いた。


「私、こんな所に来るつもりはなかったんですよ」

「・・・・・・なんだ、俺に話しかけてんのか?」


「と、当然じゃないですか、他に誰がいるんです?」

「そうか、それでどうした?」


「・・・・・・私、本当はこんなところに来るつもりなんてなかったんです」

「おい、二度も言うな」

「す、すみません聞いていないかと思ったので、はい」


 突如始まったそばかす女による自分語りは、まさしくどこにでもいる女という感じであり、同情でも求めてくるような話の導入と、弱々しい声色に俺は嫌気がさした。


「私はただ、あの人の側にいたかっただけなんです。でも、あの人には私よりも優秀で美しくてお似合いな人がいたんです」

「はははっ、お前男に振られたのか?」


 俄然楽しくなってきた話題に口をはさむと、そばかす女は泣きそうな顔をしながら食べる速度を速めた。


「振られてませんよっ、ただ、絶対に無理だなぁって」

「そりゃあ無理だろうな、お前みたいなチンチクリンの初級魔法女を好きになる理由が無ぇ」

「・・・・・・うぅぅぅ、言いすぎですよ」


 そばかす女は、まるで雨に濡れた子犬が威嚇している様子を見せた。本当に無様な女だ。


「そもそも、あの二人がお似合いすぎるんですよ、戦闘だって息がぴったり合ってて、魔物なんてあっという間に倒しちゃうんです」

「で、そんな男を好きになったばかりに、自暴自棄になってダンジョンにでも潜ってきたってわけか?」


「ダンジョンにある秘宝を見つけて、私も強くなれば、あの人に振り向いてもらえるかもって・・・・・・でも」

「でもどうした?まさかダンジョン内でたまたまそいつらに出会ったと思ったら、ちょうどキスシーンだったか?」


 そばかす女は「なんでわかるんですか?」とでも言った様子で俺を見つめてきた。

しかしまぁ、最高に幸の薄い女だ。

 だが、俺という男に出会えた幸運の方がはるかに大きいという事を、こいつは知らねぇとダメだ。


「それを見ちゃった私はもう、何もかもが嫌になって走り出したんですけど、その先には落とし穴があったわけです」

「はははははっ、お似合いの末路だなっ」


「笑わないでくださいよっ」

「笑うなという方が難しいだろ」


 そうして、存分にそばかす女をからかっていると、ふと、俺のもとに近づいてくる奴に気づいた。

 そいつはさっき食料を買った眼鏡をかけた冒険者であり、仲間と思われる奴らを数人連れて俺の側に来た。


「どうも、食事の方は満足されてますか?」

「さっきは助かったな。見ろご機嫌に食ってやがる、犬みてぇだろ」


「それは何よりですが、あなたは食事をとらないのですか?」

「あぁ、このそばかす女のための食料だ、俺には必要ねぇ」


「そうですか、ところで失礼を承知でお聞きしますが。あなたはもしかしてあのギルド「」のギルドマスターですか?」

「そうだ、それがどうした?」


「いやはや、まさかこんなところであなたに出会えると思っていませんでしたから、驚いていましてね」

「なんだ、俺のファンボーイか?」


「いえいえ、まさか・・・・・・それにしても彼らは失敗したようですね」

「何の話か分からねぇな」


 何やら不穏な空気が漂う中、眼鏡の冒険者たちに目を向けていると、そばかす女が急に苦しそうに悶え始めた。


「うぅ、苦しい、助け・・・・・てくだ、さい」


 そばかす女は地面にうずくまりながら助けを求めるように声を絞り出していた。


「何やってんだお前、水のめ、水っ」

「ち、違います、体が焼けるように熱くて、苦しいです」

「はぁ?」


 何やら尋常じゃない様子に俺は眼鏡の冒険者に目を向けると、そいつはあきれた様子でため息を吐いた。


「はぁ、まさかお連れの人に全て食べさせるとは、これじゃ僕の作戦が台無しじゃないですか」

「・・・・・・作戦?」


「簡単な話です、あなたを地上に返すわけにはいかないんですよ」

「あぁそうか、お前ら雇われの殺し屋か?」


「そんな事、なんだっていいじゃないですか」

「依頼人は誰だ・・・・・・って聞いても、答えやしねぇか?」


「えぇ、とにかくあなたにはここで死」

「まぁいいっ」


 聞く価値のない話を遮ると、眼鏡の冒険者共はわずかに身構え、身に着けている武器に手を掛けようとしていた。そうか、最初からそのつもりだったってわけだ。


「な、何ですか突然?」

「おい、解毒剤があるならすぐさま寄越せ、無いなら命乞いをして身ぐるみ全部置いてけ」


「ず、ずいぶんと威勢が良いですね、さすがはあのグランバースのギルドマスターだ」

「お前ら、マジで俺の首、取りに来たのか?」


「えぇ、こんなチャンスは滅多にありませんからね」

「チャンス?」


「えぇ、数あるギルドの中でも、お山の大将として有名なあなたは優秀で忠実な部下がいるからこそ数々の偉業を成し遂げた。だが、部下がいない今、我々に勝機があるというものだっ!!」

「お山の大将って・・・・・・ずいぶんとなめられたものだな」


 そうかそうか、俺が良かれと思っていた事は、外野から見ればただのお山の大将に見られてたって事か。

 そんでもって食べ物に毒を混ぜる腹黒な眼鏡冒険者ごときに命を狙われる程度の男だと思われてるわけだ。


「まぁ、冒険者たるもの夢は見るもんだ、だが、てめぇらが今から見る夢は悪夢だって事をその身に味合わせてやらぁっ!!」


 俺が声を荒げた瞬間、遠距離からの魔法攻撃が俺の視界を埋め尽くした。そのまばゆい光の中、目の前にいる眼鏡の冒険者は気持ちの悪い笑顔を見せながらつぶやいていた。


「僕はこの日のために準備してきたんだよぉっ!!」


 まるで勝利を確信しているかのようなセリフに呆れながら、俺は襲い来る多種多様な魔法攻撃をすべて消し去ってやった。


「・・・・・・は?」


 ずいぶんと間抜けな声を上げる眼鏡の冒険者は、何が起こったのかわからないといった様子であたりを見渡していた。だが、すぐに我に返って俺に話しかけてきた。


「な、何をしたっ!!」

「何って、これが俺の力だが?」


「ふざけるなっ、こんな事想定外だぞっ」

「そうか、で、まだやるのか?」

「当然だ、もうこんなチャンスは二度とないっ」


 眼鏡の冒険者は腰に付けた剣を抜いて襲い掛かってきたが、俺はそれをよけて、すかさず剣を奪った。


「このっ」

「まぁ聞けよお前ら、俺はギルドマスターだ、それは知ってるんだろ?」


「だからどうしたっ!?」

「この世界でその地位立つ人間ってのは、それ相応の力を持ってる事をお前らは見逃している」


「ぐっ、それがどうしたといっているんだ、お前の程度は知れている」

「コツコツ、コツコツ地味に鍛錬し、綿密な計画を立ててここまで来ただろうが、そんなものは、圧倒的な力の前には届かないという事だ。現実逃避はやめろ」

「うるさい、とっととくたばれぇっ!!」


 眼鏡の冒険者グループは一斉に俺に襲い掛かってきたのだが、俺はそいつらのMPを根こそぎ奪い取ってやると、眼鏡の冒険者はフラフラと力なく地面に膝をつき、周囲にいた奴らはすべて、クイーンルームの床で気持ちよさそうに眠りこけた。


「こ、これは一体?」

「気にすることはねぇ、命は取らねぇからゆっくり地面を抱きな、雑魚共」


 そうして、眼鏡の冒険者は眠るように地面にその身を預けながら寝息を立て始めた。

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